07:『命約』と『契約』の騎士
「ベルナデッタ先輩は『命約の獣騎士』なんですよね?」
とは、詰め所を出てしばらくしてからのフィンの質問。
これに対して、ベルナデッタは隣を歩くロニアを一度見て、再びフィンを見上げた。
「そうですよ。私とロニアは『命約』で結ばれているんです」
ねぇ、とロニアに手を伸ばせば、ふすと鼻を鳴らして顔を寄せてきた。
ぺたりと湿った鼻先をくっつけて嬉しそうに目を瞑る。その表情は人語を話さずともベルナデッタの言葉に同意し、そしてベルナデッタとの命約を誇りに思っていることが分かる。
「命約と……、もう一つは『契約』でしたよね。確かヴァレール隊長は『契約の獣騎士』ですよね。他の方は?」
「今のところ、獣騎士隊は命約と契約が半々ですね」
獣騎士は聖獣と組んで戦う騎士の事である。
その『組む』というのも、ただ任務上のパートナーとして行動を共にするだけではない。
心から繋がり、たった一人の・たった一匹の存在として認め合う。それが聖獣と組むということだ。当然だが国からの指示で組めるものではなく、どちらかの希望で叶うものでもない。
『命約』と『契約』はどちらも聖獣とパートナーを組む事であり、だがはっきりとした違いがある。
『命約』は聖獣と人間が互いに心を通わせて交わす絆。
そこに性別や年齢、ましてや職業も関係無い。生まれたばかりの赤ん坊が聖獣と命約を交わすこともあり、逆に、齢八十を超えた老人が交わすことだってある。騎士かどうかは関与しない。
対して『契約』は、聖獣と、その聖獣が命約を交わした人物から選ばれた騎士が交わすものである。
簡単に言えば、
命約を交わした者が騎士だった場合『命約の騎士』
命約を交わした者が騎士以外だった場合、代わりに戦うのが『契約の騎士』
「たとえば私が戦えなくなったら、ロニアと一緒に騎士を一人選んで、その人とロニアが契約を交わして戦ってもらうんです」
「それが契約……。あの、アイザック様は『契約の竜騎士』なんですよね」
「アイザック様ですか? そうですよ」
「つまりそれって、黒竜ルスタールと命約を交わした人物がいるって事ですよね。それは誰なんでしょう」
「んー、知らないですねぇ。秘密にしてるみたいです」
ベルナデッタが答えれば、フィンが不思議そうにじっと見つめてきた。
「ベルナデッタ先輩が聞いても教えてもらえないんですか? 聞き出したりとか……」
「秘密にしてるってことはきっと理由があるんですよ」
「理由? 命約を交わせるなんて素晴らしいことじゃないですか。どうして隠す必要があるんですか」
「素晴らしいことではあるけど、色々と大変なんですよ」
竜や聖獣と命約を交わせば、騎士にならなくとも自然と名が知れ渡ってしまう。
さすがに日常生活を送るのに支障をきたすほどではないが、一般市民であれば物珍しさで囲まれ、貴族であればパーティーや茶会で引っ張りだこ。中には、自分を契約相手に選んでくれと擦り寄ってくる騎士が出てくる可能性もある。
それが稀少な黒竜、更には竜を統べる存在ともなれば猶更だ。
「ルスタールの命約相手は隠居生活をしてる高齢者とまでは公表してるんで、多分静かに暮らしたいんですよ」
「そう……、ですか」
「ところで、フィン君は竜か聖獣と命約を交わすんですか? それとも誰かと契約を?」
命約も契約も交わさず、それどころか剣の習いこそあれども騎士ですらないのに、獣騎士隊と竜騎士隊を兼ねて入隊してきた。
これは異例としか言いようがない。いずれ何かあると考えるのが普通だろう。
だからとベルナデッタが問えば、フィンは一瞬驚いたように「えっ」と言葉を詰まらせた。
「そ、それは……。特に決まってはいないんですが、公爵家として、騎士隊というものを深く理解すべきですから」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
「なるほど、そうなんですね。公爵家っていうのも大変なんですねぇ」
まだお若いのに、と年下ながらにベルナデッタがフィンを労う。ーー年下だろが先輩なのだ。隙あらば先輩風を吹かす方向でいきたいーー
労われたフィンは何とも言えない苦笑をした後、「ベルナデッタ先輩だって」と話を降ってきた。
「幼少時は聖獣に育てられたと聞いています。事実……、なんですよね?」
「そうですよ。七歳まではロニア達と一緒に山で育てられて、その後は十四歳まで麓の村で育てられました。その後ここに」
今までのことをあっさりと話せば、フィンが言葉を詰まらせた。
唖然としているのだろうか。ベルナデッタとしてはそれほど驚くような話とは思えないのだが……。
「大変だったんですね……」
「大変? 私は別に大変じゃないですよ?」
「だって聖獣に育てられたって、そんなの……」
言いかけたフィンの言葉に、ガウと低い鳴き声が被さった。
ベルナデッタの隣を歩いていたロニアだ。静かに話を聞いていたロニアだったが、流石に今の話題は聞き捨てならないと考えたのだろうか。
フィンを睨みつける金色の瞳はじっとりとしていて恨みがましげである。人語を話していれば文句の一つや二つ言っていたかもしれない。否、先程の『ガウ』は文句だったに違いない。
