第十二話『空の彼方へ』5
「ミリアを発見しました。救出します! シスターは下がっていてください」
「アリシアっ!」
アリシアの緋色の瞳がミリアを背中に抱える魔法使いの姿を標的に定める。
沙耶の背中で眠るミリアを助けるため、アリシアはシスターレイラの声を無視して腰を落とし、一気に駆け出して距離を詰めていった。
相手に考える隙を与えず速攻で相手の意表を突く。
数々の訓練を受け、若いながら任務に同行して来たアリシアが学んできたことだった。
強い殺気を感じ取った沙耶だが、距離を詰めて来るアリシアが透明化の力を行使して姿を消したことで対応が遅れた。
次にアリシアが姿を現した時には目の前に接近してきたため、沙耶は迫り来る鋭利な刃物を前に反射的に目を伏せた。
「きゃあぁぁぁ!!」
真っ赤な眼光に睨まれ、死神が舞い降りてきたかのように大鎌が振り下ろされた瞬間、死を覚悟した沙耶。
だが、アリシアの大鎌は覚醒を果たしたエルディンの持つ刃と衝突していた。
「蓮君っ!! 無茶をしちゃダメよ!!」
植物園に金属がぶつかり合う音が響き渡る。
間一髪のところで沙耶への攻撃を防いだエルディン。
腕輪のように腕に嵌めるタイプの円盤上の武具に刀剣を取り付けた格好のエルディンは懸命にアリシアの大鎌を受け止め、手負いでありながらも精一杯押しかけして肉薄した。
それは、沙耶ですら見たことがない、攻撃方法。
瞳に力を宿したエルディンはかつての守代蓮のように力強くアリシアに対抗していた。
「邪魔をするなら、お前も一緒に始末する!」
敵と味方をはっきりと分別して行動するアリシアらしく、エルディンに対してすぐさま牙を剥いた。
「くっ! 沙耶には指一本触れさせん」
覚醒したエルディンは自我を取り戻し、声までも同時に取り戻した。
まるで夢を見ているような光景に感極まる沙耶。
だが、戦闘モードに入ったアリシアは攻撃動作を停止することはない。
傷を負いながらも、愛する妻である沙耶のために正面に立つエルディン。
一般人が持ち歩くはずのない特徴的な武具に阻まれたアリシアは魔法使いの仲間であれば容赦はいらないとさらに力を込めた。
「蓮君!! 無茶しないで!!」
「下がっているんだ! こいつらは只物じゃない!」
ミリアを抱えたまま尻餅を付いた沙耶が死闘を繰り広げるエルディンに向けて叫ぶ。しかし、守るべき愛妻の前で身を挺して戦わないエルディンではなかった。
”エルディンは一度は失った、かけがえのない大切な人……。
戻って来てくれた幸運と感謝は未だ忘れることなく、深く愛している”
ようやく手に入れた幸せが再び奪われてしまう恐怖に沙耶は身を震わせた。
「ミリアは返してもらう。能力者もその力を忌むべき形で利用されている以上、生かしておけない。そのためならば、この身体は惜しくない!」
内なる血が湧き立ち、魔力の波動が増幅される。
アリシアの表情がさらに禍々しいものへと変わり、それまでの何倍もの力を行使すると、エルディンは一気に吹き飛ばされた。
半狂乱になったアリシアはそのまま沙耶に迫り、大鎌を振り下ろした。
咄嗟に手を前にしてバリアを張った沙耶は必死に力を込めて抑え込んだ。
「母さんっ!!」
今度はトーレスが大きな声で叫ぶ。
歯を食いしばり懸命に耐える沙耶。
それを見つめるレイラはアリシアの感情がいつも以上に昂っていることを感じ取った。
(これがアリシアなの……そこまで、強さを求めてしまったの。
貴方はまだ、強くなりたいのね……私の気持ちも知らないままに……)
レイラの言葉も届かないほどに、残忍な殺人鬼へと変貌していくアリシア。
そこには普段の冷静なアリシアの面影はなく、ただ目の前の敵を殲滅し、ミリアを救い出すことだけに意識が囚われていた。
(……トーレス、ごめんなさい、私……)
必死に手に力を込め、耐え続けるが、全力で向けられる刃を抑えきれないと察した沙耶は声を上げた愛しい我が子、トーレスの方を向き、その姿を目に焼き付けた。
そして、限界を迎えた身体。
必死に抵抗を続けたバリアがついに破られる。
次の瞬間、アリシアの放った刃は無情にも沙耶の脆い身体を無残にも引き裂き、トーレスの顔面まで激しく流血を飛ばした。




