43:真夜中の訃報
話は今より二時程前に遡る。変わらず月が真上に登る深夜。
夜の執務を行っていたセルジュのもとに突然の連絡が舞い込んできた。
アイザックとベルナデッタが襲われ、命を落とした……、と。
呼ばれるままに駆け付けた先に居たのは、同じように呼ばれていたヴァレールと数人の騎士。
そしてラクスター家当主と二人の息子。彼等の後ろに立つのは青ざめた表情のフィン。彼の手には、アイザックとルスタールの契約の証……。
「信じられないとは思いましたが、フィン君が手にしていたのは間違いなくアイザック様の指輪。絶対に手放すはずがないものです。それを最期に託されたと……」
「よりにもよって俺とベルナデッタがそこいらの賊如きに、か。指輪さえ無きゃ馬鹿な話だって笑い飛ばせただろうな」
「まったくですよ。ですが指輪は本物。そのうえアイザック様もベルナデッタも自宅に戻ってはおらず、夕方から消息が途絶えている……。お二人とも夜通し遊び倒す性格ではありませんし、まさかと思ってしまうのはしょうがないでしょう」
信じ切れず、さりとて与太話と切り捨てることもできない。胸騒ぎと違和感を覚えてヴァレールと顔を見合わせたという。
なによりセルジュを焦らせたのが、フリッツと彼の息子達がルスタールに会いたいと言い出したことだ。
契約の証を託されたフィンこそがルスタールに事情を説明すべきだ。次の騎士として説明する責任がある。……と。
確かに『通常であれば』その流れで説明をしただろう。
騎士隊の歴史の中で、今際の際に後任者を決めて命約や契約を託したという前例が無いわけではないのだ。
だがどうしても話のきな臭さが引っかかり、はいそうですかと彼等を通すのが躊躇われたという。
「幸いルスタールは夜間飛行に出ていたので、ひとまずロニアに伝えようと宿に行ったんです」
ベルナデッタとロニアが生活している宿屋。
そこに向かったものの、ロニアの姿も、一時的に王都に来ている聖獣の兄の姿も無かった。
宿屋の主グレース曰く、数時間前に二匹揃って宿を出て行ったという。それも物凄い勢いで。どこに行くのかという制止の声も聞かず。
「ベルナデッタを助けに行ったのかと思いましたが、アイザック様とベルナデッタが命を落としたという時刻より、ロニアが宿を発った時刻の方が遅かったんです。仮にすべてが事実だとしたらロニア達は間に合わない。そもそも何に呼応して助けに行った。なので二人が無事だと信じ、ロニア達の足取りを空から追うことにしたんです」
聖獣の虎が全力で走ったとなればその後を追うのはほぼ不可能。走力に特化した聖獣がやっとだ。
だが上空からなら話は変わる。遮蔽物の無い空から全貌を見渡せる竜は索敵に優れている。
そう考え、フリッツ達のことをヴァレールに任せ、上空を旋回して行方を探っていたのだという。
この話にベルナデッタとアイザックが同時に頷いた。
「公爵家の権威に飽き足らず始祖竜まで欲しがるとは、呆れるほどに強欲な奴等だな」
「そんなに欲深いなんて……。アイザック様、おばあちゃんが危ないかもしれません! おばあちゃんを助けに行かないと!」
「おばあちゃん? ベルナデッタのおばあちゃんか?」
「違いますよ。アイザック様のおばあちゃんです!」
「俺のおばあちゃんなら今頃は寝てて……、はっ、め、命約のおばあちゃんか!!」
「そうですけど……」
まるで今この瞬間まで忘れていたかのようなアイザックの慌てように、逆に慌てていたベルナデッタが落ち着いてしまう。
だが事実、フリッツは無理やりに契約を奪うような強欲さだ。
契約だけに留まらず命約を……、と考えてもおかしくない。それに、思い返せば小屋を出ていく際、彼の息子の片方がルスタールを欲していたではないか。
あれはきっとルスタールとの命約を自分にという訴えだ。
息子を利用して騎士二人を手に掛けた男が、今更、老婦人一人を手に掛けることを躊躇うわけが無い。それで始祖竜との命約が結べるのなら喜んでやるだろう。
ベルナデッタの脳裏に、かつて思い描いた絵本のような光景が蘇った。
巨体な黒色の竜と優しそうな老婦人。きっと一人と一頭で穏やかに暮らしていたのだろう。
だがそこにラクスター家の魔の手が伸びる……。
「早くおばあちゃんを助けに行かないと!」
「あー、お、おばあちゃんな……。だ、大丈夫だ、おばあちゃんは強いから!」
だから平気だと話すアイザックに、ベルナデッタはそれでもと食い下がった。
それに続くのはセルジュだ。彼も命約相手の保護には同意のようで、緊急事態なのだからと件の老婦人の居場所を聞き出そうとアイザックに詰め寄る。
「強いといっても、ラクスター家がどれほどの規模で動くかは分かりません。他でもない始祖竜ルスタールの命約者です、騎士隊総出で保護をしなくては。静かに生活したいという話は分かりますが、今は緊急事態です。ルスタールの命約者の居住地を教えてください」
「い、いやそれは……。おばあちゃんは本当に強いから大丈夫なんだ。ラクスター家が何人で来ようともビクともしないし、そ、それに……」
ベルナデッタとセルジュに詰められ、アイザックが露骨に視線を泳がせた。
それでも何か言わなくてはと考えたのだろう、らしからぬ歯切れの悪さで「いざとなったら……」と話を続けた。
「い、いざとなったら……、ビームを出すし……」
シン、と周囲が静まった。
否、元より周囲は静かだったのだが、その静けさすらも温く感じるような、冷ややかさすら感じかねないほどの沈黙。
「ビーム……」
思わずベルナデッタが呟けば、露骨に視線をそらしたアイザックが上擦った声で「ビーム……」と返してきた。
ベルナデッタの脳裏で描かれていた光景。絵本のような絵柄で並び立つ黒竜と老婦人、そこに伸びる魔の手……、からの、老婦人が放つ豪快なビーム。
もはや絵本のようとは到底思えない展開にベルナデッタは唖然とし、セルジュに至っては言葉が出ないのか先程から閉口している。
「ビームを放つおばあちゃんですか……。それは確かに助けは必要なさそうですね。むしろ下手に押しかけたらビームを放つ際の邪魔になってしまうかもしれません」
「そ、そうだろ。だからおばあちゃんの事は気にしないで、俺達はこっちで問題を解決しよう! よし、善は急げだ、行くぞ!」
「はい!」
アイザックの気合いにつられてベルナデッタも気合いを入れ、さっそくと準備に取り掛かった。
といってもベルナデッタは怪我もしていないので治療も無いし、これといってする準備も無い。匿ってくれた夫妻にお礼を告げて出して貰ったお茶を片付けるぐらいだ。それでもパタパタと夫妻のもとへと慌ただし気に駆けていった。
そんなベルナデッタが去っていった部屋の中……。
「アイザック様、今回の件が落ちついたらルスタールの命約者について、改めて、詳しく、隠すことなく、お聞かせください」
と、セルジュが普段通りの口調で、それでいて妙な圧を漂わせて、アイザックの肩をポンと叩いた。




