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第78話 灰骸刀の牙

 訓練場の空気は、まだ重かった。


 王都護衛騎士隊長ガイゼルが三本取られた。


 それ自体は、模擬戦の結果にすぎない。

 だが、その中身が違った。


 透は灰骸刀(かいがいとう)を抜かなかった。

 魔法も、大技も使っていない。

 灰瞬壁(かいしゅんへき)灰糸(かいし)、そして身体の動きだけで、王都の実戦騎士を止めた。


 その事実が、王都側の者たちの胸に沈んでいる。


 久世蓮司は、訓練場の端で剣の柄を握り続けていた。


 認めたくない。


 ガイゼルは強い。

 だが、自分は《剣聖》だ。


 木剣の模擬戦で負けることはあっても、剣の才能では自分が上だ。

 剣なら、まだ測れる。

 剣なら、まだ届くかもしれない。


 そう思わなければ、自分の足元が崩れる。


 透が訓練場を出ようとした時、久世は思わず口を開いた。


「待てよ」


 周囲の視線が集まる。


 透が足を止めた。


 振り返る。


「何だ」


 久世は一歩前へ出た。


「お前、さっきから防いで逸らしてばっかりだろ」


 相良が眉をひそめる。


「久世」


「黙ってろ」


 久世は相良を見ずに続けた。


「魔剣の術式を斬ったとか、命令線を斬ったとか、そういう話ばっかりだ。けど、それは相手の仕組みに干渉してるだけだろ。剣としての攻撃力はどうなんだよ」


 訓練場がざわつく。


 レオナは目を細めた。


 ダグラスが面白そうに口角を上げる。


「おいおい、剣聖坊主。言うねえ」


 久世は止まらない。


「本当に強い剣なら、見せてみろよ。灰骸刀(かいがいとう)だっけ? その壊れた刀が、どこまで斬れるのか」


 美琴の顔が強張る。


「久世君、今そんなこと――」


「必要だろ」


 久世は透を睨んだ。


「共同調査するんだろ。危険な相手と戦うかもしれない。なら、武器の性能確認は必要だ」


 それは言い訳だった。


 だが、完全に間違っているわけでもない。


 王都側の騎士たちも、黙って透を見る。

 神官監督官エルドも、表情を整えながら観察していた。


 透の武器。


 灰の刀。


 それが何をできるのか。


 彼らは知りたがっている。


 透は久世を見た。


 しばらく黙っていた。


 リィンが横に立つ。


「抜く?」


「ああ」


 短い返事だった。


 レオナが額を押さえる。


「また面倒な流れになったな」


 ダグラスが笑う。


「いいじゃねえか。俺も見たい。前に俺の魔剣を黙らされた時は、攻撃ってより手術みたいだったからな」


 ガイゼルも兜を脇に抱えたまま言う。


「可能なら、確認したい。あの刀の攻撃範囲と威力を知らずに同行するのは危険でもある」


 レオナはため息をつき、訓練場の奥を指した。


「破壊試験用の区画を使う。魔導鎧板、結界柱、廃棄魔物核、訓練用石人形を出せ。見物人は線の外。王都側も近づくな」


 ギルド職員たちが慌ただしく動く。


 訓練場の奥に、重い鉄と黒石でできた台が用意された。

 そこへ次々と試験標的が並ぶ。


 第一標的、王都騎士用の魔導鎧板。

 厚い鋼板に、衝撃を散らす魔法陣が刻まれている。


 第二標的、迷宮結界柱。

 黄札区域の小型結界に使われる石柱で、通常の剣では傷もつかない。


 第三標的、廃棄された魔物核。

 迷宮犬より大型の魔物から取り出されたもので、すでに死んだ魔力が凝って黒く濁っている。


 第四標的、訓練用石人形。

 内部に簡易魔力炉を持ち、疑似的に動く。


 さらに、レオナは最後に別のものを運ばせた。


 黒い箱に封じられた、剣杯商会の失敗魔剣。


 ダグラスのものとは別だ。

 倉庫から押収された廃棄品。

 使用者の魔力を無理に吸い上げ、暴走させる危険な魔剣だった。


 レオナは言う。


「これ以上は出せん。街中の訓練場で壊していい限界だ」


 透は標的を順に見た。


