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第107話 荷車を折る夜

 灰標団ベルディア支部へ戻った時、夜はすでに東水路へ沈み始めていた。


 旧水車倉庫の灰標は、薄暗い一階中央で淡く光っている。

 その光のそばに、古井戸から救い出した二人の子どもが座っていた。


 鼠耳の少年。

 小さな角を持つ少女。


 どちらもまだ名を言えない。

 名を忘れたのか、言うことを禁じられたのか、そもそも奪われる前から誰にも呼ばれていなかったのかは、まだわからない。


 ルカは二人の前に骨札を置いた。


 ――戻った子。


 番号ではない。

 荷札でもない。

 白倉の記号でも、灰境商の値札でもない。


 仮でも、人として置くための札だった。


 サリカが水を渡し、リザが灰布を膝へかける。

 芽衣と薬師組合の者たちが喉と手首の痕を診ている。


 透はそれを一度だけ見て、それから地下へ向かった。


 仮境目房。


 灰境商の男。

 古井戸の下働き二人。

 外へ逃げようとしてオルガに外套ごと縫われた二人。


 合計五人がそこに転がされている。


 石壁の部屋は狭い。

 逃げ場はない。

 入口にはバルザ。

 四隅にはリィンの封印針。

 床にはシェラの保守糸。

 ネイラは黒炎皿を手に、壁にもたれていた。


 マリウス査察官もいた。


 疲労で顔色は悪い。

 だが、査察帳を閉じていない。


 透は捕縛者たちを見下ろした。


「ジグ・ラウ」


 古井戸の下働きがびくりと震える。


 透は続ける。


「北巡礼宿。三本線に欠け点。古井戸を今日潰せ。お前はそう吐いた」


「言った! 言っただろ! もう知ってることは――」


「足りない」


 透の声は低い。


 下働きの喉が鳴る。


「何が……」


「順番が合わない」


 マリウスの筆が止まった。


 透は捕縛者の前へしゃがむ。


「古井戸を今日潰すなら、古井戸に人を残す理由がない。焼却粉を仕込んで、子ども二人をまだ箱に入れていた理由もない。逃げるなら荷を先に抜く。潰すなら証拠を先に消す。だが、お前たちは箱も札も残していた」


