09:豪華な夜会に紛れる不穏な影
夜会は豪華なものだった。料理も音楽も、会場の煌びやかさも、すべてがベルナデッタには初めて見るものばかりだ。
浮いてしまうかもと不安はあったが、幸い来賓達はベルナデッタを気に掛けて声を掛けてくれた。もっとも、優しさからというよりは獣騎士への好奇心、それも『七歳まで聖獣に育てられた異例の獣騎士』という物珍しさへの好奇心なのだが。
それでも好奇心を露骨に出しはせず相応の振舞で接してくれるのだから、ベルナデッタからしたら有難い限りだ。
そんな来賓達に話しかけられつつも夜会を過ごしていると、別の場所に居るはずのアイザックがそっと近づいてきた。
事前に話していた通り、彼は黒を基調としたスーツを纏っている。細部には赤色の刺繍や装飾が施されており、胸元には赤いブローチ。その姿はまるで彼のパートナーである黒竜ルスタールのようではないか。
元より見目の良い彼が着飾るとより華があり、周囲の女性達がほぅと熱い吐息を漏らしている。
「ベルナデッタ、今いいか?」
「なにか美味しいものでもありましたか?」
「食いしん坊かわいい。あっちにローストビーフが……。いや違う、今は食べ物じゃなかった」
はたと我に返ったアイザックが一度周囲を見回し、そっとベルナデッタの耳に顔を寄せてきた。
周囲に気付かれないように……、と言いたいところなのだろうが、残念ながら聖獣に育てられた獣騎士と国宝の竜騎士ではどうしたって視線を集めてしまう。とりわけアイザックの見た目が良いのだから女性達からの注目度は高い。
だが幸い周囲は好奇の視線や羨望の視線を送るだけに留めてくれており、こそりと交わす会話を盗み聞こうとまではしていない。
貴族としての礼節か、あるいは眺めるだけで満足なのか。これもまた有難い話だ。
「会場内に怪しい奴等が増えてきた。事前に報告されてる顔もある」
「裏口は?」
「予想通り、そっちに集まってる。ベルナデッタもいつでも動けるようにしておいてくれ」
「わかりました。ローストビーフは今は我慢して、任務完了後に報酬として貰うことにします」
「食いしん坊と仕事熱心が両立されていて最高に可愛い。俺も食べたいから、あとで一緒に食べような」
「はい!」
周囲には気付かれないよう、それでも気合いを入れる。
そうしてアイザックが離れていこうとするのを見て、ベルナデッタは「あ、」と小さく声をあげた。
咄嗟に彼のスーツの裾を掴んで引き留める。驚いたようにアイザックが振り返るが、その顔もまた麗しい。
「アイザック様、胸元のブローチがずれちゃってますよ」
「え、本当か? ……自分からだと分からないな」
「あぁ、逆です。逆。あ、戻し過ぎ」
自分からはブローチの正位置が分からないのか、戻そうとしているがうまく直せていない。
最初は右に傾いていたのに、直したら今度は左に傾いてしまった。いったん外して付け直すもそれでもやはりずれている。
それにもどかしさを感じ、ベルナデッタは「私がやります」と告げてアイザックに近付くとブローチに触れた。
黒いスーツに映える真っ赤なブローチ。まるで彼のパートナーである黒竜ルスタールの目のようではないか。色濃く、見ていると吸い込まれそうになる。
「ベ、ベルナデッタ……、ちょっと近くないか? その……、紳士な俺もうっかり欲望に負けて抱きしめちゃいそうなんだけど……」
「抱きしめる?」
「いや、なんでもない! あ、ベルナデッタも髪飾りがずれてるぞ」
「本当ですか? さっきテラスに出た時に風が吹いてたのでそれでずれちゃったのかも」
「お、俺が直してやるよ。髪飾りだと自分じゃ難しいだろ」
少し上擦った声でアイザックが告げてくる。
次いでベルナデッタの頭に何かが触れた。彼の手か、それとも髪には触れないようにして髪飾りだけを動かしているのか、くすぐったくなるような感触だ。
そうしてしばらくその感触が続き、「直った」とアイザックの声が頭上から聞こえてきた。まだ少しだけ声が上擦っている。
「ありがとうございます。アイザック様のブローチも直りましたよ」
「お、おう。お互いこういう格好は慣れないな」
