05:ぐっすり眠った獣騎士ちゃんと、夜通し飲んでた竜騎士さま
翌朝。
ぐっすりと眠っていたベルナデッタだったが、ふがふがという何とも言えない音で無理やりに意識を戻された。
薄く目を開ければ視界いっぱいの橙色。かと思えば黒い何かが映り込んでくる。ふがふがという音はこの橙と黒の組み合わせのナニカが発しているのは間違いない。
そのナニカはベルナデッタが眠っていることもお構いなしと、頬に額にとくっついてきた。擽ったいほどふわふわしていたり、かと思えばぺたりと冷たかったりする。
「ロニア……、起こさないでって言ったじゃん……。やめてぇ鼻が冷たい……」
やめてよぉ、と騎士とは思えない情けない声をあげ、ベルナデッタはロニアの顔を押しのけて布団を頭から被った。
……のだが、隙間からロニアが頭を突っ込み強引に顔を寄せてくる。それにも抵抗しようとするが、頬にぺたりとロニアの鼻が触れた。冷たい。そのうえベロリと舐め上げられる。
生暖かくザリザリとした舌に舐められのはなんとも言えない感覚で、思わず「うへぇ」と間の抜けた声が漏れる。
それでもなんとか抗いつつ、ベルナデッタは寝惚けた意識で枕元の時計を手に取った。
「いまなんじぃ……、七時半? 起こすにしても早すぎるよぉ……」
ガウガウギャウ
「やだぁ、今日は絶対に午前中は起きない……、なんと言われようと一歩たりとて布団から出ない……」
グルルグルル、ギャウ
「えっ、アイザック様まだいらっしゃるの!?」
ロニアの鳴き声から意図をくみ取り、ベルナデッタはガバと身を起こした。
曰く、まだアイザックの話し声が聞こえるらしい。
「あのまま皆で食堂に居たのかな。外から聞こえるの? それならもう帰っちゃうのかも。ロニア、ほら、早く準備して」
手早く着替えて身嗜みを整え、窓の外を眺めているロニアを急かす。
「なにのんびりしてるの」と急かせば、振り返ったロニアの金色の瞳は些かじっとりとしている。「さっきまで寝ていたくせに」という彼女の言葉にならない訴えが聞こえてくる気がする。……が、それはあえて頭の中で聞き流し、ベルナデッタは「置いていっちゃうよ」と自室を出て行った。
向かったのは宿の裏手。昨夜アイザックがパートナーのルスタールと一緒に降り立った場所だ。
ベルナデッタが到着すると、そこには既に彼と黒竜の姿があった。
……それと、固定用ベルトで黒竜に縛り付けられている二人の男性。ヴァレールとセルジュである。
「わぁ面白い光景! じゃなかった、おはようございますアイザック様」
「お、ベルナデッタ起きたのか。おはよう」
ぱっとこちらを向いたアイザックが穏やかに笑う。朝の空気と合わさってなんと爽やかで眩いのだろうか。
竜の体に成人男性二人を縛り付けていなければきっと様になったはずだ。否、縛り付けていても彼の見目の良さから様になっているのだが。
「二人はどうしたんですか?」
「俺が酒で潰したんだ。思ったより潰し過ぎて、朝になっても起きなくてさ。このまま寝かしてたらグレースさん達に迷惑だろ?」
「それでルスタールに乗せて運んであげるんですね」
「落ちないように固定ベルトも着けてやるんだ。俺ってば優しいだろ」
自画自賛しつつ、アイザックが「よいしょ!」と気合いたっぷりに手にしていたベルトの一端を引っ張った。
ぐぇっと悲惨な声が上がったが、これはヴァレールのものかセルジュのものか。どちらにせよ、空を飛ぶ竜に固定させるためなのだからきつくしなければ意味がない。圧迫感か落下かと考えれば断然前者の方がマシである。
そうして固定具を確認し終えたアイザックがルスタールの背に飛び乗った。
さながら乗馬のような軽やかな動き。搭乗用の手綱を掴む姿もまた様になっており、ラフな服装だが背筋を正したその姿はまさに騎士だ。誰が見ても眩く感じるだろう。
……二日酔い二人を縛り付けているので、ちょっと薄目で彼の周辺をぼやかして見た方が良いかもしれないが。
「じゃぁなベルナデッタ、見送りありがとう。またな」
「はい、おやすみなさい。アイザック様」
「二度寝かぁ」
「もう昼過ぎまで起きません!」
元気よくベルナデッタが断言すれば、アイザックが苦笑を浮かべた。
改めて「おやすみ」と告げてルスタールに指示を出す。それを聞いたルスタールがバサと豪快な音と共に両翼を広げた。
体の倍以上ある翼。指骨も飛膜も黒一色で、まるで漆黒の影が嵩を増したかのよう。日の光のもとだと余計に黒さが際立つ。
その両翼をゆっくりと動かせばルスタールの体がふわりと浮いた。そのまま数度翼を動かせばあっという間に三階の屋根を優に超えてしまう。
そうして別れの挨拶を告げるように一度悠然と宿の上空を旋回し、黒竜が晴天の空を切るように飛んでいった。
「旋回はやめてください……、酔いがまわる……」
「慣れない重力に吐きそう……」
「止めろ吐くなよ。ルスタールがゲロ塗れも嫌だけど、上空からゲロぶちまけたら懲罰もんだからな!」
という会話が聞こえてきた気がしたが、ベルナデッタは眩い晴天をしばし目を細めて見つめ……、
「よし、部屋に戻って寝よう!」
と、二度寝としゃれこむ事にした。
もっとも、部屋に戻ると布団もシーツもなく、二度寝できる状態ではなかったのだが。
これには思わずベルナデッタも目を丸くさせてしまう。そのうえ窓が開け放たれており、吹き込んだ風が冷たく頬を叩き、ベッドの縁に置いてあったメモをひらりと飛ばして足元に運んできた。
『ベルナデッタへ
早起きして偉いわね。
お布団とシーツは干しておくので、朝ご飯を食べたら図書館におつかいお願いね。
グレース』
走り書きだが女性らしさを感じさせる美しい文字。
それを眺め、ベルナデッタは殺風景になったベッドを見つめ……、
「……なんだか嵌められた気分」
と、隣で毛繕いをしているロニアを横目で睨みつけた。
ザリザリと荒い舌で橙色の毛を舐めて梳かす。よく見る行動だ。……だけど今だけは妙に白々しく見える。
もしかして、自分をベッドから追い出して二度寝を阻止するためにアイザックの事を知らせたのではないか。それだけではない、考えてみれば、この短時間にグレースが布団とシーツを回収し終えていることもおかしい。
もしかして最初からロニアとグレースはグルだったのでは……。
そう疑惑を込めてベルナデッタがロニアを睨んでいると、ひとしきり毛繕いを終えた彼女はギャウとひと鳴きして、さっさと部屋を出て行ってしまった。