 下働きの顔が引きつった。


 透は淡々と並べる。


「つまり、古井戸はまだ使う予定だった。今日潰すというのは、お前の聞いた命令の一部だけだ」


 誰も口を挟まない。


「もう一つ。古井戸の下にいた人数が少ない。搬送路を本当に潰すなら、もっと人手がいる。石を崩す、粉を撒く、入口を焼く、見張りを置く。五人では足りない」


 灰境商の男の目がわずかに動いた。


 透はそれを見逃さない。


「三つ。支部の灰境商は、俺たちを測りに来たと言った。だが、測るだけなら魔導獣三体は多い。あれは査定じゃない。支部の防衛力を削るための手だ」


 ネイラが小さく舌打ちする。


 透は指を一本立てる。


「古井戸を潰す命令」


 二本目。


「支部を測る魔導獣」


 三本目。


「北巡礼宿の名」


 四本目。


「灰境商の帳場番ジグ・ラウ」


 透は手を下ろした。


「本命は、支部の捕縛者を殺すか、取り返すことだな」


 沈黙。


 それが答えだった。


 バルザが低く笑う。


「わかりやすいな。顔に書いてある」


 下働きが震える。


「知らない! 俺は本当に――」


 透の手が伸びた。


 下働きの襟を掴み、壁へ押しつける。


 激しく叩きつけたわけではない。

 だが、男の体は石壁に縫い止められたように動かなくなった。


 透の腕に込められた力だけで。


「知らないなら、知っている範囲を全部言え」


「言った!」


「まだだ」


 透の声は変わらない。


「ジグ・ラウから命令を受けたのは、いつだ」


「昼前……」


「どこで」


「北巡礼宿の裏庭」


「直接か」


「札で……」


「札だけで古井戸を開けたのか」


「開け札は、別の奴が持ってきた」


「そいつはどこへ行った」


「知らない」


 透の手に力が入る。


 男の背中で、石壁がみしりと鳴った。


「知らないで済む質問と、済まない質問がある」


「東水路だ! 支部の方へ行った! 俺たちは井戸で荷を待てと言われただけだ!」


 マリウスの筆が走る。


 透は男を落とした。


「支部へ行った奴の特徴」


「片目の女。鉄の首輪。赤い外套。荷車の車輪みたいな紋」


 シェラの右目が光る。


「灰境商別働指揮個体。荷車紋。既存記録なし」


 灰境商の男が歯を食いしばる。


 透はそちらへ向いた。


「お前は知っているな」


「……知らん」


「嘘だ」


 即答だった。


 透は歩み寄る。


 灰境商の男は後ずさろうとした。

 だが、保守糸が足を縛っている。


「お前は魔導獣三体を持ってきた。支部を測った。片目の女は古井戸を開けた。役割が違うだけで、同じ命令を受けている」


 透は灰境商の男の前に立つ。


「そいつは、今どこに来る」


 男は唇を結ぶ。


 透は灰骸刀を抜かなかった。


 右手で、床に置いてあった魔導獣の鉄爪を拾う。


 折れた残骸。


 それでも、普通の人間なら両手で持つ重さがある。


 透はそれを片手で握った。


 そして、ゆっくりと握り潰した。


 鉄が鳴る。


 ぎち、ぎち、と音を立て、爪の形が崩れていく。


 男の顔から血の気が引いた。


 透は潰れた鉄爪を床へ落とす。


「質問を変える」


 石室に、鉄の塊が転がる音が響いた。


「今来るか。夜明け前に来るか。明日以降か」


 男は震えた。


「……夜の一番深い時」


「狙いは」


「捕縛者と、耳後ろの刻み。あと、灰標団支部の灰標」


 ルカが入口で小さく息を呑んだ。


 灰標。


 支部と灰の砦を繋ぐ灯。


 それを壊せば、ベルディア支部は孤立する。


 透の目が冷えた。


「人数」


「八……いや、十。片目の女を入れて十一。荷車騎兵が二台」


「荷車騎兵?」


 シェラが記録板をめくる。


「黒鞭商会に類似記録。荷車に魔導脚と前面鉄板を取り付けた突入具。人員輸送兼突破用。人身搬送の護衛にも使用」


 バルザが笑った。


「荷車で突っ込んでくるのか」


 オルガの声が地下入口からした。


「笑い事ではない。狭い通りなら、前衛ごと轢き潰す道具だ」


 いつの間にか、オルガが階段上に立っていた。


 その後ろにレオナもいる。


