第97話 白い筆の証言
透が白花橋から戻った時、修道院の中庭はもう祈りの場所ではなくなっていた。
白い花は踏み荒らされていない。
礼拝堂も崩れていない。
女神像も、祭壇も、白い石柱も、そのまま残っている。
だが、その下から運び出されたものが、すべてを変えていた。
毛布に包まれた子どもたち。
声止め札。
番号札。
白倉の搬送名簿。
孤児名簿の改竄記録。
焼却命令の入った封鎖札。
荷車の中に隠されていた眠り粉。
そして、地下中枢印の写し。
中庭の片隅では、ニーナと芽衣が救出された子どもたちを診ている。
ミド・カランはまだ眠っていた。
だが、胸は上下している。
猫耳が時折ぴくりと動き、喉元の声止め札の痕には薬布が貼られていた。
リザ・トールは膝を抱えて座っている。
山羊角の片方に白い布が巻かれていた。
彼女は何度も自分の名を小さく呟いていた。
「リザ……リザ・トール……」
それを聞くたび、ルカは近くで頷く。
「うん。リザ」
声は小さい。
けれど、その確認は大事だった。
シェラは礼拝堂前に記録台を作っていた。
地下から運ばれた証拠を種類ごとに分け、記録光で写し、骨札と紙札へ対応番号をつける。
「証拠分類。白倉印、搬送名簿、番号札、声止め札、焼却札、認識阻害線、聖薬荷車偽装記録、白花橋予備箱」
真由が横で書き写している。
「白花橋の箱も追加ね」
「はい」
透は灰布で包んだ鉄箱を、シェラの前へ置いた。
箱の蓋には、欠けた王冠と白い目。
その周囲には、灰で死んだ焼却命令の痕が残っている。
シェラの右目が強く光った。
「白花橋下より回収?」
「ああ。予備名簿と記録水晶。灰番関連候補の記載あり」
その言葉に、真由の筆が止まる。
「灰番……?」
相良も顔を上げた。
彼は白花橋から戻って以降、ずっと黙っていた。
聖剣は鞘に収めている。
だが、手はまだ柄に触れていた。
透が橋の下で何をしたか。
相良は見ていた。
白花の事務男に、番号にした名を書かせた。
裏切り防止印の痛みを残したまま。
そして、番号を書いていた右手の指を潰した。
殺してはいない。
だが、許してもいない。
相良の中で、その光景はまだ整理できていなかった。
シェラは鉄箱の封を確認する。
「リィン、反動線確認を要請」
リィンが地下から戻ってきた。
彼女の指先には、青い封印針がまだ三本浮いている。
地下の残った封鎖線を押さえ続けたせいで、少しだけ息が浅い。
だが、立ち方は崩れていない。
「見る」
リィンは鉄箱の蓋に針を一本置いた。
青い光が薄く広がる。
「内側に記録水晶の自壊線。細い。触ると割れる」
「外せるか」
「外す。証拠は残す」
透が灰糸を伸ばす。
リィンが青い針で自壊線を浮かせ、透の灰糸が死んだ命令だけを喰う。
シェラが記録光を重ねる。
鉄箱の内側で、小さな音がした。
水晶の自壊命令が死んだ。
リィンが頷く。
「開けていい」
シェラが蓋を開く。
中には、白い紙束が防水布に包まれていた。
骨札の束。
薄い記録水晶。
そして、細い封筒。
真由が紙束を開き、すぐに顔を強張らせた。
「これ……白花修道院だけじゃない。ほかの施設名もある」
シェラが読み上げる。
「白花修道院。白石施療院。聖灯孤児舎。北巡礼宿。王都東倉庫区。白倉本庫」
美琴が息を呑む。
「そんなに……」
透は黙って紙面を見た。
白花は一本の根でしかなかった。
他にも同じ根がある。
白い顔をした施設。
救護、孤児、聖薬、巡礼。
その下に、番号化と搬送。
ネイラが外套の奥から低く言った。
「人族の神殿も、黒炎炉と変わらないな」
ベリオが反射的に顔を上げた。
「魔族が神殿を語るな」
ネイラの黒炎皿が、じわりと熱を持つ。
