第七話『二人の魔女の再逢』5
同じ魔女でありながら、全く違う環境で暮らしてきた二人の語らいは話題が尽きない。
孫が誕生するような成熟した年齢となり、人生経験豊富。
これまでの日々を振り返れば忘れられない思い出が幾つも金平糖のように色鮮やかに浮かび上がってくる。
二人は何杯もグラスを空にしては互いにお勧めのカクテルを呑み交わした。
しかし、このまま高級なお酒と生ハムやミックスナッツといった魅力的なつまみと一緒に永遠の時を過ごすことは出来ない。名残惜しくも二人は明日の作戦を成功に導くためにも、最後の一杯を注文した。
「あら、綺麗な色ね」
「マンハッタンよ。最後の締めにしては度数が高かったかしら?」
「羽佐奈さんが選んでくれたお酒だもの。ありがたく頂くわ」
黒江の前に置かれたのはウイスキーとスイートベルモットを合わせて作るショートカクテル。カクテルの女王とも称されるマンハッタンであった。
沈む夕陽をイメージしたレッドチェリーが沈んだマンハッタンは宝石のように鮮やかな琥珀色をしていて、アルコール度数は25~35度と高めだ。
だが、普段から酒を嗜む黒江にとってはこの程度の飲酒で酔い潰れるような貴婦人ではない。甘口なマンハッタンを心行くまで味わう余裕は持ち合せていた。
羽佐奈の目の前にも最後の一杯がバーテンダーから差し出される。
それは鮮やかなバイオレットカラーをした華やかな香り漂うバイオレットフィズであった。
「バイオレットフィズ、最後の一杯にピッタリでしょう。最後まで味わってくれるかしら?」
「ええ、もちろん。しっかり記憶に刻み込んでおくわ。稗田さんのセレクトは実に上品で味わい深いわね」
「ありがとう、まさか香港の地で羽佐奈さんとサシでお酒が呑める日が来るなんて思ってもいなかったから、こんな心地良い夜はないわよ。私も忘れず記憶に刻み込んでおくわ」
互いを象徴する緋色と紫色のカクテルが思い出となって二人の口の中へと吸い込まれていく。
それは今日という日を特別なものに昇華させると共に明日への活力へと変わっていった。
「稗田さん……もうご存じだと思うけど明日、私は友梨と八千羽を連れて爆破テロの予告を受けた劇場へと向かいます。劇場スタッフもホリック・アルケミーも脅迫には屈することはないでしょう。建物の外から後方支援して頂けますか?」
羽佐奈は予定通り、黒江に後方支援をしてもらうよう伝えた。
彼女の尊厳にも関わるため、こちらに任せて帰国して欲しいとは言えない。
現実的に黒江が受け入れやすい提案に羽佐奈は留めた。
「私はプリミエール一人しか連れてきていないから、最初からそのつもりよ。
但し、爆破テロが実行に移されれば必要に応じて救援に向かうわ。
それに、ライル・ローレンス率いる魔女狩りをジュピタークラウンは派遣しているわ。
彼の一番の狙いは貴方でしょうから、ここで仕留められるなら、私が虚を突いて仕留めるつもりよ」
爆破テロの騒ぎに乗じてライル・ローレンスは赤津羽佐奈を襲撃する。
彼女が極めて優秀な魔女であることを考えれば、当然考慮に入れなければならない事態。
最も高い可能性として、アリスはそれを警告していた。
だが、実際にどのタイミングで動き出すか、その予測をするのは難しい。
正面から衝突することになれば只では済まない。
黒江はそのことを十分に弁えていた。
「ライル・ローレンス……厄介な相手ね。
最初から楽なミッションだとは思っていなかったけど。
爆破テロを阻止できなかったら、本気で彼らと対峙することになりそうね」
魔女狩りの危険性を知る羽佐奈は警戒心を強めた。
屋内での戦闘は逃げ場を失う可能性がある。それも火事場となれば相当に危険な戦闘を強いられることになる。
出来れば、彼らとは戦いたくないと考える羽佐奈は一気に酔いが醒めた。
「あの男は何の収穫もなしに本国に帰還するような男ではないわ。気を付けておいて、羽佐奈さん」
コンテナターミナルで交えたアリスを巡る銃撃戦は前哨戦に過ぎない。
情報を手に入れた彼らが次に取る行動は十分に予測できるものだった。
黒江はライル・ローレンスが仲間を連れて香港を訪れていることを共有した。
「生きている以上、いつかは避けては通れない相手なのかもしれない。
でも、私と羽佐奈さんがいればきっと乗り越えられるわ。
あの厄災だって、終わらせることが出来たのだから」
空になったグラスを前に、精悍な顔つきで勇気づける黒江。
厄災と再現となるか、如何なる運命が待ち受けているか、それは誰にも分からない。
しかし、彼女が戦うというなら、自分が逃げ出すわけにはいかない。
羽佐奈は決意を新たにして、明日へと向かう覚悟を固めた。
稗田黒江という、最大級の戦友が贈ってくれた言葉を信じて。