 灰骸刀(かいがいとう)の柄に手を置く。


 鞘の中で、刀がわずかに震えた。


 以前よりも反応が強い。


 剣杯の魔剣。

 黒札区域の命令輪。

 旧水門の自壊術式。

 王冠印の証言封じ。


 死んだ魔力と呪いの残滓を喰うたびに、この刀は少しずつ目を覚ましている。


 まだ完全ではない。


 だが、ただの壊れた保守刃ではなくなりつつある。


 透は息を吐いた。


 そして、灰骸刀(かいがいとう)を抜いた。


 灰色の刃が、空気を割る。


 折れた刀身の先に、灰が集まった。


 刃先を補うだけではない。


 灰が細く伸び、片刃の輪郭を長く引いた。


 欠けた刃の先から、さらに半尺。

 灰の刃が、静かに伸びる。


 久世が息を呑んだ。


 ただの刃ではない。


 灰で作った刃先が、揺れている。

 だが、不安定ではない。


 死んだ魔力を喰うための、薄く鋭い牙。


 シェラが記録する。


灰骸刀(かいがいとう)、刃長変化。灰刃形成。推定機能、魔力残滓分解、斬撃延長、呪性装甲侵食」


 ダグラスが笑う。


「おいおい、俺の時より育ってねえか」


 透は第一標的、魔導鎧板の前に立つ。


 鎧板の魔法陣が淡く光った。


 衝撃を受ければ、力を面全体へ逃がす仕組みだ。

 普通の剣なら、刃が滑る。

 強い打撃でも、鎧板全体が受けて耐える。


 透は刀を構えた。


 大きく振りかぶらない。


 軽く、横へ払う。


 灰の刃が、鎧板の表面を撫でた。


 金属音は小さい。


 だが、次の瞬間、鎧板に刻まれていた魔法陣が灰色に染まった。


 光が消える。


 続いて、鎧板の中央に細い線が走った。


 ずるり、と上半分が滑り落ちる。


 鋼が斬れていた。


 それも、ただ力で断ち切ったのではない。

 衝撃分散の魔法陣を先に喰い、逃げ場を失った鋼を薄く切り裂いた。


 レオナが口笛を吹く。


「騎士鎧なら一撃だな」


 ガイゼルの顔が引きつる。


 彼の鎧も似た系統の防御術式を持っている。


 久世は剣の柄を握りしめた。


「魔法陣を斬っただけだろ……」


 透は答えない。


 第二標的、結界柱へ向かう。


 結界柱が起動し、半透明の黄色い膜を張った。

 通常なら、複数人で魔力を削るか、専用の解除具で処理する。


 透は灰骸刀(かいがいとう)の刃先を、結界へ向けた。


 刃の灰が、細く震える。


灰刃延(かいじんえん)


 小さく呟いた。


 灰の刃が伸びた。


 一尺。

 二尺。


 長さだけなら槍のようにも見える。

 だが、実体は薄い灰の片刃だ。


 透はそのまま、結界膜の端を斬った。


 結界は割れない。


 代わりに、斬られた部分から灰が入り込む。

 黄色い膜の内側を、灰が細く走り、結界の支点を探る。


 次の瞬間、柱の根元にあった三つの小さな魔法陣が同時に灰化した。


 膜が消える。


 透は二歩進み、石柱本体を斜めに斬った。


 石が沈黙する。


 上半分が遅れて崩れ、黒石の台へ落ちた。


 相良は目を見開いた。


 結界を力で破ったのではない。

 内側の支点を喰って、存在できなくした。


 聖剣なら、強い光で押し切る。

 透の刀は、相手の終わった部分(・・・・・)を見つけて、そこから喰う。


 まるで、防御という考え方そのものを否定するようだった。


 真由が低く言う。


「攻撃と解除が同時に起きている……防御術式を斬られた側は、受けた瞬間に防御が成立しなくなる」


 黒瀬が肩をすくめる。


「暗殺者泣かせだね。防具も結界も信用できない」


 第三標的、廃棄魔物核。


 黒く濁った核は、死んだ魔力を溜め込んでいる。

 壊し方を誤れば、毒煙や呪いが漏れる。


 芽衣が思わず声を上げた。


「それ、普通に割ったら危ないです!」


 透は頷いた。


「だから割らない」


 灰骸刀(かいがいとう)を下段に構える。


 刃の灰が、今度は薄く広がらず、刀身へ密着した。


 密度が上がる。


 灰色の刃が、黒く沈む。


喰灰刃(くいばじん)