透が視線だけを向けた。
「ネイラ」
「燃やさない」
ネイラは短く答えた。
ベリオは悔しげに歯を噛む。
だが、地下で何を見たのか、彼にも消せない。
魔族と呼んだ少女が、番号札の命令を焼いて子どもを助けた。
神殿の札が、子どもの喉と胸を焼こうとした。
その事実は、彼の中でひどく歪んだ棘になっているはずだった。
エルドは中庭の中央で、王都騎士たちに指示を出していた。
「修道院の者を一か所へ集めなさい。勝手な移動を禁じます。地下入口と荷車置き場を封鎖。証拠には触れず、ギルド側記録官の確認を待つように」
その声は落ち着いている。
あまりにも落ち着きすぎていた。
レオナがいれば疑っただろう。
透も疑っている。
だが、今のところエルドは証拠を消そうとはしていない。
おそらく判断しているのだ。
どこまで切り捨てるか。
どこを守るか。
誰に罪を被せるか。
そのために、今は協力的に見せている。
マレナ院長は礼拝堂の階段に座り込んでいた。
美琴がそばにいる。
院長の顔は青白く、両手は震えたままだ。
リィンに認識阻害線を外され、彼女は少しずつ思い出している。
荷車が予定外に来た日のこと。
地下薬庫の扉を見た時、なぜか足が止まったこと。
子どもの泣き声を聞いた気がして、次の瞬間には祈祷の予定を思い出したこと。
職員の一部が白倉の札を持っていたこと。
それを疑問に思えなかったこと。
院長は震える声で言った。
「私は……子どもたちを救っているつもりでした」
誰もすぐには答えなかった。
「孤児を受け入れ、病人に薬を渡し、行き場のない子を寝かせて……それが白花の役目だと……」
彼女の視線が、毛布に包まれた子どもたちへ向く。
「でも、その中から選ばれていた。血、角、封印耐性、異界魔力反応……私は、見ないようにされていた」
真由は静かに問う。
「どこまで覚えていますか」
「白い筆を持つ事務長が、名簿を書き換えていました。ミドは東の親類へ、リザは病状悪化で別施設へ、狐血の子は薬草畑の手伝いから外すと……私は、それを確認したはずなのに、次の日には何もおかしいと思えなかった」
透は白花橋から連れてきた男を見た。
事務長。
右手の指を灰で潰された男は、縄で縛られ、地面に座らされている。
顔は汗と涙で汚れ、右手は布で巻かれている。
その横には、折れた白い筆が証拠袋に入れられていた。
シェラが淡々と告げる。
「白花事務長、氏名確認」
男は震えながら答えた。
「……オルベン・シク」
「役職」
「白花修道院、事務長。聖薬配布記録、孤児名簿、搬送書類の管理」
「白倉との関係」
男はエルドの方を見た。
エルドは何も言わない。
透の灰糸が、男の首元へわずかに動いた。
オルベンは悲鳴に近い声で答える。
「白倉補助記録係だ! 私は正規の神官ではない。帳簿を整えるだけの……」
「名前を番号へ変えた」
透の言葉に、男は肩を震わせた。
「……はい」
中庭に重い沈黙が落ちる。
シェラは記録を続ける。
「サリカ・ロウ、ミド・カラン、リザ・トールの番号化記録を作成したか」
「……作成しました」
「白花橋に予備名簿箱を隠したか」
「隠しました」
「開封時焼却命令と水路延焼罠を設置したか」
「私は、指示されて……」
灰糸がわずかに締まる。
「設置しました!」
オルベンは叫んだ。
相良の顔が歪む。
透はその横顔を見ない。
これは正義の裁きではない。
証言を取っているだけだ。
ただ、そのために痛みを使うことを、透はためらっていない。
シェラが記録する。
「証言取得。白花事務長オルベン・シク、番号化、予備名簿隠匿、水路焼却罠設置を認める」
真由が小声で言う。
「これで白花だけの問題にはできない」
「できません」
