49:新たな命約と
突如場に躍り出てきた巨体な虎に誰もがぎょっとし、見慣れぬ者は小さな悲鳴をあげて恐怖の色さえ顔に浮かべている。
要人を庇うように前に出る者までおり、ただでさえ重苦しい空気が満ちていたのにそこに警戒の色まで加わった。
そんな中、ベルナデッタはきょとんと眼を丸くさせて「お兄ちゃん?」と場の中央に出て行った虎を呼んだ。
いったい何を考えているのか、兄は場に飛び出たかと思えば今度は悠然と歩き、一人の少女へと近付いて行った。
この空気に気圧され、青ざめ立ち尽くす少女のもとへ。
ソラリス・ラクスター。哀れな少女は言及の最中もずっと怯えの表情を浮かべ、時折か細い声でフィンを庇おうとしては掻き消されていた。
「……あなたは……、ベルナデッタ様の」
さすが聖獣に興味を抱いてこっそり調べていただけあり、ソラリスには聖獣を恐れる様子はない。
だが疑問はあるようで、目の前に立ちじっと見つめてくる聖獣に不思議そうに声をかけている。
そうして恐る恐るソラリスが手を伸ばし、目の前に迫る聖獣に触れて……、
「ロニア様じゃない」
と、ぽつりと呟いた。
依然として小さな声。だがそこに疑問の色は無く、確信を持っている口調。
目の前にいる巨体な虎がロニアではないと触れた瞬間に分かったのだ。
なぜ、と誰もが思っただろう。
なにせ虎の聖獣はどれも瓜二つなのだ。
といってもよく見れば顔立ちは違うし、模様もそれぞれ違っている。個体差はしっかりある。
だがその判別がつくのはこの場ではベルナデッタだけだ。落ち着いて観察すればアイザック達も見分けがつくだろうが、彼等にだって瞬時に判断するのは難しい。
だというのになぜ、正常な判断すら難しい追い詰められたこの場で、それもロニアに一度しか会っていないはずのソラリスが、目の前にいる聖獣がロニアではないと分かったのか……。
「命約……」
ぽつりとベルナデッタが呟いた。
目の前で交わされた兄と幼い少女のやりとり。そこに微かに、それでも確かに感じる繋がり、これは……。
紛れもなく命約。
今この瞬間、兄である聖獣とソラリスは繋がりを得て、ゆえに『唯一の聖獣』を見分けられたのだ。
だがそれが分かれども、なぜ兄が、なぜ今この瞬間に、という疑問が湧く。
それに対しての返答は兄からでもソラリスからでもなく、ベルナデッタの隣、アイザックからだった。
「さすがベルナデッタのお兄様!!」
「アイザック様……。さすがって、どういうことですか?」
「考えてみろ、ベルナデッタのお兄様はただでさえ貴重な存在の聖獣、それも聖域でコミュニティを築いていた、他に類を見ない聖獣だ。この命約を国が逃すわけがない」
アイザックの話に、ベルナデッタは彼と兄を交互に見ながら頷いた。
以前に学者が話していたことだ。あまり自覚はないが、自分達の生育環境はだいぶ稀有で、貴重な聖獣の中でも飛びぬけて貴重なパターンなのだという。あの後も何度も学者から話を聞かれていたし、なにより、いま兄が王都に呼ばれているのもその珍しさゆえだ。
だがそれが分かっていても話の真意までは掴めず首を傾げれば、アイザックがニヤと口角を上げた。
「貴重な聖獣の命約相手となれば、国はソラリス嬢を保護しなければならない。そしてソラリス嬢、貴女は戦えない」
アイザックがソラリスを見つめて問う。
対してソラリスは自分のことながら理解が追い付いていないのか不安そうな表情を浮かべている。……目の前の聖獣に触れながら。無意識ながらに寄り添う姿からは既に信頼が伺える。
「は、はい……。私は戦いなんて……、だから」
「そうだ。だから貴女は契約の騎士を選ぶ必要がある。もちろん、希望が通らなければ話を蹴ることだって出来る」
順を追って確信に迫るアイザックの話に、聞いていたベルナデッタもようやく真相に辿り着いた。
無意識に呟かれた「そっか」という声にアイザックがより笑みを強める。
「ソラリスさんは戦えない、だから契約の騎士を選ぶ必要がある。誰にするかを選ぶのはソラリスさんとお兄ちゃん」
「一応、契約の騎士を選ぶにあたって国の審査はあるにはあるが、実態は聖獣と命約相手の意向をそのまま通してるからな。下手に不可を出して話自体を無かったことにされたら困るし」
戦えない者が聖獣や竜と命約を交わした場合、自分の代わりに戦う騎士を一人選ぶ。これが契約の騎士だ。
だがこれは義務ではない。国が聖獣や竜を国力にするため、なおかつ自分達の管理下に置くため、第二の関係として設けている。契約だのと大層なお題目を掲げているが、言ってしまえば国の保身だ。
もっともそんな実態は誰もが周知しており、それでも誰もが契約の騎士に信頼を置いている。
自分が、自分と命約を交わした聖獣が、少しでも国の役に立てるならと願って……。
だがその『国』が自分達の希望を通してくれなければ、話は変わってくる。
「そっちが希望を聞いてくれないなら、こっちだって従うもんか! ってことですね!」
「言い分に駄々っ子可愛さが溢れてる。なんでも希望聞けちゃう……。……というのはさておき、ベルナデッタの言うとおりだ、ソラリス嬢」
再びアイザックがソラリスへと視線を向けた。
幼いながらに聡明な彼女は一連の流れで話を理解したようで、不安と疑問を宿していた瞳にも今は強い意志を感じさせる。
身を寄せる聖獣にぎゅうと抱き着くのは決意の表れか。あるいは、この聖獣は自分のパートナーだと、これからの宣言のために周囲に見せつけるためか。抱き着かれた聖獣も抗うことなく、それどころかソラリスの発言を促すようにスリと彼女の頬に顔を寄せた。
「わ、私は……、契約の騎士にフィンお兄様を選びます。フィン・ラクスター、彼以外の契約の騎士は認めません!」
広間に、クラリスの幼いながらに力強い宣言が響いた。




