08:ときにはおめかしをして
騎士隊の制服は多少の差はあれどもベースは共通している。
紺色の地に輝く銀色の飾り。胸元には国章の刺繍。有事の際にすぐに動けるよう身軽さを重視しつつ、威厳と格式高さを感じさせる格式ある制服だ。
それをベースとして、式典時には街頭やマントを身に着ける。さらには所属する部隊や階級ごとに細部が変わっており、
獣騎士と竜騎士は装具を入れるポーチを腰から下げている。
詳しく知らぬ者にはどの制服も同じに見えるだろうし、興味を持つ者は一目で所属や階級が判別できるようになっている。
それが騎士隊の制服である。
だが時にはそれらの制服とは違うものを纏い騎士の任務に赴くこともある。
たとえば、貴族の夜会に来賓に紛れて参加する際とか。
「ドレス! 綺麗なドレス!! やったぁ!」
ベルナデッタがはしゃぎながらクルクルと回れば、ヴァレールが暢気に「裾踏んで転ぶなよー」と告げてきた。
だが興奮しているベルナデッタはその程度の制止では止まらない。
真っ赤なドレスの裾を摘まみ、ボリュームのあるスカート部分をより膨らませるようにくるくると回り、
次の瞬間、靴のヒールをズルと滑らせ、盛大にバランスを崩し……、
だが転ばず、華麗に一回転して立ち上がった。
詰め所内の一角から「ナイス受け身」「さすがベルちゃん先輩」「ネコ科って本当にバランス良いよな」という誉め言葉――芯から誉め言葉かは些か怪しい――があがる。
「別に転ばなきゃセーフというわけでもないからな。そろそろ落ち着きなさい」
「だってドレスなんて初めて着るんで嬉しいんです。私、似合ってます。可愛いですね!」
「はいはい、ちゃんと似合ってる……。待て、今の疑問形じゃなかったな。相変わらず自己肯定感が高いやつだな」
「だってこんなに似合ってるんですよ。せっかくだしパパとママとお父さんとお母さんにも見せたいなぁ」
話しながら、ベルナデッタはご機嫌でドレスの裾を揺らした。
深紅の布で作られた特注のドレス。裾や細部にフリルがあしらわれており、とりわけスカートはボリュームがある。そのうえ肌に優しく滑らか。
初めてドレスを着るのだ。それもこんなに豪華なもの。これに興奮しないわけがない。
ここはあと三回ぐらいまわっておこうか。そう考え、ベルナデッタが華麗にターンを決めようとした瞬間……、
「そっちの準備はできたか? うちの方でちょっと変更があってっ、あ、ああぁ、ドレス姿……!」
と、アイザックが詰め所に入ってくるなり膝から頽れた。
思わず回りかけていた足を踏ん張って留まってしまう。さすがに頽れる成人男性を横目に回るほどはしゃいではいない。
「アイザック様、どうしました? 何かありましたか?」
「いや、なにもない。……ドレスを着るのなんて任務内容を知った時点で分かっていたもんな。そう、俺もちゃんと心の準備をしておいた。シミュレーションはバッチリだったはずだ。昨日の夜だって滝行して平常心を保とうと心に刻み込んだんだ。途中でバチギレしたセルジュに回収されたけど」
「滝行? 今回の任務、そんなに気合いが入ってるんですね」
「そ、そうなんだ。気合いたっぷり。とりあえず連絡事項を先に伝えさせてくれ」
頽れていたアイザックが立ち上がり、かと思えばベルナデッタに対して露骨に顔を背けてにじにじと離れていった。
向かう先はヴァレールのもと。どうやら竜騎士隊の方で配置変更があるらしく、手元の資料を参照しつつそれを伝えている。キリリとした真面目な表情だ。口調も騎士隊長らしい真剣なものに戻っている。
そうして連絡を伝え終えると「連携の任務は久しぶりだからな、よろしく頼む」と告げた。ヴァレールに対してだけではない、彼が率いる獣騎士全員への言葉だ。
その声は普段よりも低く、竜騎士隊隊長としての責任感を感じさせる。
「それじゃあ俺は竜騎士隊の方に戻る……、けどその前に、ベルナデッタ、ドレス姿みーせて!」
先程までの真剣な表情はどこへやら。一転して眩いほどに表情を明るくさせ、アイザックがベルナデッタを呼んだ。
ベルナデッタもまた「はーい!」と彼の要望に応え、クルクルと華麗に回りながら近付いていく。
そうしてアイザックの前に立つと、裾を摘まんでゆっくりと腰を落とした。
貴族の令嬢が行う挨拶、カーテシーである。
もっとも、見様見真似なうえに初めてのドレスとヒールの高い靴なためぎこちなく、仕草には美しさも何もあったものではないのだが。
「ごきげんよう、アイザック様」