シェラの声は平坦だった。
レオナがいたら、中央ギルド、学院、薬師組合、亜人街自治会、門番隊、鍛冶組合、すべてに写しを回すだろう。
透は灰信片を取り出した。
「シェラ、ベルディアへ送れ」
「了解」
シェラが符号を打つ。
白花。
地下。
救出。
証拠。
白倉。
複数施設。
灰番。
緊急。
灰信線が鳴る。
遠くベルディアギルドへ。
さらに奈落の灰の砦へ。
イーシャとケイルが、その符号を受け取る。
ガルドが防衛を上げる。
セイルが神殿式の線を読み、灰の砦の名簿番が新しい骨札を用意する。
名前戻しの仕事が増える。
だが、増えたということは、隠れていた名が見つかったということでもある。
ルカは救出された子どもたちの前にしゃがんでいた。
彼女の前には、白い骨札が並んでいる。
「名前、言える人は言って。言えない人は、あとでいい。番号は先に外す」
ミドは眠っている。
リザは震えながら自分の名を言った。
腕に封印耐性の印を押された少年は、しばらく黙ってから小さく答えた。
「……ノイ」
ルカが聞き返す。
「ノイ?」
「ノイ・バルト。たぶん」
「たぶんでも、書く」
イーシャならどう書くだろう。
ルカは少し迷ってから、骨札に「ノイ・バルト」と書き、その横に小さく「たぶん」と記した。
シェラがそれを見て言う。
「分類、半白」
ルカは頷く。
「半分生きてる」
ノイはその言葉を聞いて、涙をこぼした。
半分でも、名前が残る。
全部消されたわけではない。
それだけで、彼の肩が少しだけ下がった。
ニーナがミドの薬布を替えながら、透へ声をかける。
「子どもたちは、全員すぐに移動させた方がいいです。白花にはもう置けません」
ロウ老人も頷く。
「亜人街で受け入れる。だが、全員は難しい。病状の重い子は薬師組合の療養所へ。身元のない子は……」
そこで、彼の視線が透へ向く。
透は答える。
「灰の砦へ来たい者は、連れていく」
相良が顔を上げた。
「子どもを奈落へ?」
バルザが低く笑った。
「地上の白い修道院より安全な奈落もあるってこった」
相良は言葉に詰まる。
否定できない。
少なくとも、白花修道院の地下よりは、灰の砦の水路の方がましだ。
透は続ける。
「無理には連れていかない。亜人街、薬師組合、ギルド、灰の砦。本人が選べるようにする」
マレナ院長が顔を上げた。
「選ぶ……」
透は院長を見た。
「白花は選ばせなかった」
院長の顔が歪む。
透は冷たく続ける。
「救ったつもりでも、見なかったなら同じだ。だが、線を入れられていたことは証拠として残す。お前が自分で何をしたのか、何をさせられたのかは、全部話せ」
院長は震えながら頷いた。
「話します。私が覚えていることは、すべて」
エルドがそこで口を開いた。
「その証言は、神殿監督官立ち会いのもとで正式に――」
透の視線が向いた。
エルドの言葉が止まる。
「ここで話す。シェラが記録する。ギルドも薬師も亜人街も聞く」
「手続き上、証言の形式を整えなければ、王都では受理されません」
「王都に受理されるためだけに残すんじゃない」
透は一歩近づく。
「消されないために残す」
エルドは黙った。
真由が小さく息を吐く。
「写しを増やします。形式を整えたものも、整える前のものも。両方残しましょう」
シェラが頷く。
「賛成。編集前記録、編集後記録、符号化記録、骨札要約を作成」
黒瀬が笑う。
「消す側からしたら最悪だね。どれを消せばいいかわからない」
ネイラが言う。
「全部燃やしに来る」
透は短く答えた。
「来たら折る」
その時、ギルドの伝令鳥が空から降りてきた。
白花の中庭に、灰色の羽を持つ小型鳥が舞い降りる。
足にはレオナの封蝋つきの筒。
