第七話『二人の魔女の再逢』3
「はぁ……結構似合ってると自負してるんだけどなぁ……」
黒江の宿泊するホテルまでやってきた羽佐奈は白のハンドバックを揺らし、自身のドレスを確かめながら小さく愚痴をこぼす。
胸元を強調した淡いラベンダー色のフォーマルドレス。
上品で艶やかな光沢サテン生地で仕立てられたドレスは高級感があり、身体のラインを美しく際立たせるタイトドレスは元々スタイルの良い羽佐奈の魅力を引き立たせてくれていた。
黒江に遅れること十分、羽佐奈は誰もが羨む五つ星ホテルの最上階にあるバーへとやってきた。
黄色の瞳が黒江の持つ魔力に反応して僅かに揺れる。
黒江の現在地を正確に把握した羽佐奈は迷うことなく、赤ワインの入ったグラスを掴む、もう一人の魔女の姿を発見した。
「稗田さん、お待たせしたわね」
「羽佐奈さん、洒落てるわね。本当に年齢を感じさせない。流石は最強の魔法使いと言ったところかしら」
「最強の座は若い子に譲るわよ。私だって言わないだけで歳を感じることはあるのよ」
年齢を感じさせない、華やかなドレスを身に纏う羽佐奈の姿に見惚れる黒江。
軽口を叩き合い、死線を潜り抜けてきた二人の魔女は再会を果たした。
恋人達で賑わうテラス席には目もくれず、スーツ姿をした黒江の横に座る羽佐奈。
待ち侘びた時間が二人の胸を躍らせた。
「最初の一杯は赤ワインでいいかしら?」
「もちろん、開放感があって良いお店ね」
「羽佐奈さんは見るからに寒そうだけど、大丈夫なのかしら?」
「大丈夫よ、風を感じられて心地良いくらい」
開放感のある空間に調子良く微笑み、黒江同様に赤ワインの入ったグラスを受け取る羽佐奈。
互いを労い、乾杯を交わした二人は同時にグラスを傾けた。
「久しぶりね、何年ぶりかしら……」
「実際にこうしてお酒を呑み交わすのはクリスタタワー完成記念パーティー以来かもしれないわね」
「そんなに? 実感がないわね。稗田さんとはよく連絡を交わしていたから」
「そうね、羽佐奈さんの協力もあって14少女漂流記は完成したわ。羽佐奈さんは各地を回っていると思うけど、こっちは実戦に出るのは本当に久しぶりなのよ」
ともに戦い抜いた未曽有の厄災から二十六年。黒江は自らの責任を持って後世のために14少女漂流記と名付けた厄災の記録を制作した。
上位種のゴーストとの激闘を含め、原因不明の厄災によって引き起こされた数々の異変はブラックボックスとされ、アリスの正式起動と共に歴史の闇に葬られた。
人類が正しくゴーストの脅威を理解するために必要な資料。それを残さないわけにはいかないと、黒江は記録映像の編纂に長い期間を費やし、やり遂げたのだった。
「せっかくだから、お互いにカクテルをプレゼントし合うっていうのはどうかしら?」
「あら、素敵ね。羽佐奈さんに選んだお酒は格別の味が楽しめそう。賛成よ」
「でしょ? 甘い夜を過ごしている人達には悪いけど、私は稗田さんとこうして香港の地で会えて幸せよ」
「そう? 私も嬉しいわ。貴方は本当に忙しい人だから、こういう機会でもないと会えない気がして」
実際に羽佐奈は探偵業と芸能活動を掛け持ちしているため、黒江が探偵事務所を訪ねても不在であることが多かった。
一方、羽佐奈は厄災終結後に夫を喪った黒江の心情をフォローすることに徹した。夫である司と毎年過ごしてきたクリスマスを今年は一緒に過ごせない。
その寂しさを色濃く感じてはいたが、既に夫を喪っている黒江に配慮して、寂しい感情を吐露することを控えたのだった。
やがて、バーテンダーからそれぞれに注文したカクテルが差し出される。
羽佐奈にはカシスソーダ、黒江にはマリアンヌだった。
「あら、素敵ね」
「稗田さんはグレープジュースがお好みだと思って」
「歳を取るとビールや日本酒よりもワインの方が好きになってしまって。ブランデーと相性が良いのね」
マリアンヌはブランデーとグレープジュース、ホワイトキュラソーを合わせたカクテルだ。甘さを気持ち控え目にした上品な味わいが魅力でマリアンヌの中世風の美しさを表現したカクテルである。
黒江は上機嫌になってマリアンヌを口に含み、横目で華やかな衣装を見に纏った羽佐奈の姿を見つめる。引き寄せられるような唇が目の前にある。
それは実にカシスソーダが似合う、魅力的な女性の振る舞いであった。




