第七話『二人の魔女の再逢』2
「うふふふっ……今宵の衣装はイケてると思わない?」
長くなったブラウンベージュ色の髪を後ろで縛り、健康的かつ細身な身体をくるりと一回転させ、背筋を伸ばして八千羽に向かってポーズを決める上機嫌な羽佐奈。
八千羽は足をバタバタさせながらベッドに寝転がり、興味なさげに羽佐奈のエレガントな雰囲気を全面に押し出したフォーマルドレス姿に視線を向けた。
「稗田さんと呑みに行くだけなんでしょ? 明日は舞台当日で大忙しなんだから、そこまで気合いを入れなくても……」
「何を言ってるのよ。これくらい貴婦人の嗜み、訳もないわよ。
それに、カラフルなナイトライフを彩る五つ星ホテルのバーに行くのよ。
多少のドレスコードは常識の範囲内でしょ」
「そうなの? あたしは堅苦しいのは苦手で贅沢な夜を過ごしたいとは思えないから……ママの好きにすればいいんじゃない?」
「八千羽は昔から変わらないわね。芸能関係の付き合いで社交界に慣れてしまっているからかしらね……いつも綺麗に着飾っていなくちゃってママは染み付いているのよ」
芸能活動を続けていれば写真集の撮影も含め、様々な衣装を身に付けることがある。自分に似合う衣装を求め、収集しては社交界で試す癖が羽佐奈には染み付いていた。
「……それじゃあ、行ってくるわね。明日は忙しくなるわ、友梨も夜遅くまでパソコンばっかり触ってちゃダメよ」
「分かっているわよ。黒江さんを待たせないように早く行きなさい。無理はさせないで、あの人は自分の死に場所を求めているような人だから」
「そうかしらね。後継者のお孫さんはまだトーレス君と同じ歳なんでしょ? まだ安心できる歳じゃないんじゃないかしら」
人の死を敏感に感じ取る友梨の言葉に対して、否定的な態度を取る羽佐奈。
稗田黒江から漂う気配は保有魔力の減少と共に以前ほど恐怖を与えるような威圧感は感じなくなっている。人類が抗うことの出来ない老化という現象によって。
そのことを低く見積もる羽佐奈に対して、友梨は実にリアニストだった。
――稗田さんは月でママは太陽、そう考えると分かりやすいんじゃない?
「私が太陽……稗田さんが月……友梨もそんな風に思うの?」
反射的に繰り出された八千羽の言葉に反応する羽佐奈。
友梨は珍しくキーボードから手を放し、思考を巡らせて口を開いた。
「あながち間違いではないでしょうね。
二人が立っている表舞台は芸能界と政界。
より闇が深いのはどちらでしょうか?
より多くの人に憎まれ、恨まれるのはどちらでしょうか?
もちろん、この議論をそこまで深く考える必要はないですが、厄災の頃を考えても、舞原市の結界を突破して後から乗り込んでいった私と羽佐奈より、稗田さんの方が多くの大切な人を失っている。
太陽と月と表現するのはあながち間違いではないと思うわ」
「難しいことを考えるわね……友梨は。分かったわ、稗田さんが無理をしないよう、話を聞いて今回は後方支援に徹してもらうわ」
二人の言葉を噛み締め、神妙な表情を浮かべる羽佐奈。
何度も熾烈な戦いを繰り広げ、生き残ってきた。
どこかで自分達は大丈夫だと思い込んでいるのではないか?
暗い気持ちで明日を迎えたくなかったが、羽佐奈は改めて、黒江の行動一つ一つが終活へと向かっているのではと、疑い始まるのだった。
久しぶりの黒江との語らいを楽しみに羽佐奈が客室を出ていく。
八千羽は扉が閉まる音が聞こえてすぐ、溜息を付いた。
「……ママって本当、変わらないよね。あれって天然なのかな」
「長年見てきた私から見てもそう思います」
「だよね、パパとの別れが寂しくて騒いでた割に、本当に死ぬのが怖くないみたい」
友梨が遅い時間までパソコンを触ることを止められないのは、明日への焦燥感に苛まれているからこそ。
生存率を高めるためにあらゆるデータに目を通して、準備を整える。
そうすれば、たとえ最後を迎えたとしても納得が出来る。
それが友梨の戦い方だった。
ゴーストとの戦いの際にも味わった、死が迫る恐怖。それを感じてきた八千羽も同様に楽観的にはなれず、気持ちが落ち着かない夜を迎えていた。
しかし、羽佐奈だけは違って見えた。
もう帰って来れないかもしれないと思うことなく戦場へと向かう。
そして、いつだって仲間を明るく勇気付ける。まるで太陽のように。
「……ダメね、余計なことまで考えちゃって落ち着かない。友梨さん、ナイトプールにでも行ってきます」
「構わないですが、水着を持ってきていたんですね」
「うん、せっかく豪華なホテルに泊まるんだから。開放感なナイトプールでゆっくりしたいなって。任務が終わって帰る日の晩に行くつもりだったけど、軽く身体を動かした方がちゃんと眠れそうだから」
「了解です。八千羽の調整方法に口を出すつもりはありません。私も早めに寝るつもりです。羽佐奈の帰りを待つ必要はないでしょうから」
八千羽との会話で少し、肩の力が抜けた友梨はぼんやりと天井を仰いだ。
(そっか……友梨さんは浮いた話一つ聞いたことのない、仕事人間だった。
誰かと一緒にいたいって感覚はそこまで持ち合せていないんだ)
旅行用カバンを漁り、日本から持ってきていた水着を見つけた八千羽は羽佐奈に続いて客室を後にした。