ベルナデッタはそんなロニアの頭を撫でて宥め、「大変じゃなかったですよ」とはっきりと告げた。
「確かに珍しい生まれだけど、これといって苦労してこなかったし、家族にも友達にも恵まれたし。それに山を降りてからもそんなに苦労はしませんでしたよ」
成獣に育てられたのは事実だ。
だが虎の子供として育てられたのではなく人間として育てられた。
四足歩行の家族の中、自分だけは二足歩行で生活し、どこかから調達してきたのか洋服も着るように言われていた。人語も学んでいたし、ペンこそ持ったことは無かったが、地面に木の枝で文字を学んで自分の名前は書けるようになっていた。
七歳からバトンタッチして育てたグレース曰く「どんな野生児が来るのかと身構えていたけど、家に来たのはちょっとお転婆な七歳の女の子だった」とのこと。
それを話せばフィンが驚きの表情を浮かべた。
「そ、それは……、聖獣の親から学んだんですか?」
「はい。ママは凄くて、人間の言葉も話せるし人間の生活にも詳しくて、色々と教えてくれたんです」
ベルナデッタが得意げに聖獣の母を語れば、フィンが圧倒されたと言いたげに「そうですか……」と返してきた。
「不躾なことを聞いて申し訳ありません」
「謝られることでもないですよ」
気にする必要は無いと告げれば、フィンが僅かに安堵の表情を浮かべた。
「フィン君は色々と気にしがちで深く考え過ぎですね。いずれ聖獣や竜と組むなら、もう少し図太くなった方が良いですよ」
「は、はい……。かしこまりました。善処いたします。……っと」
この対応こそが深く考え過ぎた結果ではないか、それに気付いたフィンが己の口を押える。
そんなフィンをベルナデッタは笑いながら眺めた。
◆◆◆
「なぁぁんか楽しそぉだよなぁぁあ」
とは、ベルナデッタとフィンを遠目で眺めるアイザック。
彼等に見つからないよう建物の影に隠れて顔だけ覗かせているのだが、他からは丸見えである。
だが周囲は気付きこそすれども声を掛けようとはせず、むしろ「面倒事に巻き込まれる前に離れよう」とそそくさと去って行っていた。
なにせアイザックから漂う空気と話す声の恨みがましさといったらない。たまたま居合わせて巻き込まれたヴァレールが心底面倒臭そうな顔をしているのがまさに。
「なんかあの二人、ちょっと良い感じじゃないか? ベルナデッタも二年後にも自分を慕ってくれそうな後輩だからってかなり気に行ってそうだし」
「ソウダナー」
「そりゃ、フィンは良い後輩なんだろうけどさ。それにあいつは公爵家だし……。でも俺だって国宝だぞ。生まれは田舎村の一般家庭だけど国宝って凄いよな!? 公爵家ぐらい凄い……はず!!」
「ソウダネー」
あれこれと勘ぐっては騒ぐアイザックに対して、ヴァレールの返事は気持ちがまったくこもっていない。棒読みもいいところだ。むしろ早く解放されたいという気持ちがこれでもかと込められている。
もっともヴァレールがどれだけ解放を望んでいようとアイザックはお構いなしだ。逃がすまいと腕をしっかりと掴んで「なぁ!おい!」と仕切りに話しかけている。
そうしてベルナデッタとフィンが建物に入っていくと、アイザックはようやく張り付いていた壁から離れて盛大に溜息を吐いた。
「ヴァレール、おまえ、ベルナデッタとフィンの近さは気にならないのか?」
「気になるかどうかと言われても、年が近い先輩と後輩ならあれぐらい普通じゃないか? もともとベルナデッタは面倒見が良いし、素直な後輩ってことで喜んでるんだろ」
「だからって、どこの馬の骨とも分からないやつに近付かせて良いのか!」
「公爵家の馬の骨だろ。めちゃくちゃ良い馬の骨だ」
「お、俺だって国宝の馬の骨だし……。なんだったら竜の骨だし!?」
公爵家の馬の骨より、国宝の竜の骨の方が良い!
そうアイザックが主張するも、ヴァレールは相変わらず冷めたものだ。「ソウダナ」と返す言葉は変わらず棒読みである。
だが思う所があるのだろう、ふとベルナデッタ達が入っていった建物へと視線をやった。呆れや疲労を通り越して輝きを失っていた目が次第に光を取り戻し、愛おしむように建物を見つめる。
「ベルナデッタについては入隊する以前から、あいつが村で生活するようになってから任されてる。成長を見守ってきて俺にとっては娘のような存在だ。だから人間関係がより豊かになるのは俺にとっては嬉しいことだ」
「娘……」
「あぁ、ベルナデッタは娘同然、つまり同じようにベルナデッタを娘のように可愛がっているグレースさんは、俺の……」
愛おしんでいたはずのヴァレールの表情が次第に企み顔へと変わっていく。
隠されていた下心が露見しているのだ。否、隠そうしていたのかも定かではない。
これにはアイザックも眉間に皺を寄せて、「ゆくゆくは……」と呟くヴァレールを冷めきった目で見つめた。
「娘のような存在を利用して外堀を埋めて未亡人を落とすのは、さすがの俺もどうかと思うぞ」
というアイザックの冷ややかな言葉は、あいにくとヴァレールには届かなかった。




