第五話『東洋の真珠』1
初日公演の日程が迫る中、香港へ向かうため空港までタクシーでやってきた樋坂夫婦と無理矢理同行することに成功した唯花の三人。唯花は間もなく始まるリハーサルに参加する二人と一緒にタクシーに乗り込み、国際空港へと降り立った。
「唯花ちゃんっ! すっかり大きくなったわね、まだ中学生なのにどうしてこんなに成長が早いのかしらっ!」
「いきなり後ろから胸を揉んで来ないでくださいっ! 公衆の面前ですよ!」
「いいじゃない、唯花ちゃんの成長を確かめたくなるのが、親心ってものよ」
「何を言って……やってることが、単なるセクハラですって!」
”若いっていいわねぇ”と上機嫌に口にしてショルダーバッグをぶら下げ、旅行用カバンを転がす唯花の後ろから抱きつく真理。
ついこの前まで息子の浩二と並んで小さかった唯花が二次性徴を迎え、大人へと成長を始めている。娘のように思ってきた真理は嬉しさを爆発させた。
中学生になってから母親とランジェリーショップにも出掛けるようになった唯花はまさにお年頃。
ファッションや化粧にも周囲に連動して興味を持つようになった。
可愛いは作れる。周りよりも一段成長が早い唯花はアルファベット一つ分、胸のサイズが大きくなり、真理に対して慌てふためく過剰な反応を見せてしまうのだった。
両親から聞いたような学生時代の思い出話を唯花は聞かされながら香港までの道中を過ごす。
様々な支援策を受けられる舞原市の復興計画に合わせて移り住んできた樋坂家、永弥音両家は学生時代から続くご近所付き合いを継続し、共同して旅行に出かけるまでに親交を深めているのだった。
「ドバイやニューヨークの街並みも壮観だけど、香港も立派ね」
「それだけ多くの人がこの街で暮らしを営んでいるという証拠でもある。夜景はもっと凄いぞ」
雲の上から徐々に降下し始める航空機の機内で二人の言葉に耳を傾ける。
遥か上空から見下ろす香港の街並み。豆粒のようにまだ小さく見える乗用車が道路を走る姿を眺め、唯花は異国へとやってきた実感に胸を躍らせた。
ついにやって来た香港。自動運転タクシーの窓から見える超高層ビルが立ち並ぶ都市部の風景は機内の窓から見た風景と同様に圧巻で、人類が作り上げた栄華を唯花は目の当たりにするのだった。
演劇に興味があり、真理と真守と家族ぐるみの付き合いをしてきたこともあって信頼された唯花は、リハーサルに立ち会うことを許された。
関係者用の通行証を首にぶら下げ、会場となるドーム型の施設へと入っていき、リハーサル会場となるホールへと足を踏み入れる。大きな公演というだけあって、既に多くのスタッフが確認作業に追われていた。
「それじゃあ、唯花ちゃんは席に座ってゆっくり楽しんでいるといいよ」
「はい、リハ頑張ってください」
お兄さんのような印象を持っている真守から優しい言葉を掛けられた唯花は邪魔は出来ない現場の神聖な空気に緊張しながら頷き、空いた席に足を閉じて座った。
(こんな大きな会場でやるんだ……おじさんとおばさんはやっぱり凄いな……)
ワクワクした気持ちのまま、憧れと尊敬の眼差しで広い会場を見渡す唯花。
まだ、バーチャルシンガーとして活動する以前の唯花はごく普通の女子中学生と変わりない。そんな唯花にとって二人は隣近所に住む身近な存在でありながら、世界規模で活躍をしている雲の上の存在だった。
スタイリストによって着飾った姿に変わって舞台上に現れた真理と真守。
舞台衣装に切り替わり輝きを放つ二人はさっきまで一緒に過ごしていた二人とは別人のような感覚を覚えた。
(なにこれ……まだリハーサルなのに、こんなにドキドキしちゃうなんて)
映像で見たものとは全く雰囲気が違う。大勢のスタッフが慌ただしく周囲にひしめく、リアルな光景が目の前に広がる。
天井から照明が二人に向けて瞬き、入念な位置確認が行われる。細かい指示や激論が飛び交い、細部にまでこだわる大人達が真剣に作り上げる舞台演劇の世界。
学生が行う学芸会とは全く違う規模感に唯花はこれがまさに”本物”なのだと胸の高鳴りを抑えながら実感した。
軽快な音楽が鳴り響き、本番さながらのリハーサルが始まる。
姿勢を真っすぐに正し、何かを念じる真守が華麗に指の先から火を起こす。
反対側では真理がサッカーボールを宙に浮かせた。
さらに真理は、ぬいぐるみ達をまるで生きているかのような躍動感で地面の床を歩かせて見せた。
「マジックショーだと思ったかい?
違うよ、二人は正真正銘の超能力者なんだ」
「超能力者……」
二人の姿に瞳を奪われていると、気付けば唯花の隣に座っていた座長。
誇らしげに語る座長の言葉に唯花はただただ驚くほかなかった。
「二人が来てくれたおかげで我が劇団が披露できるショーの幅が広がった。
現実と幻想の境界、信じ込まされてきた常識とは違う光景を目の前にしているからこそ、君は今、心からときめいているのだよ」
「同じ人間のはずなのに、おじさんとおばさんは違うんだ……人とは違う、特別な力があるんだ」
「そうだね、科学者は存在そのものを認めようとしないが、これは現実の光景だ。
だが、僕らがしようとしていることは超能力者の実在を証明しようとするためのものではない。
人々を楽しませ、興奮させ、人類の可能性を示すことにあるんだ」
「確かに、純粋に楽しむ気持ちを持って見ている方がいいですよね。こんなに胸躍らせるステージが眺められるなら、超能力を信じてもいいって思えます」
どこまで凄いものを見せてくれるのか。
そんな期待を抱かせるような不思議な光景が目の前に広がる。
これが樋坂真理と樋坂真守による、超能力を駆使したステージショー。
メインディッシュの舞台演劇が始まる前の前座として披露されるには豪華すぎるお楽しみである。