 透は灰境商の男から視線を外さない。


「通りはどこを使う」


「東水路沿い。支部の裏口側。正面は囮だ」


「合図は」


「黒い鐘。三回」


 透は頷いた。


「十分だ」


 灰境商の男が荒く息を吐く。


「言ったぞ……!」


「ああ」


 透は立ち上がる。


「生かす理由が増えた」


 男はその言葉に、安心していいのか怯えていいのかわからない顔をした。


 透は振り返る。


「シェラ、配置」


「はい」


 シェラの記録板に、支部の図面が浮かぶ。


 一階中央、灰標。

 正面入口。

 裏口。

 水路側。

 地下境目房。

 名簿棚。

 証拠棚。

 救出者の保護部屋。


 透は図面を見ながら言う。


「正面囮は、ガレンと久世」


 レオナが眉を上げる。


「久世を使うのか」


「正面なら見える。抜けてくる奴を止めるだけだ。斬るなと言えば斬らない」


 オルガが頷く。


「成長した剣なら、試す場所だ」


「裏口の荷車騎兵は俺とバルザ」


 バルザが牙を見せる。


「いいな。荷車を止める」


「止めるだけじゃない。折る」


「ますますいい」


「水路側はネイラとリィン。火札、転移札、毒粉を止めろ」


 リィンが静かに頷く。


「灰標には触らせない」


 ネイラも言う。


「水を燃やす命令があれば焼く。人を焼く火なら、先に潰す」


「シェラは中。灰標と名簿棚、証拠棚。侵入した奴を床に縫え」


「了解。記録しながら制圧します」


 レオナが言う。


「私は?」


「ギルド職員と救出者を奥へ。マリウスは証人として残れ。邪魔なら下がれ」


 マリウスは少しだけ背筋を伸ばした。


「残ります」


「なら書け。今から来る連中は、捕縛者殺害、証拠破壊、灰標破壊が目的だ。こちらは迎撃する。殺す必要がない奴は捕る。灰標に触った奴は腕を折る」


 マリウスの筆が一瞬止まる。


「そのまま書くのですか」


「そのまま書け」


 有無を言わせなかった。


 マリウスは頷き、書いた。


 灰標団ベルディア支部は、静かに動き始めた。


 救出者たちは保護部屋の奥へ移される。

 水瓶は壁際へ寄せられ、汚れ水桶には蓋がされた。

 名簿棚の前には、シェラの細い保守糸が張られる。

 灰標の周囲には、リィンの青い針が低く浮いた。


 ガレンは正面入口に巨大な盾を置いた。


 その隣に、久世が立つ。


 久世の表情は硬い。


 透が正面へ来る。


「久世」


「わかってる。斬らない。止める」


「違う」


 久世が顔を上げる。


 透は短く言った。


「抜かせるな」


 久世の喉が鳴った。


「……ああ」


 剣聖の少年は、剣を抜く。


 刃の向きは下げている。


 斬るためではない。

 守る線を作るためだ。


 その横で、ガレンが笑う。


「いい目になってきたな」


 久世は答えなかった。


 裏口では、透とバルザが待っていた。


 東水路沿いの夜道は暗い。

 水面に月が揺れ、古い倉庫の影が長く落ちている。


 オルガは屋根の上。


 槍を十本、足元に並べている。


 ネイラは水路側の石段に立ち、黒炎皿を片手に持つ。

 リィンは灰標と水路を結ぶ位置。

 ルカは保護部屋の入口で、道番の板を抱えている。


 やがて、遠くで小さな音がした。


 鐘。


 一回。


 二回。


 三回。


 黒い鐘の音。


 バルザが肩を鳴らす。


「来たな」


 透は灰骸刀を抜いた。


 東水路沿いの暗がりから、鉄の音が近づいてくる。


 車輪ではない。

 脚だ。


 荷車に取り付けられた魔導脚が、石畳を叩く音。


 最初の荷車騎兵が角を曲がった。


 前面に厚い鉄板。

 左右に槍状の突起。

 上には黒い外套の兵が三人。

 車体の側面には、荷車の車輪に似た紋。


 その後ろに、二台目。


 狭い水路沿いを、暴走する獣のように突っ込んでくる。


 狙いは裏口。


 扉を壊し、中へ突入し、灰標を砕く。


 透は前へ出た。


 バルザも並ぶ。


「どっちが一台目だ」


 バルザが笑う。


「主、好きな方を選べ」


「主じゃない」


 透は一台目へ向かって走った。