 透が踏み込む。


 刃が魔物核を斬った。


 核は割れない。


 斬撃が通った線だけが、灰色に変わる。


 一拍後、核の内側から黒い煙が上がりかけた。


 リィンの指が封印針へ伸びる。


 だが、その必要はなかった。


 灰骸刀の刃が、斬った線から黒い煙を吸い込んでいる。


 死んだ魔力。

 腐った呪い。

 漏れれば周囲を汚すはずの残滓。


 それらが刃へ吸われ、灰になる。


 核は二つに分かれた。


 中身は空だった。


 セイルが呆然とする。


「処理刃……いや、処理どころじゃない。核汚染を斬撃で喰っている……」


 ダグラスが腕を組む。


「つまり、毒を撒く魔物も、死骸が厄介なやつも、こいつで斬れば後始末までできるってことか?」


 シェラが答える。


「条件付きで可能。対象が死んだ魔力、呪い、腐敗残滓を含む場合、灰骸刀(かいがいとう)が分解吸収可能。生体魔力への直接捕食は不可」


 久世はその説明を聞きながら、奥歯を噛んだ。


 強い剣。


 そういう次元ではない。


 鎧を斬る。

 結界を喰う。

 魔物核を汚染ごと処理する。


 剣聖の剣が、どれだけ速く鋭くても。


 この刀は、戦場のルールそのものを変えている。


 第四標的、訓練用石人形が起動した。


 石でできた人型が、重い足音を立てて透へ向かう。

 内部の簡易魔力炉が赤く光り、両腕を振り上げた。


 ギルド職員が叫ぶ。


「出力を下げていますが、近づくと危険です!」


 透は動かない。


 石人形が拳を振り下ろす。


 透は一歩、内へ入った。


 灰骸刀を逆袈裟に振る。


 刃は石人形の胴を浅く通った。


 浅い。


 普通なら傷にもならない。


 だが、石人形の赤い魔力炉が一瞬で灰色に変わった。


 動きが止まる。


 透はそのまま二撃目を横へ払った。


 石人形の右腕が落ちる。

 三撃目で左脚の関節が崩れる。

 四撃目で首が落ちた。


 すべて、石を力任せに割ったのではない。


 内部の魔力炉、関節命令、動作芯。

 動くために必要な部分だけを喰い、最後に物理部分を斬る。


 石人形は、崩れる前に死んで(・・)いた。


 透は刀を下ろす。


「動くものは、芯を斬る。硬さは関係ない」


 ガイゼルが低く呟く。


「城門破りにも使えるな」


 レオナが渋い顔をした。


「言うな。王都側が聞いている」


 エルドは何も言わなかった。


 だが、その視線は明らかに変わっている。


 灰骸刀は危険だ。


 それも、個人戦闘の危険ではない。


 結界、魔導鎧、呪具、魔物核、古代機構。

 王国と神殿が管理している多くの力を、根元から喰う可能性がある。


 だから欲しい。


 だから恐れる。


 だから管理したい。


 透は最後の標的、黒い箱へ向かった。


 剣杯商会の失敗魔剣。


 封印箱の蓋が開かれると、濁った赤い光が漏れた。


 剣は鎖で固定されている。

 柄に触れた者の魔力を吸い、暴走させる危険があるためだ。


 リィンが目を細める。


「中、汚い」


「見えるか」


「使う人の手を噛む線が多い」


 透は頷いた。


 この魔剣は、カインのものより粗い。

 使用者を補助するふりをして、魔力を吸い上げ、剣杯側の命令へ繋げる。


 失敗品とはいえ、構造は見える。


 透は灰骸刀を構えた。


 魔剣が反応する。


 赤い光が鎖を震わせ、周囲の魔力を吸おうとした。

 見物していた王都騎士たちの剣が小さく鳴る。


 久世の腰の剣も震えた。


「何だ……?」


 魔剣が周囲の武器へ干渉している。


 剣聖の剣気にまで、薄く触れてきていた。


 透の目が冷える。


「まだ噛むか」


 灰骸刀(かいがいとう)の刃が、赤い魔剣へ向かう。


 その瞬間、赤い魔剣が暴れた。


 鎖が一本弾ける。

 赤い刃が箱から跳ね上がり、近くにいたギルド職員へ向かう。


 職員の顔が凍る。


 相良が聖剣を抜こうとする。

 久世も踏み出しかける。


 だが、透の方が速い。


 灰瞬壁(かいしゅんへき)で止めるのではない。


 灰骸刀の灰刃が伸びた。


 灰刃延(かいじんえん)


