47:歪んだ公爵家の歪んだ子供達
騒動のあった数日後。
ベルナデッタは当事者の一人として王宮の通路を歩いていた。もちろんロニアと兄も一緒だ。
ロニアは慣れた場所だと悠々と進み、兄は初めて踏み入れた場所の情報を得るべくふんすふんすと周囲を嗅ぎながら歩いている。
ベルナデッタの隣を歩くのは、もう一人の当事者であるアイザック。
彼は事件後から入院しているのだが、今日だけ外出許可を貰ったのだという。普段通り騎士隊の制服をまとってはいるものの、腹部にはまだ包帯が残っているらしい。
「医者が頑固でさ、俺の同席が必要なんだって言ってるのに『安静にしてください』の一点張り。最終的に『外出許可をくれないなら三日三晩走り続けてやる!安静になんてするもんか!』って啖呵切ったら外出届にサインしてくれたんだ」
「己の安静を盾にする巧妙な交渉術ですね」
さすが、とベルナデッタが褒めればアイザックが嬉しそうに笑う。
この際なので後ろで「脅しだな」「あとで医師に詫びてきます」というヴァレールとセルジュの会話は聞かなかったことにする。なんであれ、外出許可を勝ち取れたのだからよかった。
今日はアイザックがいないと話にならない。
なにせ今日、ラクスター家に処罰が下されるのだ。
もちろん、フィンにも……。
「ラクスター家は公爵家として歴史も長く、権威のある家です。自分達こそが社交界の頂点に君臨する存在……。そんな驕りがあったのでしょう。実際、社交の場での彼等の立ち振る舞いには尊大なところが見受けられました」
とは、報告書片手のセルジュの言葉。
彼の話に、ベルナデッタは眉根を寄せて「偉い人なのに嫌だねぇ」と隣を歩くロニアに話しかけた。ギャウという返事は同意だ。
心なしかロニアも嫌悪の顔をしており、鼻の上にしわが寄っている。人間社会に疎い兄はきょとんとしているが。
「ですがそんな公爵家でも関与できない組織、それが竜騎士隊と獣騎士隊です。命約も契約もどれだけ権威と資金を積もうとも手に入れられるものではありませんからね。それがラクスター家には不満だったのでしょう」
傲慢な公爵家はどうにかして特別な騎士の名誉を手に入れようと画策した。
そのうえ、交流のあった異国の王族から『始祖竜との命約をもってくれば娘と婚姻関係を結ばせる』と言われていたらしい。
兼ねてから切望していた竜との命約、そのうえ王族との婚姻関係。これに目が眩み凶行に走った……と。
あれだけの騒動だったのに、蓋を開ければ強欲な一族の後先考えぬ行動が原因だったのだ。
「フリッツ・ラクスターは強い選民思想の持ち主です。仲間内には『自分達こそが命約を結ぶべき存在なのに』とまで言っており、私やヴァレールに対してさえも『分不相応』だの、『公爵家にその立場を譲るべき』だのと陰口を叩いていたそうです」
「ヴァレール隊長やセルジュさんにまで? でも二人とも貴族の出じゃないですか」
「貴族の出であっても己の爵位以下は庶民と同じ、そんな考えをする者は僅かながらにいるんです。殆どは思っても口には出さず、ましてや行動になんて移そうともしませんけどね」
「……ますます嫌な話ですね」
思わずベルナデッタが唸りながら話せば、セルジュとヴァレールが揃えて肩を竦めた。よくある話だとても言いたいのだろうか。
そんなやりとりの中、しばし考えていたアイザックが「そういうことなら」と口を開いた。
「俺なんて不満どころか腹立たしいことこのうえない存在だろうな」
己のことながら他人事のようにアイザックが言い切る。
「アイザック様が? どうしてですか?」
「貴族じゃないうえに田舎出だからな。それなのに始祖竜と契約を結んで、はてには竜騎士隊の隊長だ。自分達こそがって考えのフリッツからしたら、本来自分達がなるべき立場を奪われたような気持ちだったのかもしれないな」
「そんな……。だからフィン君を利用したっていうんですか。でもどうしてフィン君を……」
フリッツには三人の息子と一人の娘がいる。
三男がフィン、末娘がソラリスだ。
フリッツはフィンを騎士隊に送りアイザックから契約を奪った。『死に際のアイザックから託された』という名目で。
だがセルジュの調べでは、契約の後に命約すらも奪い、それは次男に授けるつもりだったという。そして命約を手土産にして得た王族との婚姻は長男に……。
これではフィンは利用されただけだ。
更にフリッツは現状はフィンのせいだと、すべてを企んだのは彼で自分達は利用されていたと訴えているというはないか。
この話に呆れと同時に疑問も湧く。
なぜフィンが、なぜ彼だけが、損な役回りを……。
訝し気なベルナデッタの疑問に答えたのはセルジュ。
溜息交じりに「実は」と話し出す彼の声は普段より渋く、彼もまたこの話に憤りを抱いているのがわかる。
「フィン君はフリッツ・ラクスターの息子ではありますが、夫人の子ではありません。どこの家とまでは判明してませんが、他家の、それもあまり良い家の出てはない女性との子供です」
「それって……」
言いかけ、ベルナデッタは言葉を止めた。
自分の両耳がそっと何かに覆われたからだ。
大きくて暖かい何か……。
後ろに立つアイザックの手である。
彼がそっと優しく、それでいて聞かせるまいと両耳を塞いでいる。
「ベルナデッタに変な話を聞かせるなよ。純粋で清らかなベルナデッタの心が汚れるだろ」
「アイザック様、私は大丈夫ですよ」
