第七話『二人の魔女の再逢』4
「羽佐奈さんは最近どうかしら? すっかり将来を見据えて、次善が整っているように見えるけど」
羽佐奈の胸中が気になる黒江は聞いた。黒江から差し出されたカクテルを舌で転がし、味わいながら飲み干す羽佐奈。熱に浮かされるように火照った表情を浮かべる羽佐奈はグラスに人差し指を乗せながら口を開いた。
「まだまだこれからよ。美留来と八千羽、二人揃ってようやく一人前ってところかしら。何かあってからでは遅いから、綾芽の覚醒を速めたけど、上の四人と年齢が離れているから、綾芽が大人になるまでは所長を務めながら育成をしていきたいわね」
五人の子どもを持ち、赤津探偵事務所の所長を務める羽佐奈。
大所帯となった家族の中で半人半霊の魔法使いに覚醒させたのは三人。
それが長女の八千羽と次女の美留来、そして四十歳になって出産した綾芽である。
黒江と羽佐奈が持つアリスから授けられた”魔女”の力は女性のみを任意の霊体と融合させ、半人半霊の魔法使いとして覚醒をもたらすことで、異能の力を取得させる能力であるため、自分の子であっても男性として産まれれば覚醒させることは出来ない。
羽佐奈は将来、再び舞原市のように街ごと結界に覆われるような厄災が引き起こされる事態を想定して、魔法使いの育成に積極的に取り組んできた。
それが三人の娘を覚醒させた理由である。自分の子どもをゴーストや反アリス派の魔女狩りと戦わせる戦士に育てるなど、無関係な人間からすれば正気の沙汰ではないが、羽佐奈は自ら責任を取ることを信条に家族や隣人にのみ、力を分け与えてきたのだった。
「流石、羽佐奈さん。現状に満足していないところは尊敬に値するわね。
アリスからの信頼が厚いのも頷けるというものだわ」
「信頼してくれるなら、あまりこちらに干渉しないで欲しいのが本音だけど。
厄介な仕事ばっかり回されたら、命が幾つあっても足りないわ」
「それでも貴方の家族は強い。これまで生き残ってきたことが証明しているわ。私にはそこまで優秀な魔法使いを育成することは出来なかった。
みんな……身の危険を感じて距離を取る道を選ぶか、天に召されて私の下から離れていったわ。不器用、なのかしらね……」
「稗田さんまで無理をする必要はないわよ。
私はまだ戦える魔力を維持しているから、余力を持ってこういう任務にも参加しているだけ。お孫さんの知枝ちゃんのこと、大事にしてるでしょ」
「知枝は凛音に産ませた子どもよ。無理をして産ませた以上、その責任を果たす必要がある。知枝を後継者にすること、それが最後の仕事なのかもしれないわね」
将来を見据えて意識的に行動をしている羽佐奈に対して、しみじみと言葉を零す黒江。
黒江が”魔女”の力を継承するために娘の凛音に産ませた子、それが稗田知枝。長きに渡り、稗田家の当主を務め、舞原市の復興に尽力を注いできた果ての狂気。
14少女漂流記の編纂にしてもプリミエールの育成にしても、全てはアメリカで暮らす孫の知枝のため。
これほどの親馬鹿はいないと羽佐奈に思わせるほどの所業であった。
「そういえば、今回の遠征に八千羽さんを選んだのも、それ相応の理由があるのかしら?」
黒江はアリスから八千羽が香港まで同行していることを聞いている。
他にも候補者が存在する中で、何故長女の八千羽に白羽の矢が立ったのか、聞かずにはいられなかった。
「そうね、本人が劇団員の魔法使いと面識があって心配していたことが大きな要因だったけど、少なからず私の願いでもあるわよ。
能力面で考えれば美留来の方が適任で頼り甲斐はある。
でも、私は八千羽にもこの赤津家の将来を考えて欲しいのよ。
まだ誰に”魔女”の力を継承させるかは決めていない。
それでも、既に結婚したことがあって子どもを授かっている八千羽が第一候補よ。
美留来は子どもを作る予定はないでしょうし、どっちかというと仕事をしているのが楽しいみたいだから、家族全体を見て、支えられる立場にいるのは八千羽の方。
まぁ……所長の座を美留来に譲って、”魔女”の力は八千羽の託す、それが今の個人的な私の希望よ」
冷静に現状を分析し、自身の願いを口にする羽佐奈。
誰よりも家族のことを考え続ける羽佐奈らしい回答に黒江は尊敬の念を抱いた。これが家族の想う、羽佐奈の愛であると。
それぞれが背負う役割。それが集合知となって家族全体を守る力になる。
羽佐奈の願いは実に合理的なものであり、互いが責任を押し付け合う関係にならないよう、配慮が込められたものだった。
*
客室を出て、水着に着替えた八千羽はナイトプールに来ていた。
優れたネオン照明によりお洒落な空間づくりが施されたナイトプールには静かな大人の時間を彩る、高級感のあるジャズミュージックが流れている。
肝心のプールも清潔綺麗に保たれ、神聖な社交場としての雰囲気づくりは申し分なく、カップルが多いことを除けば快適といえた。
八千羽は胸の辺りまで浸かるプールに浸かり、仰向けの姿勢になってプカプカと身体を浮かせ、ゆったりと全身の力を抜いてリラックスした。
「どうしてみんな、平気でいられるのかしらね……」
いくら八千羽が魅力的な身体の持ち主であっても、周りに視線を向けなければ、余程のことがない限り話しかけられることはない。
八千羽は周りから聞こえてくる話し声から意識を逸らし、静かに呟いた。
死の匂いが漂う戦場に向かうことは本意ではない。
血生臭いことに関わるのは嫌いだ。
誰かが死ぬ姿を見るのも、正当防衛といって魔女狩りを傷つけるのも殺すも心が痛む。
平和な毎日がずっとこのまま続けば、それでよかった。
だが、八千羽は母親の羽佐奈から期待を寄せられていることを感じ取っていた。
探偵事務所で雑務を手伝うことも、子どもと一緒にいることも楽しく充実していて、不平不満はない。
このまま子どもが大きくなるのを見守り、機会があれば新しい家族を持つ。
それが、今八千羽が望んでいる未来予想図だった。
でも、半人半霊の魔法使いとなった身体は常にゴーストや能力者の存在を感じ取り、忘れさせてはくれない。
自分も妹のように訓練を続け、実戦を繰り返していれば、実力に差は付かなかったのかもしれない。
しかし、出来るだけ関わり合いを持ちたくない八千羽は必要以上の訓練を控えてきた。
何かがあった時に、家族や隣人を守れるように戦えればいい……。
それが、母性を持ち合せた、八千羽の現在地だった。




