45:ブチギレ竜を更にブチギレさせる方法
いくらルスタールが素早くとも、地上での動きならばロニアの方が優れている。
なにせ虎の聖獣。獣騎士隊の中でもロニアの俊敏さは群を抜いているのだ。上空を舞うルスタールではフリッツ達に近付くロニア達を阻止することは出来ない。
「ヴァレール隊長、大丈夫ですか!」
「ベルナデッタ、アイザック、二人とも無事だったんだな。良かった。……とは、今の状況じゃ言い切れないか」
合流は出来ても危機は去っていない。そう言いたげにヴァレールが上空を見上げれば、いまだルスタールと彼に共鳴する竜達が飛び交っている。
暗雲は先程よりも濃く渦巻いており、まるでこの世の終わりのような光景ではないか。
空気が妙に生ぬるく、だがそんな中に時折ひやりとした風が鋭く抜けていく。雨が降ろうとしているのか。それも酷い雷雨になりそうな気配すらしてくる。
重く体に纏わりつく空気が、息苦しさが、このままでは長くはもたないと訴えてくる。
「今の竜達はルスタールを主催にしたブチ切れ祭りだ。そこで、落ち着かせるためにベルナデッタとロニアがルスタールを一発ガツンと殴って、俺が落ち着かせる。以上、作戦説明終了! というわけだから俺達に任せろ!」
「恐ろしいほどに何も分からないな……。だが他でもないルスタールのことだ、お前達に任せる。うまくやれよ」
「誰に言ってるんだ? 俺とベルナデッタとロニアだぞ、うまくいかないわけがないだろ。そこで……、フィン、お前も協力してくれ」
アイザックがフィンに声を掛ける。
彼等の会話を聞いていたベルナデッタもまたフィンへと視線をやった。彼は自分に話を振られたことに大きく肩を震わせ、息を呑むように小さく口を開いた。ヒュ、と掠れた音が彼の口から漏れる。
元より青ざめていた顔に罪悪感の色が濃くなり、見ているこちらまで辛くなりそうな表情だ。彼の表情もまたこの世の終わりとでも言いたげである。
「フィン君、ルスタールに一発ガツンとするには怒らせて威嚇をさせる必要があるんです。その役をフィン君がやってください」
「……、……っ」
「フィン君?」
どういうわけかフィンは話を聞きこそすれども返事をしない。
喉を押さえたまま何かを訴えるように口を動かすだけだ。
「喉をやられたんだと。……ベルナデッタとアイザックを助けようとして、な」
とは、訝し気な声色のヴァレール。
フィンやフリッツ達に向ける視線は随分と厳しい。この状況下、彼等の言い分が嘘だと察しているのだ。
フリッツ達もこうなっては言い逃れは無理だと考えているのか、小屋での尊大な態度が嘘のように気まずそうに顔を背けている。彼等に限って言えば、ベルナデッタとアイザックはこの窮地を脱するための救援でもあり、だが全貌を見れば自分達の罪を暴く者でもあるのだ。
「喉をやられたって。そんな、フィン君、どうして」
「…………」
「まさか、大根だから……?」
ベルナデッタの脳裏に、フィンのあまりに棒過ぎる演技が蘇った。
あんな演技力で「アイザック様からルスタールとの契約の証を託されました」なんて言ったところで誰も信じないだろう。
なるほど、それで口封じを……、と思わずベルナデッタは哀れみの視線でフィンを見た。痛々し気に喉を押さえるフィンは辛そうだが、あの演技力だから仕方ない気もする。「やむなし!」と背後から聞こえてくるのはアイザックの慈悲のない判決である。
「それでフィン君は喉をやられたんですね。まぁこの件に関しては仕方ないとして、本題はルスタールを怒らせる件です。協力してくれますか?」
「……っ!」
コクコクとフィンが頷く。声でこそ答えられないが彼の瞳には決意が宿っているのが分かる。それで十分だ。
そんな彼にアイザックが「指輪は持ってるか?」と尋ねた。再びフィンが首肯し、手にした指輪を見せてくる。
銀色の指輪。台座に模様が刻まれたシグネットリング。
国宝アイザックと始祖竜ルスタールの契約の証であり、なにより尊重されるべきもの。
なのだが……、
「よし、それじゃあその指輪を地面に叩きつけて踏ん付けろ。そうすりゃルスタールが更にブチ切れるから」
「……っ!?」
「そ、そんなことして良いんですか!?」
これにはさすがにベルナデッタも声をあげてしまう。
同様に契約の騎士であるヴァレールもぎょっとしているあたり、それほど信じられない行為なのだろう。
だがアイザックははっきりと「大丈夫だ」と断言した。
「でも、それでルスタールが落ち着いたとしても、もしアイザック様が指示したってルスタールが知ったら、今度は契約を蔑ろにされたって怒っちゃいませんか? 契約関係にだって支障がきたすかもしれないし、おばあちゃんも怒るかも」
「それは大丈夫だ。ルスタールは俺が指示したって知っても怒らないし、おばあちゃんは……、その……、事情を知ったら許してくれる」
「本当ですか? 怒ってビーム放ったりしません?」
「大丈夫だ。優しいおばあちゃんだからビームは放たない」
「……そっかぁ。放たないんですね」
「もしかして見たいのか?」
アイザックに疑われ、ベルナデッタはそんなまさかと首を横に振った。
そんな危ないものを見たいわけがない。……ちょっとだけ興味があるだけだ。少しだけ。もしビームを放つ際には呼んでほしいな……と。
だがなんにせよ、いつか見せて貰おうと心に誓っていたにせよ、いま優先すべきはルスタールを落ち着かせること。
「フィン君、アイザック様もこう言ってますしやってくれますか? ルスタールの怒りを買う危険な役目になりますが、なにがあっても私とロニアが守るので信じてください。後輩を守るのは先輩の役目ですからね」
じっとフィンを見つめて告げれば、彼もまたベルナデッタを見つめて返してきた。
先程よりも更に強い意志を感じさせる瞳。指輪を握る手にも決意が窺える。こくりと深く頷く動作に迷いはない。
「よし、それじゃ作戦決行するか!」
アイザックの気合いたっぷりな言葉に、ベルナデッタもまた気合いを入れて「やりましょう!」と拳を握った片手を高く掲げた。




