第十二話『空の彼方へ』2
穏やかな寝息を立てる唯花を背中に背負うプリミエール。
黒江は羽佐奈達と合流をする前に唯花をこの場から避難させる段取りを進め、同時に樋坂夫婦の遺体を確認するため、地下駐車場へと向かった。
「その子、貴方に任せてしまっていいのかしら?」
「大丈夫です、魔力の放出を続けていれば、ある程度重量のある物でも持ち運びますから」
唯花を背中に背負うプリミエールを心配して声を掛ける黒江。
能力を行使しているおかげで自身が持ち合わせている身体能力以上に重たいものを運ぶことが出来るプリミエールにとって、十四歳の唯花を背負って運ぶことは苦ではなかった。
エントランスホールから階段を降りて、地下駐車場へと向かっていく。
この時点で既にエレベーターは停止しており、必然的に階段を降りていく必要があった。
「私は羽佐奈さんが心配だから、もう少しここに残ることになるでしょうから、避難の手筈を間違えないよう頼むわね」
「了解です。羽佐奈さん達でも今回の上位種のゴーストは厄介でしょう。
様子を見るだけでも必要性があることは分かります。
それに魔女狩り達の動向も気になります、屍人が徘徊しているとはいえ、即時撤退してくれるとは限らないでしょう。
アリス様を乗せたマイクロバスを残しておきますので、まだ時間はあります。即時避難できる人は先に乗せて出口へと向かって治療を受けて頂きますので、ご主人様は遠慮なさらずです」
ドームの外には救急車が待機している。
簡単な治療であれば受けられる設備は整えられ、日本に帰国する手配も進んでいる。
生き残った人々を少しでも助け出すため、黒江達は既に動き出していた。
「すまないわね……。
私も香港に着く前まではここまで重大なテロ事件に巻き込まれるとは想定していなかったの」
「それは仕方のないことです……現代のテロ事件は用意周到かつ犯人を事前に絞り込むのも困難。そう簡単に阻止できることではありません。今回は運が悪かったと思うしかないです」
「それでも、犠牲になった人達のことを思えば、もっと出来ることがあったんじゃないかと思うものなのよ」
階段を降りていき、地下駐車場にやって来た黒江とプリミエールは惨たらしい遺体に成り果てた樋坂夫婦の姿をすぐに発見した。
犯行予告のことさえ知らなかった二人にとっては惨憺たる結末だ。
黒江は懐かしさと悲しさを胸に抱きながら並んで倒れる二人に近づいていった。
「本当に……大切な人が死ぬのを見るのは、何度味わっても辛いものだわ」
まだ僅かに熱を持った身体に優しく触れる。
非日常的な人生を送り、度重なる事件に立ち会ってきた黒江は人の死に慣れていても、大切な人を失う痛みはどうしようもなく胸を締め付ける。
それはまだ半分人であることの証であり、出会いと別れを繰り返してきた者の証だった。
最後まで戦った痕跡を見つめ、物言わぬ姿となった二人のことを想う。
理事長だった頃に学生時代の二人と出会い、街に蔓延るゴーストと夜な夜な戦った。
舞原市がここまで円滑に復興計画を進められたのは彼らの功績が大きい。
それを理事長として立場として知っていたからこそ、黒江はこの別れを惜しまずにはいられなかった。
「プリミエール……二人の遺体を日本まで送り届けることは出来ないかしらね」
「当局の判断に従うとそう簡単には出来ないかもしれません。しかし、出来る限り善処いたします」
哀愁に暮れる黒江の表情を見つめ、何とか言葉を絞り出すプリミエール。
遺体の管理は香港警察や政府管轄機関に一旦委ねることになる。
消火が追い付かず、現場が混乱し続ければ、日本に住む遺族に返還される確実性はなかった。
魔法使いになってしまったがために、魔女狩りに狙られてしまった現実がここにはある。
戦うすべを持っていたとしても、超能力研究機関で訓練した魔女狩りに敵うとは限らない。
早く、こんな戦いが二度と起きない世界にしなければならないと黒江は強く考えさせられた。
「脱出用のマイクロバスも手配して、隆二郎さんにも帰国の手伝いをしてもらえるよう連絡済みだから、後は頼むわね。私は羽佐奈さんを迎えに向かうわ」
懐から拳銃を取り出し、残弾の確認を同時に行う黒江。
黒江は劇場まで足を運んでいる多くの日本人を一早く帰国できるよう、日本にいる隆二郎にプライベートジェット機を手配するよう命じていた。
稗田家の財力と影響力があるからこそ、実現できる規模と手際の早さ。
日本政府でも即行動に移すには困難なことを黒江は今も戦っている羽佐奈達のために実行に移した。
「はい……ご武運を、早めの帰還をお待ちしています。
恐らく、この劇場は業火に焼かれ、灰となるでしょうから」
「でしょうね。化け物達を始末するには、このまま燃やし尽くしてしまった方が手っ取り早いでしょうから」
事態は悪化の一途を辿っている。
バイオハザードを防ぐため、地上の出入り口は封鎖され、屍人達が外に出ないよう対策が講じられていた。
十分な消火活動が現場レベルで行われていないことは、既に二人にとっては周知のことだった。