 荷車騎兵が加速する。


 鉄板の前面が迫る。


 普通なら避ける。

 横へ飛ぶ。

 槍で止めようとしても、押し潰される。


 透は避けなかった。


 灰装を脚へ通す。


 地面を踏む。


 石畳が割れた。


 灰骸刀を両手で握り、低く構える。


 荷車騎兵の鉄板が目前へ迫る。


 透は斬った。


 横ではない。

 上からでもない。


 前へ踏み込みながら、斜め下から斬り上げた。


 灰骸刀の刃が、鉄板に食い込む。


 火花が散る。


 車体の勢いが透の腕へ流れ込む。

 重い。

 馬車数台分の質量と、魔導脚の推進力。


 それを、透は受け止めた。


 歯を食いしばることもなく、ただ足を沈める。


 刃が鉄板を割る。


 押し込む。


 裂く。


 一台目の前面が、中央から斜めに開いた。


 そのまま透は左手で割れた鉄板を掴む。


 指が鉄へ食い込む。


 荷車騎兵の進行方向を、力任せに横へねじった。


 車体が悲鳴を上げる。


 魔導脚が石畳を削り、片側が浮く。


 透は叫ばない。


 ただ腕を振った。


 荷車騎兵が横倒しになり、水路沿いの石壁へ叩きつけられた。


 上に乗っていた三人が投げ出される。


 オルガの槍が雨のように降り、その袖と足元を石畳へ縫い止めた。


 二台目はバルザへ突っ込んでいた。


 バルザは笑っていた。


 両腕を広げる。


 荷車騎兵の鉄板が獣人の体にぶつかる。


 鈍い衝撃音。


 バルザの足が後ろへ滑る。

 石畳に二本の溝が刻まれる。


 だが、止まった。


 完全に。


「重いな」


 バルザは牙を剥く。


「だが、止まる」


 両手が鉄板の縁を掴む。


 筋肉が膨れる。

 腕の血管が浮く。

 獣人の膂力が、魔導脚の推進力を押し返す。


 バルザは一歩前へ出た。


 荷車騎兵が後ろへ下がる。


 乗っていた兵たちが悲鳴を上げた。


「嘘だろ……!」


 バルザはさらに踏み込む。


 そして、荷車の前面を持ち上げた。


 魔導脚が空転する。


 鉄の脚が宙を蹴る。


 バルザは車体を半分持ち上げたまま、横へ叩きつけた。


 車軸が折れる。


 魔導脚が砕ける。


 二台目の荷車騎兵は、その場でただの鉄屑になった。


 バルザは肩で息をしながら笑う。


「いい荷だった」


 裏口側が崩れた。


 だが、正面でも戦闘が始まっていた。


 囮の襲撃者たちが、正面扉へ殺到する。


 ガレンの盾が一歩も動かない。


 突撃してきた男たちは、鉄壁にぶつかって止まる。


 その隙間を抜けようとした一人に、久世が動いた。


 剣を抜く。


 だが、斬らない。


 刃の腹で手首を叩き、柄で顎を打ち、足を払う。


 一人。

 二人。

 三人。


 抜けてくる者だけを止める。


 証拠棚には近づけない。


 久世の呼吸が乱れる。

 だが、目は逸らさない。


 ガレンが隣で言う。


「いい。斬らずに止めろ」


「わかってる!」


 久世の剣が、敵の膝裏を打つ。


 男が崩れた。


 その奥で、片目の女が水路側から姿を見せた。


 赤い外套。

 鉄の首輪。

 腰に短斧。

 片目は黒い布で覆われている。


 手には、小さな黒い鐘。


 女は正面も裏口も見ていない。


 灰標を狙っている。


 水路に投げ込まれた小さな筒から、黒い煙が出た。


 支部の床下へ回す毒煙か。


 ネイラが前へ出る。


「水を汚すな」


 黒炎が走った。


 煙そのものを焼くのではない。

 煙を増やす粉を焼き潰す。


 黒い筒が破裂せず、ただ沈黙する。


 片目の女は舌打ちし、短斧を抜いた。


 リィンの針がその足元へ刺さる。


「そこから先、灰標」


 女は笑った。


「封印鍵か。高く売れる」


 リィンの目が冷える。


 だが、動いたのはネイラだった。


 黒炎ではない。


 踏み込み。


 ネイラの拳が女の短斧を持つ腕へ入る。


 骨が軋む音。


 女が驚く。


 ネイラはそのまま肩でぶつかり、女を水路側の石柱へ叩きつけた。


「値札の話は聞き飽きた」


 女は短斧を逆手に持ち替える。


 速い。

 灰境商の下働きではない。


