第一話『不穏な依頼』1
――都内某所、赤津探偵事務所。
クリスマスが近づいた十二月の寒い時期に開かれる劇団、ホリック・アルケミーによる本公演。
今年は日本を離れ、香港の地で開かれるため、以前から集中を集めていた。
その本公演開催が迫る中、赤津探偵事務所の所長を務める赤津羽佐奈の下に想定範囲外の重大な依頼が届いていた。
「所長。少々、無視できない案件が裏の連絡先に届いています。至急確認願えますか?」
スーツ姿の三浦友梨がいつもの無愛想な表情を浮かべ、所長席に座る羽佐奈に小声で話しかけた。
「そう、ゴースト絡みかしら?」
長きに渡り同僚を続ける同い年の戦友である友梨の言葉に羽佐奈は一瞥して返事を返した。
小さく頷いて見せる友梨。
羽佐奈は確認を急かす有無を言わさぬ気配を長年の経験則から感じ取った。
二十六年前、舞原市で未曾有の厄災を引き起こし、忌まわしき存在として人類の敵となったゴースト。
ゴーストは死後の生物が怨念と化して呪いをまき散らす物理攻撃が通用しない危険な存在で、黒い影となって人に襲い掛かる。
それに対抗するのが超常の力を操る、死者の霊魂を取り込んだ半人半霊の魔法使いである。
赤津探偵事務所の所長である赤津羽佐奈はその唯一ゴーストに対抗できる干渉力を持つ魔法使いへと覚醒させることができる能力を持つ”魔女”であり、度々ゴーストが絡んだ依頼を引き受けているのだ。
休日である土日を挟んだ週明けで業務に追われ、書類の山に忙殺されていた羽佐奈は何とか苛立ちを隠し、また厄介事が増えたと思いつつ確認作業に入った。
友梨は羽佐奈と共に世界を秘密裏に管理するアリスプロジェクトのメンバーの一人でもあり、通常とは違うゴーストが絡んだ裏の仕事を主に担当している。羽佐奈がゴースト絡みの案件であることを危惧するのも当然のことだった。
「アリスコードが使われているので依頼内容は想像できますが、反アリス派がコードを悪用している可能性もあります。
相手のメールアドレスは秘匿性の高いものですので何とも言えませんが、本文を開くと相手にメールを開いたことを伝える通知が自動送信されますから、迂闊にこちらで開封するより、所長が自ら確認するのがいいでしょう」
「分かったわ、私は上の書斎で確認作業に入るから、この場をお願い。
探偵業務の方はいつも通りよ。友梨でも判断できる依頼が大半だから、スケジューリングまでの業務を私が戻るまで引き継いでおいてくれる?」
「珍しく疲れている様子ね、承知したわ。
アリスプロジェクトからなら十中八九、面倒な依頼になるでしょう」
業務連絡を続けた後に、不審なメールの内容に引っ掛かりを覚えていた友梨は残酷な本音の言葉を告げ、デスクに戻った。
「テレビの収録で昨日は帰りが遅かったから疲れてるのよ。先に萎えること言わないでよ……」
悪態を付き、「もう若くないのよ」と重い腰を上げ、渋々立ち上がる羽佐奈。
本年で五一歳を迎え、二十年以上、所長を続けていても偉ぶることなく、面倒事も引き受けてきた羽佐奈は断る口実でもないだろうかと思案を巡らせつつ、自宅兼書斎がある三階へと階段を上って行った。
羽佐奈が探偵事務所を構えるこの建物の一階は喫茶店、二階は事務所、三階と屋上は自宅になっている。
羽佐奈は早速、アイスミルクティーの入ったペットボトルを手に三階にある自宅の書斎に入った。
本来の探偵事務所としての仕事以外、つまりはアリスプロジェクトに所属する超能力を操る魔法使いとしての依頼に関する業務は公には出来ないため、主に書斎で確認作業や連絡業務を行っている。
書斎の照明を付けてデスクに座り、間髪入れずマウスを操作し始めると同時に三つのモニターが点灯した。
慣れた手付きでそのままメールボックスを開いた羽佐奈は友梨の言葉通り、不審なメールを見つけるに至った。
「相変わらず遠回しに厄介事をを回してきて……どいつもこいつも、なかなか私を引退させてはくれないわね……」
一人モニターに向かって愚痴を溢す今年で羽佐奈。
稗田黒江が書き残した手記、14少女漂流記で語られている通り、2029年には舞原市を未曾有の異変から解放する活躍を発揮した羽佐奈。
それからも探偵事務所の経営を続けるため探偵業務をする傍ら、アリスプロジェクトの円滑な運用のための任務に限らず、街を守る為に尽力を続けてきた。
依頼は簡単な下位種のゴースト退治ばかりではない。
世界を安寧へと導くアリスの意志に対抗する反アリス派との戦いに巻き込まれることもある。
それに加え、アリスプロジェクトからの研究協力や特別な依頼を任されることも少なくない。
実績を出せば出すほど、重宝され厄介な依頼が舞い込んでくる。
純粋種の魔女として唯一のSランクの実力に該当されているだけでなく、後継者を育てるためにも実の子どもを中心に眷属を増やしてきた羽佐奈はさらに頼られる存在として、組織の中で頭角を現しているのだった。




