第十一話『最後の覚醒者』5
「ご主人様! 中に生存者がいます!」
透き通った若い女性の声を聞き、何とか瞳を開き、口を僅かに動かしてまだ自分が生きていることを伝えようと試みる唯花。
「大丈夫ですか? まだ意識はありますか?」
いきなり肩を叩かれ、声を掛けられた唯花は何とか力を振り絞り頷く。
現地に合わせて両サイドに深いスリットの入った煌びやかなチャイナドレスに身を包んだ女性。
金髪碧眼のプリミエールの美しさが唯花には天使のように見えた。
「かなり嚙まれているわね……これは重症よ。
このまま連れて行っても、間に合わずに屍人化するでしょうね……」
「私、死ぬんですか? 化け物に……なるんですか……?」
傷口が痛み、身体に力が入らない唯花は乾いた口で声を吐き出した。
黒江の言葉によって、現実を突き付けられた唯花。
身体を噛み千切られ、感染した以上、逃れることの出来ない残酷な運命。
屍人となってドーム内を徘徊しながら業火に焼かれていく未来が既に見えていた。
「そうね、このまま放置すれば、嫌でもそうなるでしょうね」
長くは持たないと知りつつも黒江は簡易的なヒーリング治療を行い、唯花と会話を行う。
プリミエールも唯花の容体を見て手際よく出血を続ける傷口を塞ぎ、包帯を巻いていく。
だが、それでも体内に蓄積された毒素を吐き出すことは出来ない。
劇場にいた人々がそうなったように、屍人の仲間になってしまうのは時間の問題だった。
「あなたは、樋坂夫婦と一緒に来ていた……」記憶の奥から掘り起こした情報からそう察するプリミエールの声に唯花はすぐに反応した。
「二人は超能力を使う変質者たちに殺されました……私はここまで逃げて来たんですが、化け物に噛まれて身体が動かなくて……」
「貴方のお名前は?」
「私……永弥音唯花と言います。
劇団に所属する樋坂真守さんと奥さんの真理さんと一緒に香港に来ました。
二人は私と隣近所なんです……今、二人は地下駐車場で倒れています。どうか、家族の下に帰してあげてください……」
「もちろんよ、でも、その前に貴方のことを助けないとね。
ごめんなさい、これは私情が混じっているわ。
だって、貴方の両親も、一緒にいた樋坂夫妻も私の教え子のようなものだから……」
残酷な運命に感情が震え、内なる決意を胸に会話に続ける黒江。
プリミエールは黒江がこれから何をしようとしているのか、真っ先に察した。
「まさか……この少女のために力を使う気ですか?」
「プリミエール……それ以外にこの子を助ける方法は残されていないわ。
助けられる命を助けるのに理由は不要よ」
生死を彷徨う唯花のために、黒江は魔女の力を行使することを決めた。かつて舞原市の厄災で亡くなった女子高生、水瀬ひなつの魂を使って。
「ねぇ、聞いて。ここから先、貴方は半分人間ではいられなくなる。
それでも、貴方は生き続ける覚悟がある?
生きたいと思う、理由があるかしら?」
最後に唯花の意志を確かめるために語り掛ける黒江。
考える時間はそれほど残されていない。
しかし、唯花の答えは最初から決まっていた。
「はい……私には叶えたい夢があります……。
両親やおじさんとおばさんのように、家庭を持ちたいと願う夢が……。
こんな私でもいいですか……?」
涙ながらにか細くなっていく声で気持ちを伝える唯花。
質問の意味が分からなくても、生きたいという意思だけはしっかりしていた。
死の淵で彷徨う唯花の頭の中では、抱きかかえられた赤ん坊の真奈の姿とそれを抱える浩二の姿が浮かんで離れなかった。
抱き心地の良い、まだ小さな手のひらをした、かけがえのない大切な命。
守りたいと思った。大切に慈しみを持って、一緒に成長を見届けたいと思った。
亡くなってしまった二人のためにも、いつか自分も子どもを産み育てる夢を抱きながら。
「十分すぎる理由よ。
家庭を持つ大切さは、一番私が良く知っているわ。
きっと貴方は素敵な母親になれるわ。
叶えてあげて……今、貴方に生きる力を与えるから」
たとえこれが最後でも後悔はしないと判断すると、黒江は唯花に簡易的な儀式を施し、半人半霊の魔法使いへ覚醒させた。
身体に宿った霊魂の力により、自己治癒力が働いた唯花は体内の毒素を自ら浄化し、無事に生還した。
「本当にこれでよかったのですか……」
穏やかな表情に戻り、眠りに落ちた唯花を見つめながらプリミエールは言った。黒江が長い間、大切に持ち続けてきた霊魂。それを譲ってしまったことの意味をプリミエールは知っていた。
「水瀬ひなつの魂は最後まで取っておいたけど、もういいの。
この子を助けるためだったら、きっとひなつは喜んでくれるはずよ」
身体の中に抱えていた最後の霊魂を使い、救い出した唯花を哀愁に満ちた表情で見つめる。
自分の身体からついにいなくなってしまった保健室で看取った少女。
黒江はかつて死んでいったひなつのことを思い浮かべた。
占いが好きで、心優しい臆病な少女のことを。
自分のことを慕ってくれた、戦う力を持たない病弱な魔法使いのことを。
少女は少女の姿のままで、今も黒江の記憶の中で生き続ける。
あの絶望的な日々の中で見せた勇気と、仲間を想い発動させた奇跡と共に。
黒江は懐かしい過去に思いを馳せながら、泣き腫らした瞳を閉じたままの唯花の頬を撫でた。
(私の長い旅も……もうすぐ終わるのかしらね……)
もはや高齢であることに加え、半人半霊の魔法使いに覚醒をさせるために必要とする霊魂も全て身体から解き放ってしまい残されていない。
救った命の傍らで、長い人生の終局を黒江は現実のものとして感じ始めていた。