ダグラスが受け取り、封を開く。
「ギルド長からだ」
シェラが読み上げる。
「ベルディアギルド、白花事案を中央ギルドへ緊急送付。王都神殿経由を拒否。中央査察官の派遣要請。高位冒険者一名以上の護衛を要求」
バルザが眉を上げる。
「高位冒険者?」
ダグラスの顔が少し引き締まる。
「Aランク以上だな」
周囲の冒険者たちがざわめいた。
Aランク。
ベルディア周辺で、ただの腕自慢とは別格に扱われる者たち。
迷宮深層を抜け、魔物群の討伐を任され、時に小領主や騎士団とも交渉できる存在。
久世が反応した。
「Aランク冒険者……そんなに上なのか」
アルマが静かに答える。
「冒険者の上位層です。学院の模擬戦で測れる相手ではありません。実戦の種類が違います」
ダグラスが頷く。
「俺はBだ。Aはそこから一段違う。個人の強さだけじゃない。依頼の失敗が街一つの損害になる連中だ」
相良は透を見た。
透は特に反応しない。
Aランク。
Sランク。
ギルドの階級。
それがどれほどのものか、透にはまだ実感が薄い。
だが、レオナが呼ぶなら意味がある。
白花の証拠を守るには、ギルドの力がいる。
王国でも神殿でもなく、依頼と記録で動く力が。
シェラが続きの文を読む。
「候補者名。Aランク冒険者、鉄雨のオルガ。現在ベルディア西門付近に滞在。中央ギルド査察官到着までの証拠護衛として協力打診中」
ダグラスが低く笑った。
「よりによってオルガか」
バルザが面白そうに聞く。
「知ってるのか」
「知ってるも何も、ベルディアで高位討伐を受ける奴なら知らない方がおかしい。槍使いだ。雨みたいに投げ槍を降らせる。魔物の群れを足止めするなら、あれ以上はいない」
久世が喉を鳴らす。
「そんな冒険者が来るのか」
透は白花修道院の中庭を見た。
証拠箱。
子どもたち。
捕縛者。
神殿監督官。
白倉の記録。
灰番関連候補。
これだけのものをベルディアへ運ぶには、外からの襲撃に備える必要がある。
透一人で斬ることはできる。
だが、証拠と子どもを守りながら移動するには、役がいる。
「来るなら使う」
ダグラスが笑う。
「本人に言うなよ。たぶん睨まれる」
透は気にしなかった。
シェラは記録を続ける。
「中央ギルド査察、Aランク冒険者派遣可能性。灰の砦および透の冒険者ランク評価に影響」
レオナらしい追記もあった。
――白花の証拠が大きすぎる。
――篠宮透一行を通常のC級扱いで動かす限界が来ている。
――戻り次第、ギルド内で査定会議を行う。逃げるな。
透は眉をひそめた。
「逃げない」
バルザが笑う。
「逃げる顔してたぞ」
「してない」
ルカが真剣に言う。
「査定って、名前?」
ダグラスが答えた。
「冒険者としてどれくらいの仕事を任せるか決めることだ」
「トオル、何色?」
「色じゃねえな。級だ」
ルカは少し考えた。
「灰級」
シェラが記録する。
「ルカ案、灰級」
「記録するな」
「重要かもしれません」
わずかに空気が緩んだ。
だが、すぐに現実が戻る。
救出された子どもたちの移送準備。
証拠箱の封印。
捕縛者の拘束。
院長と職員の証言。
エルドと神殿側の監視。
白花修道院を一時封鎖する手続き。
やることは山ほどある。
透は白花橋から持ち帰った三枚の名前札を、ルカへ渡した。
「名簿番に送る」
ルカは両手で受け取った。
サリカ・ロウ。
ミド・カラン。
リザ・トール。
番号を書いた白い筆で、番号を書いた男に書かせた名。
ルカはそれをじっと見つめる。
「この字、震えてる」
「書いた奴が震えてた」
「怖かった?」
「ああ」
ルカは少し考えた。
「名前を消した人も、名前を書くの怖い?」
「怖がらせた」
相良の肩がわずかに動いた。
