50:その後のこと
糾弾の場で交わされた聖獣とクラリスの命約。その流れからの契約の騎士の選出。
前代未聞な流れではあるものの国は聖獣の保護を優先し、この命約と契約を尊重することにした。
貴重な聖獣を逃すぐらいなら、ひとりぐらい罪を軽くしても……と考えたのだ。なんとも打算的な話ではあるが、ベルナデッタ達からしたら万々歳である。
もちろん命約も契約も交わしていないラクスター家当主フリッツと彼の二人の息子達には厳重な罰が下される。フィンの罪が軽くなるならこっちも、なんて甘い話はない。
むしろ国はフィンの罪を軽くしラクスター家当主達を罰するための正当性を求め、彼らの企みをとことんまで調べ上げるだろう。フィンへの過剰な虐待やソラリスの縁談を脅しに使ったことまで公にされるに違いない。
ちなみにフィンに対してはあくまで罪を軽くするだけで、さすがに無罪とまではいかない。
彼に対して課せられたのは半年間の無償奉仕。
これでも仕出かしを考えれば随分と軽いもので、当初、国は異論があがるのではと危惧していた。
……危惧していたのだが。
「え、『むしょうほうし』ってお給金もらえないってことなんですか? フィン君、大丈夫なんですか? 三食とおやつちゃんと食べられてますか?」
「金もらえないのに真面目に働くなんて偉いよな。俺だったら出来る限り力抜いて働くし、なんだったら使える権利を余すところなく使い倒して休む。あ、飯食えなくなったら奢ってやるから言えよ」
と、当事者であり今回の件の最大の被害者であり尚且つ功労者でもあるベルナデッタとアイザックがこの通りなのだ。
二人がフィンへの処罰について不満がないのなら――むしろ同情気味ですらある――、周りもなにも言うまい……、と、落ち着いている。
「そりゃあ、あの一件は大変でしたよ。でもよく考えてみると、山での生活から村での生活に切り替えた時に比べたら、そんなに大変じゃなかったなって思えるんです」
とは、一連のことについての所感を求められたベルナデッタ。
対面に座るのは国の要人達。今回の件での処罰の決定権を持つ者達でもある。
彼等はこうやって定期的に訪ねて来ては現状や進捗の説明をし、その後にベルナデッタの意見を求めてくるのだ。
自分達が下した処断に異論は無いかと問いたいのだろう。ベルナデッタからしたら「異論なんて無いって何回も言ってるのにしつこいですね」とその一点に異論を唱えたいところである。なんとか飲みこんでいるが。
次いで同様に問われるのは、ベルナデッタの隣に座るアイザック。
彼もまたこのやりとりにうんざりしているようで、眉間に皺を寄せながら話を聞いている。
そうして話の流れで腹部を刺された件を掘り返されると、傷跡を確認するように己の腹部に手を添えた。
「そりゃあ、腹を刺された時はすげぇ痛かったし、いまだに痛む時がある。でも腹って別に刺されなくても痛くなるだろ。俺、白身魚と赤ワインを合わせると必ず一回は腹が痛くなるんだよなぁ。体質かな?」
どう思う? と逆にアイザックに問われ、要人達がなんとも言えない乾いた笑いを返した。
自分達から話を振った手前、アイザックの問いを蔑ろにするわけにはいかないと考えたのだろう。もっとも「それはなんとも……」と返答を誤魔化してはいるが。
そんなやりとりの末、要人達が今度は別の一角へと視線を向けた。
そこにいるのは当事者どころか罪を犯したフィンと、最初こそ畏まった態度を取っていたものの次第に呆れの色を浮かべ始めているヴァレールとセルジュ。
助けを求めるような要人達の表情に自分達の出番だと察したのか、まずはとヴァレールが溜息交じりに口を開いた。
「何度もお伝えしておりますが、ベルナデッタは本当に今回の件は気にしていません。こいつは……、いえ、彼女は、自分の生い立ちが『大変』の基準になっているので、それを越えない限りは『どうということはない』と判断するんです」
「それは……、なんとも……」
「アイザック様はさすがに『大変』の基準は正常ですが、寛大というか、おおらかというか、楽観的というか、楽天家というか、考えなしというか、物事を深く考えないというか、難しい話は私に丸投げしてくるというか」
「そ、そちらもなんとも……」
