第十一話『最後の覚醒者』2
「大変なことになったわね、こちらは全員無事よ、稗田さん」
地下駐車場での激戦を知る由もない羽佐奈は自分達の生存を伝えた。
「あらそう、無事でよかったわ。そちらの状況はどうかしら?」
昨晩も酒を酌み交わして友好を深めていた二人が軽快な言葉で会話を始める。細かい声色や周りの音から伝わる情報で互いの状況はより共有することが出来た。
「テロリスト達は自害したけど現在、中ホールの火災現場で消火活動中よ。魔女狩りと化け物に襲い掛かられてなかなか苦労は絶えないけれどね。あの化け物達は一体何なのかしら?」
涼しい冷房もロクに感じられないほど、熱くなっていく室内温度。
羽佐奈は現在の状況を伝え、ありのまま起こったことを口頭で話した。
「そっちにも早くも侵入してきていたのね……あいつらはどうやら、上位種のゴーストによって血を吸われ感染させられた、劇場にいた人々よ。
完全に自我を失って屍人化している様子よ。こちらが攻撃対象になっている以上、とても現在の状況では人間に戻すのは難しいでしょうね。
ここで感染を食い止めるために宿主である上位種のゴーストを早々に討伐する必要があるわ。
こちらは出入り口付近で生存者の避難誘導から屍人との交戦まで続けているから、とても対応できる状況ではないのだけど、そちらで対処できるかしら?」
同じ劇場の中にいるとはいえ、広い会場の中では連携を図る必要がある。
牙を剥いてきた上位種のゴーストが自分達だけでは対処できない相手であると分かった黒江は信頼のおける羽佐奈を頼った。
ゴースト討伐において、羽佐奈以上に実績ある人物はこの劇場にはいない。
上位種のゴーストが出現したと判明した以上、羽佐奈達が動かないわけにはいかなかった。
「屍人化した感染者が人間を襲って仲間を増やしているなら、親玉を始末しないといけないのは確かみたいね……しょうがないわね。八千羽を連れて撃墜しに行くわ。
ちょっと友梨にはスタッフに付いてもらって、避難のタイミングを伺ってもらわないといけない状況だけどね」
サポート役の友梨を連れてはいけない現状にある。
それでも羽佐奈は少しでも劇場にいる人々を守るため、戦う決意を固めた。
ここまで連れ出されてきた八千羽は自分もなの? と冗談交じりに会話を聞きながら反応するが、母親の羽佐奈が決定した以上、拒否権はなかった。
「了解、プリミエールが臨機応変に対応して屍人の出現場所から上位種のゴーストの予測位置を計算してくれているわ。彼女の情報を頼りに向かってくれるかしら?」
黒江の言葉通り、サポート役に徹しているまだ若いプリミエール。
既に上位種のゴースト、凶暴な吸血鬼の姿まで肉眼で一度捉えている。
その恐ろしい生態を目の当たりにした後でも冷静さを保持して情報を持ち帰ったプリミエールは優秀な人材として黒江が重宝しているのが分かる活躍ぶりだった。
「分かったわ、あなたももう戦える身体じゃないんだから、無理は禁物よ。上位種のゴーストは任せなさい、必ず討伐して見せるわ」
「お互い様ね。ありがとう……健闘を祈るわ。
避難の準備を進めておくから、無茶な魔力行使は控えなさいよ」
お互いへの配慮を忘れず、通話を終えた黒江と羽佐奈。
二十六年前の舞原市での厄災時から変わらない信頼関係でそれぞれの役割が決まった。
「それじゃあ、聞いて通りプリミエールさんの情報に従い、八千羽を連れて上位種のゴーストの討伐に向かうわ。恐らく私達魔法使い達を対応に向かわせるために、テロリスト達が仕向けた刺客でしょう。
相手の思惑に乗るのは気分が乗らないけど、放置できる相手ではないわ。
ここで倒しておかないと、次なる被害者が生まれてしまう。
逃がしてはならない相手だわ」
黒江が信頼を置いているプリミエールの情報なら、確かであると確信を持った羽佐奈は強い言葉で伝えた。
八千羽はまた厄介な事件に巻き込まれることになったと呆れながら、内心では避けては通れない戦いを前に高揚感を覚えていた。
「相変わらず、責任感の強いママなんだから……。
あたしは本来、戦闘要員じゃないんだけど、この際は仕方ないわね」
「悪いわね、子どもの出来た八千羽には本当はこういう役目はさせたくないんだけど」
可愛い孫の姿を見せてくれているだけに、羽佐奈は八千羽には無理をさせたくなかった。
親子の絆は計り知れない。八千羽は羽佐奈の言葉に頷き、心配をしながらも頼ってくれる羽佐奈の言葉を噛み締めた。
「いいってば、ママ。これはあたし達にしか出来ない戦いなんだから」
「ありがとう……それじゃあ、ここは任せるから友梨、行ってくるわね」
八千羽の言葉を受け取り、友梨の方に視線を向ける羽佐奈。
友梨も長くは火災を食い止めることが出来ないだろうと感じ始めている。
だが、まだ時間を稼ぐ必要があるため、ここを離れることは出来ない。
羽佐奈が戦地へと赴く姿を見届けるしか、今は出来ないことを受け入れた。
「ええ、こちらも出来る限りの支援をしていくわ。
こんなところで死ぬんじゃないわよ」
「分かってるわよ、何時ものように帰って来るわよ。友梨を泣かすわけにはいかないからね」
優しい笑みを浮かべる余裕まで仲間の前で見せる羽佐奈。
今もなグラビア雑誌に載っていても遜色ない美貌を持ち続ける羽佐奈の堂々した姿は見惚れてしまうほどに美しい。
緑色のワンピースに着飾って清々しい態度で人を和ませ、安心させてくれる羽佐奈を友梨は静かに見送った。




