第十一話『最後の覚醒者』4
助けを求めようにも先程まで大勢いたはずのスタッフの姿が見えない。
知り合いの姿はもちろん、役者の姿もない。
出入り口に向かった方が早かった。
そう思った時には遅く、狭い通路の先には屍人が二人、こちらに向かって不安定な足取りで徘徊していた。
後ろを振り向き、引き返そうとする唯花だが、背後からも呻き声が聞こえ屍人達が姿を現す。
グズグズしている間に唯花は退路を断たれ、完全に袋小路の状況に陥ってしまった。
「やだ……来ないでよ、誰か助けてよ。死にたくないよ……夢なら早く醒めてよ、こんなのおかしいよ!」
現実とは受け入れがたい絶望的な状況を前に錯乱状態に陥りかける唯花。
ここから抜け出そうと、心を新たにしたばかりにもかかわらず、出てくる言葉は弱音ばかり。もはや化け物達に食い殺されるのを待つばかりの獲物となってしまった唯花は、最後の勇気を振り絞り正面を走り抜けようとブーツを履いた足で駆け出した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
しかし、両手を広げ、口を大きく開き、血走った眼をした屍人に腕を掴まれる唯花。勢いよく通り抜けようとするが、物凄い力で押さえつけられた。
「やめてっ!! 汚い手を放して!! 本当に許して!! 私を食べたって美味しくなんてないから!!」
ホラーゲームで体験した恐怖の数十倍はある恐怖を目の前に泣き叫ぶ他ない始末。
声を張り上げ、必死の抵抗を試みる唯花。
だが、立ち塞がる二人の屍人は唯花よりもずっと体格の優れた大人の男性で、吸血鬼によって屍人に変異されられた姿だった。
理性を完全に失った捕食者が獲物を掴み、玩具を手に入れたように満足げに咆える。
そして、抵抗も虚しく片方は太ももを、もう片方は脇腹に襲い掛かった。
「やぁぁぁぁぁ!! いたあぁぁぁぁあぁぁい!!」
口を大きく開き、鋭く変形した歯を思い切り立てられ、一気に肉ごと皮膚を引き千切られる激痛に襲われる唯花。屍人の顔面を押さえ、必死に引き離そうと抵抗を試みる中、絶叫を上げてしまう。
身体に電流が走ったような衝撃に襲われ、視界が揺らいでしまう。
痛みで身体から力が抜けていく。このまま捕食者に身を委ね、倒れれば全てを失ってしまうだろう。
それが分かってしまう唯花は死んだ魚のような目をしたまま、一筋の涙を零した。
「化け物に食べられるのなんて、いやだよ……」
何とか歯を食いしばって屍人を振り払おうとする唯花。
最後の力を振り絞って、無傷の方の足を動かし足蹴りをかまして片方の屍人を引き剥がし、ブーツを脱いで何度ももう一体の屍人の頭上を叩く。それで何とか拘束を解き、窮地を脱した唯花は足を引きずりながら、必死に通路を通り抜けた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
何とか意識を保ち、壁づたいに懸命に歩きながら食いちぎられ、血が流れ続ける脇腹を抑える。
身体の痛みは治まるどころか、どんどんと増幅され額から汗を滴らせる。
それでも、唯花は諦めることだけはしたくなかった。
刻々と意識が遠のいていく中、何とか控え室の中に逃げ込んだ唯花。
もはやこの状況で何が出来るのか分からない。
ただ、諦めてはならないという意思だけを持ち、変わり果てた酷い姿をしている自分を鏡で確認した唯花は、その場に倒れ込んだ。
「もうやだ……助けて、浩二……達也……私、死にたくないよ……」
何の能力もない自分が化け物達に立ち向かえるはずがなかった。
どうしようもない無力感に力が抜け、唯花は我慢しきれず失禁してしまった。
「私……漏らしちゃってる……もうダメ、助からないよ」
恥ずかしさ以上に、情けなさが込み上げる。
小さい頃に経験して以来の股の間から伝わる、生温かい濡れる感触。
それはどんどん広がっていき、下着からお気に入りのワンピースまで濡らしていく。
希望を失い、身体から力を抜き、目を閉じて諦めようとする刹那、ドアを叩き、引っ掻く音が響いて来る。
逃げ場はもうどこにもない。もうすぐ、扉は開かれ喰い殺されてしまう。
そして自分も、彼らと同じように化け物になってこの劇場を彷徨うのだ。
それが嫌でも分かってしまう唯花は身体を丸くして、迫り来る死の恐怖に震えるしかなかった。
「痛い、痛いよ。いいよもう、早く殺して……っ」
絶望の淵で屍人に喰われる結末を覚悟した唯花。
傷口が塞がず、血染めに変わり果てたそんな唯花の下に、奇跡が起こった。
――バン! バン! バン! バン!
――グガアァァァァァァァ!!
響き渡る銃声と断末魔。
息絶えて動かなくなっていく屍人達。
そして、扉が開かれた先に現れたのは、高齢となってより貫禄を放つスーツ姿の稗田黒江とそれをサポートするチャイナドレスを着た、うら若き美少女のプリミエールだった。