「なんて華麗な挨拶。百点どころか百億点だな。世のご令嬢を百人集めて戦わせて勝ち残った一人さえも敵わない完璧なカーテシーだ」
「そんなぁ、そこまで褒めないでくださ………、私と戦うためにご令嬢のバトルロイヤルが………?」
「それほど素晴らしいってことだ。拍手が止まらない」
「えへへ照れちゃう。ところで、アイザック様は着替えないんですか?」
今のアイザックが着ているのは普段通りの騎士隊の制服だ。
だが彼も今回の任務に抜擢されており、夜会に来賓として参加する予定である。となれば当然それ相応の正装を纏う。
そのはずでは? とベルナデッタがドレスの裾を揺らしながら問えば、アイザックが一度頷いて返してきた。
「俺の着替えは会場に入る直前になったんだ。着替えたらベルナデッタにも見せにくるからな」
「本当ですか? 楽しみ。どんなスーツにしたんですか?」
「俺は黒のスーツにしたんだ。赤いネクタイに赤いブローチ。刺繍も赤で入れる予定だ。派手にしすぎて目立つのはまずいが、かといって地味でもそれはそれで目立つからな。ある程度は華やかにしないと」
仕立てたスーツに自信があるようで、話すアイザックは得意げだ。
彼は元々見目がよくスタイルも良い。美丈夫とはまさに。それゆえ騎士隊の制服も、休日の私服も、先日見たラフな服装だって似合っていた。どんな服も着こなすのだから、きっと華やかなスーツを纏えば更に見栄えすることだろう。
そうベルナデッタが期待を抱けば、アイザックが嬉しそうに笑った。
◆◆◆
そんな二人のやりとりを傍から見るのは、同じように見目の良いスーツに身を包むヴァレールとフィン。
二人も今回の任務に抜擢されているため夜会の来賓らしい格好をしているが、はしゃいだり興奮はしていない。
むしろフィンに至っては、はしゃぐベルナデッタとアイザックを不思議そうに眺めていた。彼もまた仕立てあがったばかりの上質のスーツを着ているのだが。
「それほど興奮するものなんでしょうか?」
「あの二人は一般家庭の出だから、服を仕立てるっていう経験があまり無いんだ」
「なるほど。そうでしたか……」
「まぁ一張羅だからはしゃぎたくなるのは分からないこともないな。ただ、今回は任務っていうのを忘れないで欲しいんだが」
あのはしゃぎぶりは心配になる……、とヴァレールが眉根を寄せ、いまだ嬉しそうに話しているベルナデッタとアイザックを見た。
二人は自分のドレスとスーツについて随分と盛り上がっており、そこには任務を目前に控えた緊張感はない。むしろ制服を着ていないので騎士らしさすらない。装いこそ上等だがはしゃぐ姿からは高位に属する者の余裕もない。ただ二人とも見目が良いだけあり、楽しそうな表情はやたらと眩い。
それがますます騎士らしさも貴族らしさも無くすのだが。
あれではただ豪華な服を着てはしゃぐ男女である。
それもおおはしゃぎの。
これに不安を覚えるのも仕方ないだろう。
現に他の獣騎士達も「このままで大丈夫か?」と呆れを交えつつやりとりを眺めている。
もっとも……、
「黒にしたのは返り血が目立たないようにするためなんだ。ルスタールは敵に噛みついた後に振り回す癖があるから、いっつも返り血が酷くてさ」
「私もそれを考えて赤いドレスにしたんです。せっかく仕立てた一張羅ですから、返り血で汚れたら勿体ないですもんね」
表情は明るいまま、ベルナデッタとアイザックが返り血について話し合いだした。
挙げ句に、返り血対策をした自分達のドレスとスーツはまるでペアだと言い出すではないか。それも先程よりも嬉しそうに。
キャッキャと黄色い声がしそうなほどに。
話の内容は返り血なので黄色ではなく赤色の声の可能性もあるが。
「よし、大丈夫だ。二人とも任務を忘れてるわけじゃないな。むしろ殲滅する気だ」
「た、楽しそうに返り血について話してますね……。華やかな衣装に反して殺意が凄い」
「話題は何であれ、あの二人がやる気になってるのは良い事だ。そのためならドレスやスーツの一着や二着、安いもんさ」
「ベルナデッタ先輩とアイザック様はそれほどなんですか?」
「それほどまでさ。あぁ、そういうえばお前は実戦での二人はまだ見たことが無かったな」
ヴァレールがニヤと口角を上げて「楽しみにしていろ」と告げ、部下に指示を出すべく離れてしまった。
残されたフィンだけはまだ不思議そうな表情を浮かべ、キャッキャとはしゃぐ――返り血についてはしゃぐ――ベルナデッタとアイザックを眺めていた。