 戦える。


 短斧がネイラの首を狙う。


 リィンの青い針が、斧の柄を一瞬止めた。


 その一瞬で、ネイラは女の腹へ膝を入れた。


 女の体が浮く。


 ネイラは黒炎皿を近づけ、女の鉄首輪へ火を走らせた。


 首輪そのものではない。


 逃走命令と自害命令だけが、黒く縮んで消える。


「生きて吐け」


 ネイラはそう言い、女の顔面を床へ叩き伏せた。


 灰標の灯は揺れなかった。


 屋根の上からオルガの声。


「裏、残り二。透」


 透は倒れた荷車騎兵の上に立っていた。


 残りの兵二人が、裏口の影から中へ入ろうとしている。


 手には小さな槌。


 灰標破壊用。


 透は灰骸刀を握り直した。


 走る。


 距離は十数歩。


 兵の一人が振り返る。


 その時には、透が目の前にいた。


 灰骸刀の柄頭が一人目の胸を打つ。


 鎧がへこむ。


 男が吹き飛び、壁へ叩きつけられる。


 二人目が槌を振る。


 透は左手でその手首を掴んだ。


 握る。


 槌が落ちる。


 手首の骨が、折れる寸前で止められた。


 透は男を見下ろす。


「灰標に触るなと言った」


 男は震えながら言う。


「俺は……命令で……」


「命令した奴の名を言え」


「ジグ・ラウ!」


「居場所」


「北巡礼宿! でも今夜には移る! 鐘が戻らなければ、帳場は燃やす!」


 透は男を床へ押し倒した。


「シェラ」


「記録済み」


「レオナへ送れ」


「送信」


 戦闘は、短かった。


 荷車騎兵二台は壊れた。

 灰標破壊班は制圧。

 片目の女は生きたまま捕縛。

 正面の囮はガレンと久世に止められた。

 水路の毒煙はネイラに潰された。

 リィンの針は灰標を守り切った。

 シェラは名簿棚にも証拠棚にも触れさせなかった。


 そして、支部の看板は落ちなかった。


 マリウスは一階中央で、震える筆を動かしていた。


 目の前には、灰標団が物理でねじ伏せた襲撃の跡がある。


 斬り裂かれた鉄板。

 折れた車軸。

 石畳の溝。

 壁へ叩きつけられた兵。

 床に縫われた外套。

 潰された灰標破壊槌。


 これは、単なる迎撃ではない。


 支部を守る力の証明だった。


 透は片目の女の前に立つ。


 女は血を吐きながらも、まだ睨んでいる。


「ジグ・ラウはどこだ」


「……北巡礼宿」


「いつまでいる」


「鐘が戻るまで」


「鐘は戻らない」


 透は黒い鐘を拾った。


 片目の女が目を見開く。


 透はその鐘を片手で握った。


 黒い金属が、ぐしゃりと潰れる。


 音は鳴らない。


 透は潰れた鐘を女の前に落とした。


「これで、向こうは燃やす」


 女の顔が青くなる。


 透は続ける。


「だから今行く」


 レオナが駆け寄ってきた。


「待て。支部戦の直後だぞ」


「待たない」


 透は即答した。


「理由はさっきと同じだ。鐘が戻らなければ帳場を燃やす。なら、燃える前に踏み込む」


 マリウスが顔を上げる。


「北巡礼宿へ、今から?」


「ああ」


「人員は――」


「半分残す。灰標と救出者と捕縛者を守る。俺たちは帳場を潰す」


 オルガが屋根から降りてくる。


「正しい。今夜を逃せば、ジグ・ラウは消える」


 レオナは歯を食いしばった。


 だが、否定しなかった。


 透は潰れた黒い鐘を見下ろす。


 相手の合図を奪った。

 荷車を折った。

 灰標を守った。

 生きた証人も増えた。


 次は、帳場番。


 北巡礼宿。


 灰境商が命に値札をつける場所。


 透は灰骸刀を鞘に納める。


「ルカ」


「うん」


「道は」


 ルカは道番の板を抱え、真剣な顔で頷いた。


「ある。燃える前に、行ける」


 透は頷いた。


「行くぞ」


 灰標団ベルディア支部の灰灯は、夜の中で消えなかった。


 その灯を背に、透たちはさらに外へ踏み出す。


 待つ理由がないなら、待たない。


 奪う者の荷車は折った。

 次は、値札をつける帳場を潰す。


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