第四話『歴史を紡ぐ魔女』5
――赤津探偵事務所所長、赤津羽佐奈の手記。
”この記録は今から遡ること四年前、2055年に香港で発生した劇場火災事故の真実に迫るものである”
本件は舞台上で披露される演劇を楽しむ目的でやって来た多くの市民や観光客、それに加えて劇場関係者からも多くの犠牲者を出した悲惨な事故として広く知られている。
実際に現地へ派遣されることになった私自身もその見解に間違いはない。
火の海に包まれた劇場、逃げ惑う市民や観光客。
テロリストによる爆破テロは現実のものとして引き起こされ、人々は混乱の只中に引きずり込まれ、多くの悲劇が無残にも引き起こされた。
だが、その中で私達が命を懸けた激戦を繰り広げた現実とは裏腹に、全貌を解明するため調査を行った警察当局や香港政府からも十分な説明はなされていないため、解明されていない部分が多くブラックボックスになっている。
また、この日に行われた舞台演劇が日本の劇団によるものであったため、日本人からも犠牲者が出ており、遺骨の返還がなされていないケースも多々あるため、事故に関する不信感は未だに根強く残っている。
四年前の記憶を遡る前に当時の香港情勢について、改めて知っていく必要があります。
中華人民共和国の南部にある特別行政区である香港は超高層ビルが立ち並び、経済的にも豊かで日本人にとっても距離が近いため、海外旅行に行く際の身近な観光地の一つとして有名だ。
昼夜問わず煌びやかな都市として栄える香港には数多くの観光スポットがあるが、特に人気なのはビクトリア・ピークで世界三大夜景の一つ「100万ドルの夜景」が広がっている。
映画や音楽、美術やサブカルチャーまで文化活動も盛んで、日本とも親和性が高く、多くの観光客が訪れているため年中賑わっている。
古くはイギリスの植民地であった香港。
それが1997年7月1日、イギリスから中華人民共和国への返還および譲渡。香港特別行政区政府が発足。
香港基本法により五十年間、一国二制度が維持されることが決まった。
これにより香港は行政権、立法権、司法権を含む高度な自治権が確保されることになった。
しかし、資本主義体制を有する香港情勢は世界的に台頭していく共産主義の中国からの干渉を受け、共産化していく。
中国共産党による政治的・社会的統制が進む中で愛国心が植え付けられ、民主化運動の機運は香港国家安全維持法の施行と共に衰退していくことになった。
その後、三十年代、四十年代と度々、自由を求める民主化運動が盛り上がることになるが、運動は治安維持の名の下に弾圧を受けることになった。
そうした緊迫した国際環境が続いていく中、2055年の香港は再び一国二制度が維持されることが決まり、自由で開かれた都市へと歩みを進めようとしている。
こうした背景には、香港が世界的に活動範囲を広げるアリスプロジェクトの傘下に入ったことが影響している。
人工知能であるアリスに意思決定を委ねるアリスプロジェクトの存在自体、公にされているものではないが、アリスのデータベースにはアリスプロジェクト参加国による外交交渉が続けられてきたことが記載されている。
だが、この決定は反アリス派思想の反発を招いていることを無視してはならない。
香港をめぐる国際情勢。そこには頑なにアリスの干渉を拒み続ける中国だけでなく、多くの国や組織の利権が絡み合っている。それは間違いのないことだと考えられるでしょう。




