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split tears~西暦2055年香港劇場火災事故の真相~  作者: shiori@


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第十一話『最後の覚醒者』3

 樋坂真理と樋坂真守は動き出す様子もなく力尽きた。

 目の前に広がる物言わぬ亡骸を長く見ていられるほど、唯花の心は強くはなかった。


 悲しみに暮れ、泣き腫らした目を擦り、埃と血に染まった薄汚れた格好のまま何とか立ち上がり、唯花は地上を目指し歩き始めた。


「……ゴメンね、浩二。私は守られるばかりで意気地なしで、ちっとも大切な人を守ってあげることが出来なかったよ」


 手摺を掴みながら階段を一段一段上っていく中、助けられなかった後悔と日本で待つ浩二への罪悪感を抱き呟く唯花。

 たとえ届かなくても、唯花は幼馴染の浩二へ謝罪の意思を示さずにはいられなかった。



 ”可愛いでしょう? 抱いてみて。頑張って産んだ二人目なんだから。

 真奈のことは唯花ちゃんの妹だと思って可愛がってあげて、唯花ちゃんも妹がいた方が楽しいでしょう?”



 少し前に聞いたばかりの愛情がいっぱいに込められた真理の言葉を記憶の奥から思い出す。

 喜びに満ちた表情で真奈を抱く真理から差し出され、真奈を胸に預かる唯花。

 

 確かな重みと温かさが伝わって来る。

 赤ん坊の真奈を胸に抱き、産まれ落ちた命の尊さを味わった唯花。

 命を繋いでいくということ、大切な人と愛を育んだ証を残すこと。

 それがどれだけ価値のあることか、唯花は真奈をあやしながら実感した。


 また一つ家族の輪が広がっていく、その感触を確かめたのはついこの間のことだった。


「二人の身体だけでも、ちゃんと日本に返さないと……」

 

 心が揺るがぬよう、瞳を大きく開く。

 残された自分に出来ることを果たそうと身体に力を入れて足を動かす。

 死んだ人間は二度と帰っては来ない、それでも勇気を振り絞って一人歩き出した唯花。

 だが、階段を上り終えた先にある地上の風景は想像を絶するもので、さらなる混沌に満ちていた。


「何なの……いやぁ、どうして……こんなことになってるの……」


 息苦しくなって来るほどに、心を不安させる獰猛な動物の呻き声のような物々しい声や悲鳴が響き渡るドーム。

 広いエントランスホールには血に塗れ無造作に倒れる人々が視界に入る。

 そして、最も異様な光景だったのは、子どもを襲う血走った眼をした、赤黒い肌をした屍人の存在だった。


 助けを求め、泣き叫びながら屍人に噛まれてしまう子ども。

 変わり果てたこの空間には理性もなければ秩序もない。

 老若男女肉問わず襲い掛かられ、肉が削がれ、食いちぎられ、絶命する命。

 失われた命は屍人となって蘇り、さらに生者を求めて彷徨い始める。

 死の臭いが充満し、化け物達が化け物らしく、人に襲い掛かる地獄絵図が広がっていた。


(ダメ……声を出してはダメ。気付かれたら、今度は私が襲われる。

 何とか無事な大人を捜し出して、この場から抜け出さなくちゃ)


 地獄の中に紛れ込んでしまったような錯覚に陥る唯花は一秒で早く、ここから抜け出したい心境だった。

 理性を失い、慈悲もなく夢中になって子どもを嚙み千切り、喰らい付く屍人に見つかるわけにはいかない。


 助けたい想いはあっても手遅れであると自分に言い聞かせて視線を外し、声を潜めてその場を離れる唯花。

 もはや化け物達の巣窟となった劇場には安全な場所などない。

 唯花は目の前の屍人から離れ、生存者を捜して関係者専用の細い通路に入っていった。

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