 灰色の刃が赤い魔剣の柄へ絡み、使用者を求める命令線を喰う。


 魔剣の動きが一瞬止まる。


 透は踏み込んだ。


灰断刃(かいだんじん)


 灰骸刀が赤い魔剣を斬った。


 金属が割れる音ではない。


 濁った魔力が、悲鳴のような音を立てた。


 赤い刃が二つに裂ける。

 その中から、黒い蔦のような命令線が溢れた。


 リィンの封印針が一本飛ぶ。


 青い線が、溢れた命令線の逃げ道を塞ぐ。


 透の灰骸刀が二撃目を振る。


 黒い蔦が灰になって消えた。


 最後に残った魔剣の芯を、透は刀の切っ先で突いた。


 突いた箇所から灰が広がる。


 赤い魔剣は、音もなく崩れた。


 粉々になったわけではない。


 刃も柄も残っている。

 だが、魔剣としての機能は完全に死んでいた。


 シェラが記録する。


「剣杯失敗魔剣、機能停止。使用者吸収命令、剣杯系統接続線、暴走核、全消失。物理証拠、残存」


 レオナが満足そうに頷く。


「壊しすぎてない。証拠として使える」


 透は灰骸刀を見た。


 刃に赤黒い残滓が吸われていく。


 そのたびに、刀身の灰が少し濃くなる。


 欠けた先端の灰刃が、先ほどよりも安定していた。


 透の手に、微かな重みが増える。


 灰骸刀が喰った。


 剣杯の命令。

 魔剣の失敗核。

 使用者を噛む呪い。


 そのすべてが、刀の中で灰になって沈む。


 リィンが刀を見た。


「少し、起きた」


「そう見えるか」


「うん。刃の先が、前より静か」


 バルザが牙を見せる。


「静かな刃ってのは、よく斬れる刃だ」


 ダグラスが頷く。


「確かにな」


 久世は、もう何も言えなかった。


 自分は剣聖だ。


 剣の才能を授かった。

 王国の師にも認められた。

 聖剣ではないが、剣なら自分の領域だと思っていた。


 だが、今目の前で、透の刀は五つの標的を斬った。


 鎧。

 結界。

 魔物核。

 石人形。

 魔剣。


 どれも、ただの斬撃ではなかった。


 相手の守りを喰い、芯を斬り、呪いを処理し、証拠を残す。


 攻撃と破壊と解析と後始末が、一つの刃にまとまっている。


 久世の剣では、できない。


 その事実が、喉を焼くようだった。


 それでも、彼は言った。


「……まだ、人相手にはわからないだろ」


 声は小さかった。


 だが、透には聞こえた。


 透が久世を見る。


 訓練場の空気が止まる。


 久世は言った直後、自分でもまずいと思った。


 だが、引けなかった。


「鎧や魔剣には強いかもしれない。けど、剣士同士なら――」


 透は灰骸刀を鞘へ向けた。


 納めるのか、と誰もが思った。


 違った。


 透は半分だけ刃を鞘に戻し、そこで止めた。


 灰が鞘の内側で圧縮される。


 リィンの目が細くなる。


「トオル」


「当てない」


 短く言って、透は久世の横を見た。


 訓練場の奥、誰もいない石壁。


 そこへ向けて、半抜きの灰骸刀を一閃した。


灰牙閃(かいがせん)