ルカは透を見上げる。
「トオル、怖いことした?」
「ああ」
透は隠さなかった。
「でも、名前は戻した」
「そうだ」
ルカは頷いた。
「じゃあ、名簿番に渡す」
彼女はそれ以上聞かなかった。
怖いことをした。
名前を戻した。
その両方を、道番の小さな胸にしまったのだろう。
リィンが透の横へ来た。
「灰、濁ってる」
「そうか」
「うん。でも、切れてない」
透は少しだけ息を吐いた。
リィンは責めない。
許可もしない。
ただ、透の灰の状態を見て言った。
「地下の残り、まだある。箱の水晶も見る」
「ああ」
透は中庭を見渡す。
白い花の根は掘り返された。
だが、根は一本ではない。
白石施療院。
聖灯孤児舎。
北巡礼宿。
王都東倉庫区。
白倉本庫。
そして、灰番関連候補。
白倉はもっと深い。
神殿も、まだ切り捨てて終わりにはしないだろう。
だが、白花で救えた名がある。
サリカ。
ミド。
リザ。
ノイ。
ほかにも、まだ名を思い出せない子どもたち。
透は灰骸刀の鞘に結ばれた白い骨玉に触れた。
その横に、ルカが持つ三枚の札がある。
正義の旗は掲げない。
だが、名前を消す手は潰す。
灰の砦は、そういう場所になり始めている。
夕方の風が、白い花を揺らした。
花の香りはまだ甘い。
だが、もうその下の腐った匂いは隠せない。
遠く、ベルディアの方角から馬の蹄音が近づいていた。
重い。
速い。
迷いがない。
ダグラスが耳を澄ませ、口元を歪める。
「来たな」
「誰だ」
透が問う。
ダグラスは北西の道を見た。
「鉄雨のオルガだ。Aランク冒険者。証拠護衛の依頼を受けたらしい」
白花修道院の門の向こうに、一騎の影が見えた。
背に長槍を何本も束ねた、大柄な女。
雨雲のような灰色の外套。
肩に鉄の槍筒。
馬上からでもわかる、戦場慣れした重心。
彼女は門前で馬を止め、白花修道院の中庭を見渡した。
倒れた回収人。
証拠箱。
救出された子どもたち。
神殿監督官。
そして、灰の刀を持つ少年。
女の目が、透で止まる。
笑わない。
驚きもしない。
ただ、戦場の傷を見るように、静かに見た。
「……ここをC級依頼で片づけた馬鹿は誰だ」
ダグラスが肩をすくめる。
「ギルド長だ」
「あとで殴る」
鉄雨のオルガは馬から降りた。
地面に足が着いた瞬間、周囲の冒険者たちの背筋が伸びる。
Aランク。
その重さが、白花の中庭に降りた。
オルガは透へ歩み寄り、鞘の白い骨玉と、灰骸刀と、透の目を順に見た。
「お前が灰喰いか」
「篠宮透だ」
「そうか」
オルガは中庭の証拠を見回した。
「話はあとだ。まずは証拠と子どもを運ぶ。襲撃はもう一度来る」
透は目を細める。
「わかるのか」
「この手の連中は、一回失敗した程度で諦めない」
オルガは背中の槍筒を鳴らした。
「だが、ここから先は私の依頼でもある。証拠箱に触る手は、槍で縫う」
その言葉に、バルザが愉快そうに笑った。
「いい女だな」
オルガはバルザを一瞥する。
「獣人、笑うなら荷を持て」
「おう、気に入った」
透はオルガを見る。
ギルドの高位冒険者。
王国でも神殿でもない力。
白花の証拠を守るために、また一つ別の線が加わった。
オルガは短く言った。
「灰喰い。お前の力はあとで見る。今は、守るものを数えろ」
透は少しだけ口元を動かした。
「もう数えてる」
オルガの目が細くなる。
「なら早い。動くぞ」
白花修道院の中庭で、証拠箱が運び出され始めた。
子どもたちの名を呼ぶ声。
灰信線の小さな鳴動。
Aランク冒険者の槍の音。
白倉の記録を包む灰布。
白い花の根から掘り出されたものは、もう土へ戻らない。
灰は、それを抱えてベルディアへ向かった。