ヴァレールとセルジュの話に、要人達が更に乾いた笑いを浮かべる。
この話に、ベルナデッタは思わずアイザックと顔を見合わせてしまった。
「なんともって、なんでしょうね? なんともいえぬ……、可愛らしさ? 他に例えようがないほど私が愛らしいということでしょうか」
「そうだな、それ以外にはまったく思い浮かばないほどそうだな。俺に関しては遠回しと見せかけて最終的に真っ向から悪口言われたんだけど。まぁでもなんにせよ、今回の処罰に異論がないのは事実だ」
「ですよね!」
「ね~」
緩んだ表情で同意してくれるアイザックに、ベルナデッタも笑んで返した。
そうしてしばらく「ですよねー」「ね~」を繰り返していると、話していた要人達が徐に立ち上がり始めた。
どうやら話は終わりらしい。「ではまた」と一礼して去っていくあたり、ラクスター家の調査と処罰に進展があったらまた報告に来るのだろう。そしてまた異論は無いかと伺ってくるのだ。ベルナデッタからしたら決着がついてからの事後報告でいいのだが……。
「フィン君への処罰はこれで良いし、ラクスター家についてもお任せするって何回も言ってるのに、偉い人達ってマメなんですね」
「だよなぁ。慎重なのは良いけど、あれじゃしつこすぎる」
要人達が去っていった扉を見つめて交互にぼやき、次いでくるりと振り返った。
「ねぇ」「なぁ」と二人同時に同意を求めるのは、部屋の一角で大人しく立っている青年……。
言わずもがなフィンである。
今回の件の当事者であり実行犯、現在無償奉仕中の、契約の獣騎士。
彼はこの話題にどう対応していいのか分からないのか、終始困ったような表情をしていた。自分への処罰についてなのだから立ち去るわけにもいかず、さりとて口を挟める立場でもない、と、胸中はこんなところだろう。
「お二人にはご迷惑を……、いえ、ご迷惑どころではない事をしてしまいました。それなのに庇っていただいて、どうやってこのご恩をお返しすれば……」
「フィン君は相変わらず真面目ですね。恩なんて返さなくていいんですよ。だって私は先輩ですからね。後輩を助けるのは先輩の役目です!」
ドヤァとベルナデッタが胸を張る。ここが先輩風の吹かせどころだ。
詰め所の奥では後輩騎士達が「さすがベルちゃん先輩」と褒めてくるが、あれは無視である。あそに先輩風を吹かせたところで碌なことにならないのは分かっている。
対して善良な後輩であるフィンは宥められても気分は晴れないようで、いまだ申し訳なさそうな表情を浮かべていた。彼の全身から漂う後悔と反省の気配といったらない。
そんなフィンに対して、グルル……と唸るような鳴き声が掛かった。
彼の足元で丸くなって眠っていた大型の虎だ。ゆっくりと顔を上げると、まるでフィンに何か言い聞かせるようにふんと荒く鼻息を吐いた。見上げる目元もどこかじっとりとしている。
「ドナ……。気にするなっていうのはさすがに無理だよ」
フィンが困ったように話しかけ、足元の虎へと手を伸ばした。
虎型の聖獣ドナ。フィンの妹であるソラリスと命約を結び、そしてフィンを契約の相手に選んだ聖獣。ベルナデッタとロニアの兄でもある。
自分の目の前まで伸ばされた手に一度鼻先を寄せ、かと思えば大きな口でアグアグと甘噛みをしだした。彼なりに活を入れているのだ。
「ドナもこう言ってるし、フィン君ももう気にしないで良いと思いますよ」
「いえ、さすがに気にしないのは……。いたた、ドナ、甘噛みが強いって。分かった、分かったよ、弱気にならないようにするから」
「さすがベルナデッタのお兄様、励まし方にも知性と優しさを感じさせる……!!」
優しい、素敵、理想の兄! とアイザックが誉め言葉を羅列すれば、ドナも気を良くしたのか更にフィンの手を甘噛みする。
それに対してフィンが悲鳴交じりの制止の声を上げれば、うるさくなって眠れなくなったのかロニアまで起きてベルナデッタの手を甘噛みしだした。もっとも、ロニアの甘噛みは擽ったい程度で痛みはない。これは人間慣れの差か、あるいは兄と姉の違いだろうか。
「もっと賑やかになったから、静かにお昼寝できなくなるかもね」
ぎゅうとロニアに抱き着きながらベルナデッタが告げれば、満更でもないのか、ふんっと上機嫌な鼻息の返事が返ってきた。