 灰色の斬撃が飛んだ。


 音は遅れて来た。


 刃から離れた灰の牙が、空気を裂き、訓練場の奥の石壁へ走る。


 石壁に触れた瞬間、表面の強化術式が灰になった。

 次に石が斜めに裂けた。


 厚い壁に、深い斬痕が残る。


 だが、壁は崩れない。


 必要な幅だけ、正確に喰い裂かれている。


 王都側の騎士たちは、一斉に息を呑んだ。


 遠距離斬撃。


 それも、ただ飛ぶ刃ではない。


 防御術式を喰いながら進む、灰の斬撃。


 久世の頬に、遅れて風が触れた。


 斬撃は、彼のすぐ横を通ったわけではない。

 十分に離れていた。


 それでも、久世の身体は動かなかった。


 動けなかった。


 透は灰骸刀を完全に鞘へ納める。


「人相手なら、当てる場所を選ぶ」


 静かな声。


「腕を落とすか、脚を断つか、武器だけ殺すか、喉の命令だけ抜くか」


 久世の喉が鳴る。


 透は続けた。


「殺す必要があるなら、殺す」


 その言葉に、訓練場の空気が冷えた。


「でも、お前相手に今それを見せる理由はない」


 久世の顔が歪む。


 それは見逃しではない。


 哀れみでもない。


 価値がない(・・・・・)と言われたのに近かった。


 相良が一歩前に出かけ、止まる。


 美琴は唇を噛む。


 真由は目を伏せず、透を見ていた。


 黒瀬は小さく笑う。


「格が違うね」


 誰への言葉かは、言わなかった。


 エルドは灰骸刀を見ていた。


 欲しい。


 恐ろしい。


 管理しなければならない。


 その三つが、彼の目に同時に浮かんでいる。


 透はその視線にも気づいていた。


「この刀も、俺のものだ」


 エルドの表情が固まる。


「神殿の鑑定対象ではあるでしょう」


「違う」


 透の手が、灰骸刀の柄に置かれる。


「俺が奈落で拾った。俺の灰を喰って起きた。俺の仲間を守る刃だ」


 灰が、鞘の隙間から薄く漏れる。


「王国にも神殿にも渡さない」


 その声に、リィンが隣で頷いた。


「渡さない」


 バルザが笑う。


「欲しけりゃ腕ごと持っていく覚悟だな」


 シェラが淡々と記録する。


「灰骸刀所有権主張。王国・神殿への引き渡し拒否。戦闘性能、鎧板切断、結界分解、魔物核無害化、石人形機能停止、魔剣機能殺害、遠隔斬撃確認」


 レオナが苦笑した。


「記録に残すには物騒な文言だな」


「正確です」


「そうだな」


 訓練場に集まった冒険者たちは、少し遅れて歓声を上げた。


「灰の主、すげえぞ!」

「今の斬撃、壁ごと持ってったぞ!」

「魔剣を証拠残して殺すって何だよ!」

「青針と合わせたら、呪具殺しじゃねえか!」

「あの刀、迷宮深層向きだろ!」


 ベルディア側の熱気が上がる。


 王都側は、その中で沈黙していた。


 同じものを見ても、受け取り方が違う。


 ベルディアの者たちは、危険な力を見た。

 同時に、その力が自分たちの街で檻を開け、証拠を残し、人を戻したことを知っている。


 王都の者たちは、危険な力を見た。

 同時に、その力を王国の管理外に置いている少年を見た。


 透は訓練場の壁に残った斬痕を一度だけ見た。


 灰牙閃。


 今はまだ、一撃で城壁を断つほどではない。

 だが、灰骸刀は喰うほど育つ。


 剣杯の魔剣。

 王冠印。

 神殿の封環。

 迷宮の古い呪い。


 この先、喰うものはいくらでもある。


 透は灰骸刀の柄から手を離した。


 刀は鞘の中で、静かに眠る。


 だが、その眠りは以前より深く、重い。


 いつか目覚めれば、もっと遠くまで届く。


 もっと硬いものを喰う。


 もっと大きなものを断つ。


 透は振り返り、王都側を見た。


「測れたか」


 誰も答えなかった。


 灰骸刀の攻撃性能。


 その問いの答えは、訓練場の奥の斬痕と、灰になった魔剣が示していた。


 そして、久世蓮司の中で、剣聖という言葉が初めて重く沈んだ。


 剣なら届く。


 そう思っていた。


 だが、灰の刃は、剣の形をした別の何か(・・・・)だった。


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