第五話『東洋の真珠』2
「はぁ……はぁ……もう! ママも友梨さんも足が速いんだから……焦らずゆっくり行こうよ」
慌てているわけではないが、何食わぬ顔で先々歩いて行ってしまう羽佐奈と友梨を後方から旅行用カバンを引きずりながら追い掛ける八千羽。
マイペースな八千羽に対して羽佐奈と友梨は淡々と目的をこなしていくタイプで香港までの旅路を楽しむという観点が全くといっていいほどない。
出来れば日本を離れたくない。遠出までして依頼を受けたくはないと考える程だった。
「八千羽は緊張感がないのよ……仕事で行くんだから、のんびりしてられないわよ」
結婚をして子どもも出来て、落ち着いた立派な大人に成長してくれると踏んでいた羽佐奈は娘の姿を見て不甲斐なさを感じていた。
「そんなこと言ったって、まだ現地にも付いてないのに。神経質なんだから……」
数々の苦難を乗り越え、長年連れ添ってきたおかげで、完全に息の揃った羽佐奈と友梨とは異なり、八千羽は年齢に見合わず活発な二人についていくのがやっとだった。
公演初日に劇場を爆破すると犯行予告が届いてしばらく。
ついに現地まで赴くことになり、羽佐奈は一番信頼している友梨と劇団に学生時代の友人が在籍していて、自分よりも縁がある八千羽を連れていくことにした。
長女の八千羽は今年で三三歳となる三十路を過ぎて魔力の衰えはややあるものの、戦闘慣れしている分、衰えを感じさせない実力を持つ。
アリスから与えられた魔女の力によって羽佐奈が半人半霊の魔法使いへと覚醒させた一人である八千羽は戦いを好まない性格だ。
とはいえ、もしかしたら真理と真守が事件に巻き込まれるかもしれないという状況を知り、駆け付ける決意を固めてきたのだった。
朝から支度を急いでいたせいでカーディガンの中に胸元が開いたトップスを着て、胸を揺らしながら付いていく八千羽。赤津探偵事務所を手伝いながら普段は主婦として子育てしながら暮らす八千羽はゴースト絡みの依頼に参加することがほとんどないため、こうした依頼に参加するのは久々のことだった。
「本当、無事に日本に帰って来れるか心配ね……」
「能力的に見れば、八千羽さんは申し分ないでしょう」
「そうだけど……臆病だし優柔不断だから」
「危険な依頼をこなす上で慎重な姿勢でいることは重要です。いざとなったら頼りになる八千羽さんを連れて来たのは、正解だと思うわ」
「前々からだけど、友梨は結構、八千羽を推すわね。ランク付けもちょっと甘い気がするし」
「学生時代の功績を加味すれば、妥当だと思っています。
羽佐奈の前では本当の実力を隠している分、頼りないところがあるのは分かりますが」
帽子を被り、クリーム色のシャツの上に黒のジャケット、黒のパンツを履いた目立たない服装に身を包んだ友梨。
対する羽佐奈は未だモデル時代の体型を維持しており、テレビにも出演する有名人で顔が知れているため、変装用の帽子とサングラスをして目立たないように努めていた。
「二人してあたしのこと好き放題言い過ぎ……本当に仕事人間なんだから……あたしは二人と違って、か弱い一般女性なのに」
呆れ顔で抹茶オーレをストローで吸いながら、二人の会話を聞く八千羽。
香港行の飛行機が到着するのを待つ三人。
初日公演は明後日に迫っていて、明日はホールがあるドームの中に入って現場の確認を行う予定になっている。観光を楽しむような余裕は日程から考えてほとんどなかった。
「両手剣を振り回して戦う一般女性なんてこの世にいないわよ」
「同意ですね、八千羽さんは普段はユーモラスですが、戦いとなると強い女性ですから」
八千羽は探偵をする二人と違い、一般女性を装うが、両手に剣を持って振り回して敵と戦う姿を見てきた羽佐奈と友梨にとってはまるで説得力のない印象だった。
依頼を断るという選択肢もありながら、危険が伴う依頼を引き受けることになった羽佐奈達。
本当にテロリスト集団によって爆弾は仕掛けられ、テロ行為は行われるのか。未だ確証のないまま、羽佐奈達は魔女狩り達が迫る、陰謀渦巻く香港の地へと赴くのだった。