「そうですねぇ。ドレスは綺麗で良いんですが、コルセットが苦しくて普段みたいに食べられません」
勿体ない、とベルナデッタが腹部を押さえて惜しめば、それが面白かったのかアイザックがふっと声を漏らして笑った。
「任務が終わってローストビーフを食べる時にはコルセットは外しておかないとな」
「そうですね! 美味しいものを苦しむことなく食べましょう!」
「よし。そうと決まったら任務を頑張らないと」
改めるようにアイザックが気合いを入れる。
それを見て、ベルナデッタもまた「頑張りましょう!」と気合いを入れてぐっと拳を握り……、
「パーティー会場では優雅にしてないと駄目でした! 優雅に、エレガントに!」
「そうだったな! 優雅にしないと!」
慌てて二人して入れ直した気合いをなんとか和らげた。
そんな二人を眺めるのは、先程までアイザックに熱い視線を送っていた女性達。
だが今は落ち着きを取り戻している。その表情には恋焦がれる色も無ければ、さりとて恋を諦める悲壮感もない。
「見ました? アイザック様のあの表情」
「えぇ、あんなに嬉しそうにして。これは嫉妬するのも野暮ですわね」
「国を護ってくださっている竜騎士様と獣騎士様ですもの、お二人の幸せを陰ながら見守りましょう」
そんな会話を交わし、女性達は嫉妬も抱かずコロコロと笑いながら夜会の会場へと紛れていった。
◆◆◆
今夜の夜会はなんら怪しいところのないものである。
とある貴族が夫人の誕生日のために開いた場で、招待された者達の殆どは慣れたものだと言いたげである。
だが噂によると、今夜の夜会を大規模な窃盗団が狙っているという。夜会の賑やかさとひとの出入りに乗じて屋敷内の物を盗みだし、夜の闇に消えていく……。
彼等の手際は見事としか言いようがない。
屋敷の者を抱き込んで、少数で迅速に盗み出し風のように去っていく。あまりの手際の良さに、盗まれたことに気付いたのは翌朝になってから……なんてことも少なくない。
更に厄介なのは、現場に出る者達の殆どが下っ端で、いつ何時でも切り捨てられるような者達ばかりなことだ。おかげで国も対策を取って数人は捕えてはいるものの、いまだ組織のトップまで辿り着けていない。
「ここまで国が後手後手になるという事は、国の内部にも情報を流してる者がいる可能性が考えられます」
静かな声色で話すのはセルジュ。場所は屋敷の裏手にある人気のない場所。夜会の賑やかさも光もこの場所までは届かない。
そんな彼の隣でベルナデッタは静かに周囲の音を聞いていた。傍らに座るロニアも同じように耳を澄まし、時折すんすんと空気中の匂いを嗅いでいる。
元より鋭い眼光がより鋭さを増しているのは、きっと周囲に漂う良からぬ匂いを嗅ぎ取っているからだろう。
「それで今回の任務は少数にしか知らされてなかったんですね」
「えぇ、それも下手な人選をすれば相手に気取られる可能性がありますから、誰を任命するかは悩まされました。夜間に強い聖獣と竜、なおかつ夜会に招待されていてもおかしくない人物……」
竜騎士隊副隊長セルジュは子爵家の三男である。今夜の夜会の主催とも元々交流があるため、この場にいても誰も違和感を覚えないだろう。むしろ任務がなかったとしても呼ばれていたかもしれない。
彼の他にも、男爵家次男のヴァレールや公爵家三男のフィンをはじめ、ここにいる者達は皆相応の家の出だ。窃盗団も彼等を見て警戒こそすれども、自分達を捉えるために夜会に潜りこんだとは思うまい。
……だけど、とベルナデッタは首を傾げ、次いでアイザックと顔を見合わせた。
「私は貴族じゃありませんけど、可愛いから呼ばれたんでしょうか?」
「俺はきっと格好良いからだな」
「二人は獣騎士と竜騎士の中でも特に珍しい枠だからです。今夜の夜会の主役であるご婦人は獣騎士と竜騎士に興味があるらしく、私とヴァレールが彼女のために招待した、という事になっています」
あっさりとセルジュが断言する。
これに対してベルナデッタとアイザックは再び顔を見合わせ……、
「つまり珍しくて可愛いからということですね」
「そうだな。珍しくて格好良いからだ」
と頷き合った。




