第十二話『空の彼方へ』4
香り高いフローラルな優しい雰囲気が漂う植物園は各エリアごとにベンチが置かれ、草花に囲まれながら休憩することが出来る人気スポットだ。
中ホールの火災が各フロアに燃え広がり、消火が追い付いていない以上、この植物園も安全とは言えないが、屍人はおろか人の姿も既に無くなっているため、植物園は一時的に避難するには丁度いい、静かな空間となっていた。
そこに彷徨い辿り着いてしまったミリア。上位種のゴーストの洗脳を受けていたため、何の前触れもなく襲い掛かってきたミリアを何とか催眠術で眠らせることに成功した沙耶はこれからどうするか、思い悩んでいた。
「早くこんなところから抜け出そうよ! 母さん」
何度も命の危険が迫る中、トーレスは母親である沙耶に訴えかけた。
沙耶はベンチに座り、すやすやと眠りに落ちているミリアを膝枕しながら額に手を当て迷っていた。
「そうしたいのは山々なんだけど……ここで救助を待つ方が安全な気がしてるのよね……」
普段からおっとりとしている沙耶は真剣に考えつつも緊張感なく呟く。
ミリアが目を覚ました時の事も考えると複雑な心境が渦巻いていた。
次に目を覚ました時に洗脳が解けているとも限らず、いきなり襲いかかって来る可能性もあるミリアの存在。
このまま置いて行くことも出来ず、重荷の一つになっていた。
仕事で来ている羽佐奈達の迷惑にはなりたくないという思いで連絡が出来ないでいる沙耶。
エルディンは応急手当は施したものの、屍人達に囲まれれば成すすべはない。そうした状況の中で、沙耶は外とは隔離された温室の空間から抜け出す勇気を持てないでいた。
「全然助けなんて来ないじゃないか! 見捨てられたんだよ……あんな化け物まで出てきたら、みんな恐れをなして助けになんて来ないだろ!」
母親の煮え切らない態度に我慢できず、声を荒げるトーレス。
家族旅行に付いてきたものの、二人ほど楽しめなかった思春期のトーレスにとって事件に巻き込まれたことは災難でしかなかった。
「トーレスはしっかり者ね。そうかもしれない。
危険を冒してまで救助に来る人は少ないかもしれない……。
でも、お母さんは感じるの。まだこの劇場の中で戦う魔法使いがいることを」
「それが分かってるなら、母さんから会いに行けばいいだろ?」
「でも……足を引っ張ることにならないかしら。
エルディンが怪我を負ってなければ、戦力になれるのだけど」
「母さんは……人が好過ぎるんだよ。
そんな心配をしなくたって、仲間なら助けてくれるだろ」
「そうね……待っていても、仕方ないわよね。
この子のこともある、羽佐奈さん達ならきっと、良い方法が見つけられるわよね」
トーレスの言葉によって、ようやく決心がついた沙耶は立ち上がった。
ミリアの身体を抱えるのは大変だが、置いて行くわけにはいかない。
沙耶は我慢をして背中にミリアを背負った。
だが、ここを離れようと立ち上がった沙耶達の前に、アリシアとレイラが姿を現れた。
助けが来たと一瞬喜びかけた沙耶は、アリシアが発する殺気を感じ取り、胸が締め付けられる思いを抱いた。