「本当か? 変な話を聞いて恋愛や結婚に疑いを持ったりしないか? フリッツ・ラクスターが他所の女性に手を出したとしてもそれは男の下層の話であって、みんなそうってわけじゃないからな。俺は……、い、いや、世の中には一途な男もちゃんといるからな」
必死なアイザックの訴えに、ベルナデッタは頷いて「わかっています」と返した。
男女のただれた話を聞くのは確かに気分の良い話ではない。それも自分が接した男の一面ともなれば、自然とフリッツの顔が思い出されて気分は最悪だ。
だがそれで恋愛や結婚にまで嫌気がさすわけではない。だから大丈夫だと話せば、アイザックが安堵と共にそっと手を放してきた。
「で、話を戻しますが」
とは、そんなやりとりを一刀両断して本題を再開させようとするセルジュ。
さすが竜騎士隊副隊長。この程度の脱線を戻すのはお手の物。呆れてすらいない。
「つまり、フィン君はラクスター家において不貞の子供です。フリッツにとっても夫人にとっても認めたくない存在。それでもラクスター家に迎え入れて育てたのは、フリッツの子という証拠があり、世間体を考えたのでしょう。……そんな存在が、ラクスター家にはもう一人います」
「もう一人って、まさか……。ソラリスさん?」
「えぇ、呆れたことにソラリス嬢も同じ。むしろソラリス嬢に至っては強引に迫ったメイドとの子供です。調べによると、彼女にはすでに縁談の話があがっているようです。お相手は親よりも年上の方ですが」
「親より年上? そんなの断るに決まってるじゃないですか」
「普通はそうですね。ですが、フリッツはこの話を保留にしていたようです。おおかた、この話でフィン君を脅して動かしていたのでしょう」
話すセルジュも気分が悪いようで、次第に彼の声色が渋くなる。
軽蔑を隠さぬ露骨な冷たい口調。眉根を寄せて表情も険しい。
普段見せる呆れや怒りの態度とは比べ物にならない、心からの嫌悪だ。
それでも話を続けなければならず、大きな溜息を一つ吐いて再び口を開いた。
「単に愛情の偏りか、あるいは夫人への詫びのつもりか、屋敷の者達の証言によるとフリッツは子供たちの扱いに明確な差をつけていたようです。……呆れてしまう話ですが、フィン君に対しては目を覆いたくなるような暴力もあったとか」
「……あっ」
セルジュの話を聞き、ベルナデッタはかつて見たフィンの背中を思い出した。
あれは聖獣を調べたいと学者が言い出し、自分の故郷に行った時だ。彼等の宿泊先に夜食を持っていったところ、偶然フィンの着替えを覗いてしまった。
傷だらけの背中。だが彼の体の全面や顔、手足には傷はない。明らかな不自然さと、それを必死に隠そうとするフィンの態度。
事故にでもあったのかと思っていたが、もしもあれが実の父親から受けた傷だったなら……。
想像するだけでベルナデッタの中で血の気が引く。
ぞっと己の背を怖気が走るのが分かった。
「フィン君を助けることは出来ないんでしょうか?」
ベルナデッタが問えば、その場にいた誰もが眉根を寄せた。
難しいと彼等の表情が語っている。
代表して口を開いたのはアイザックだ。
「助けてやりたい気持ちはわかるが、フィンだけってのは難しいな。フリッツに逆らえなかったとはいえ実際に行動したのはフィンだ。それを無罪ってするならラクスター家全員を無罪にしないと公平じゃない。もちろんラクスター家を無罪放免ってのは無理な話だ」
「でも、フィン君が父親から傷つけられてたことや、ソラリスさんを人質にされていたことを考慮すれば」
まだ希望が、とベルナデッタが食い下がるも、それに対してもアイザックは眉根を寄せて首を横に振ることで否定してきた。
「フィンへの暴力についてはフリッツが『家の方針で躾けた』とでも主張すればこっちは口を挟めない。ソラリス嬢に関しても明確な証拠がない。そもそも、家庭内のいざこざならまだしも、温情だけで引っ繰り返すには今回の件は大きすぎるんだ」
「そうですか……」
ベルナデッタとて、願望を口にはしたものの無理難題だというのは分かっていた。
ラクスター家内においてフィンは被害者だとしても、今回の事件において彼は加害者なのだ。それも最たる実行犯。
彼の機転で致命傷こそ免れたものの、アイザックを刺したのは間違いなくフィン。そのうえ契約の証を奪って被害を拡大させた。
ベルナデッタとアイザックが止めなければどうなっていたか……。
これに情けを掛けて、フリッツや二人の息子達を罰するのは無理がある。かといって全員を無罪には出来ない。
つまりどうあってもフィンは罰せられる。
それも、誰よりも重い罰で……。
どうしようもないと無力感が胸に湧き、ベルナデッタは思わず俯いてしまった。
『後輩を守るのは先輩の役目』と豪語しておいて、彼が抱える問題に気付きもしなかった。なんて不甲斐ない。
そんなベルナデッタの落ち込みに気付いたのか、アイザックが慌てたように「でも!」と話を続けた。
「俺がこうやって元気にしてる姿を見せれば、もしかしたら少しは処罰も軽くなるかもしれないだろ。確かにフィンは俺を刺しはしたけど、庇いもしたわけだし」
「そ、そうですね! 確かにフィン君は悪いことをしたけど、私達が逃げられたのもフィン君のおかげです。そこはちゃんと話してあげないと! 後輩を守るのは先輩の役目です!」
ベルナデッタの胸にあった不甲斐なさが消え、代わりにやる気が満ちる。
そうだ、ここで自分がしょげていても何も変わらない。たとえ無駄だとしても出来る限りフィンを守ろう。
そう決意を新たに、扉のノブに手をかけた。




