第一話『不穏な依頼』2
いざ覚悟を決めてメールを開いた羽佐奈はそのミッションの内容を閲覧して驚愕した。
自分達が引き受けるにはお門違いだと言いたくなる、冗談であって欲しいと思うような文章が並べられている。
それを簡潔にまとめるとこうだ。
”香港で行われるホリック・アルケミーによる舞台公演、その初日公演に会場を爆破させると犯行予告が届いた。是非、赤津探偵事務所の力を貸してほしい”
一瞬、頭が真っ白になった羽佐奈は瞬きをして携帯端末を掴んだ。
あまりにタイミングが良すぎる程に、バイブレーション機能が反応していた。
羽佐奈は溜息を付き、アイスミルクティーを飲み干して渋々、通話を繋いだ。
「依頼文を読んでくれたかい?」
「ゴースト絡みよりも厄介な依頼ね。どうして私のところに依頼されてくるのかしら? しかも劇団関係者でも会場スタッフでもなく、香港当局でもなく貴方からなんて、冗談きついわね」
「質問を質問で返すとは、頭の回転の良さは相変わらずだな。こちらは代行しているに過ぎない」
絶対、逃がさないとばかりにメール開くと同時に相手側に開いたことを通知する機能を仕掛けて来るなんて厄介としか言いようがない。
羽佐奈はよく知ったプロジェクトメンバーのしけた声を聞き、溜息を付きたい心境だった。
通話を掛けてきたのは、アリスプロジェクト日本本部の代表、安住という名の男だった。
元々、プロのエンジニアをしていた彼は真面目な印象を受ける声色をしているが、度々、困ったことがあると羽佐奈を便利屋扱いして依頼して来る困った人物だった。
事態の顛末が予測困難な以上、作戦成功率ほぼ100%を誇る羽佐奈に依頼をする判断は間違っていないが、羽佐奈にとって仲良くなりたいとは思えない相手である。
「言わずもがな、君を推薦したに決まっている。君たちの力が必要なのだよ」
「安住さん、私の仕事は探偵事務所を運営する所長。いい加減厄介事をこっちに回してこないで欲しいのだけど」
「もちろん、それは承知しているよ。だが、失敗すれば多くの人員が失われる重要案件だ。戦闘慣れしていないチームに任せるのは酷なことだと判断している」
「チームって……こっちは危険を承知で飛び込んでいくような、そういう軍人みたいな扱いはして欲しくないんだけど」
これでは三連投をさせられるリリーフピッチャーか負け試合でも完投をさせられるピッチャーと変わらない。こちらの事情など考慮することのないまま、容赦なく御指名を余儀なくされた羽佐奈は悪態を付いた。
なお、安住が羽佐奈に期待を寄せるのは羽佐奈自身の力に限らず、その心強い仲間達の力を含めてのことだ。
羽佐奈が自身の持つ魔女の力で魔法使いへと覚醒させた、その多くがこれからの未来を担う自分の子ども達。
自宅兼探偵事務所に身を置く彼女達の力を借りるにはスケジュールを事実上、管理している羽佐奈を通す必要があるのだった。
「ふふっ……類まれなる力を持つ君たちに自由を与えているのはアリスの良心だよ。分かって欲しいものだ。報酬金額は載っていただろう? 金額が不満ならこちらから上乗せ要求をするが……」
「もう、私を脅そうなんていい度胸をしているわね。分かったわよ……やればいいのでしょう。それで、犯行予告をしてきた敵の見当は付いているのかしら? 付いているからわざわざ私を紹介したのでしょう?」
困っているのが危険度の問題であって全くもって金額の問題ではない。
自分の仲間や家族に危険が及ぶ、それを簡単に受け入れていては命が幾つあっても足りない。
そのことを熟知している羽佐奈の反論は当然のものだった。
本当に劇場が爆破されるような事態になれば引き受けなかった後悔が嫌でも後に残る、上乗せ要求するには申し訳ない金額を提示されるだけに、羽佐奈は覚悟を決めた。
金額から察する危険度はG級。受ける方が馬鹿と言われても仕方がないだろう。きっと夫の司に相談したらすぐにお願いだから断ってと泣きつかれてしまう。そんなことを思いつつ、話はこのまま続けられた。
「ある程度の見当は付いている。ロシアに本部を持つ名の通ったテロリスト集団を装っているが、恐らく反アリス派の息がかかったものだろう。
となれば劇団に所属する魔法使いが狙われる可能性だってある。単純なアリスプロジェクトに対する挑発行為だけでは済まないだろう。だからこそ、君の協力が必要なのだよ」
独自に情報収集をしている安住の言葉を受け取る羽佐奈。
知りたいことは山ほどあったが、後ほど詳細が記載されている暗号化した文章も添付してくれることが分かっている以上、確認することはそう多くはなかった。




