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獣騎士ちゃんは竜騎士さまに愛されすぎている  作者: さき


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41/52

41:不屈の騎士

 

「フィン……、おまえ………、っ!」


 アイザックが驚愕の声を漏らし、だが次の瞬間、ガクリと力尽きてその場に倒れてしまった。

 それを見るフィンの手にはいまだナイフが握られている。よほど深く刺したのかナイフの刃はすべて、それどころか彼の手すらも血で染まっている。


「アイザック様!!」


 その光景に、咄嗟にベルナデッタは駆け寄ろうとし……、


 だが男の一人に背後から羽交い締めにされた。

 振り返ろうとした瞬間の隙をつかれ、口元に布を押し付けられる。途端に薬品臭が鼻に纏わり付いた。

 事態を理解するより先に、嗅いではいけないと本能が脳内で危険信号を掻き鳴らす。


 ぐっ、とベルナデッタは息を詰まらせ、抗うように身をよじろうとし……、

 だが叶わず、男に羽交い締めにされたまま全身の力を抜いた。

 項垂れればそのまま床に転がされる。がん、と肩が硬い床にぶつかった。


「な、なにを……」

「噂の獣騎士もいると聞いて警戒していたが、所詮は小娘だな。造作もない。国宝様に着いてきたのが運の尽きだ」


 鼻で笑うように言い切る男に、ベルナデッタは身動きが出来ないと悔し気に唸り、男と、その背後に立つフリッツを睨みつけた。

 既にフリッツは勝利を確信しているようで、息子達を連れて小屋を出ようとしている。その後を男達が追いながら「二人分だから報酬は弾んでくれよ」だの「準備で足が出たんだ」だのと交渉している。


 床に突っ伏すベルナデッタと、動かなくなったアイザックを気に掛ける者はいない。

 ……いや、一人だけ、フィンだけが苦しそうな表情を浮かべて立ち尽くしている。真っ赤に染まった手でナイフを持ちながら。

 そんなフィンをフリッツが呼んだ。


「おい、何をしてる。さっさと契約の証を回収しろ」

「はい……」


 フリッツに促されフィンがアイザックに近付き、しゃがみ込むと彼の右手を取った。

 右手の中指。そこに嵌められている指輪。

 ルスタールと、彼が命約を交わした女性と、そして彼等から信頼を寄せられたアイザックだけが着ける、大事な指輪。

 それをフィンは一瞬ためらったのち、それでもと言いたげに引き抜いてしまった。あっさりと、あっけなく。

 アイザックに抗う余力は残されていないようで、小さな呻き声だけが微かにベルナデッタの耳に届いた。


「……お待たせしました。父上、こちらが契約の証です」

「そうか。どれほどの物かと思ったがたいした品じゃないな。だが国宝アイザックから託された遺品だ、大事に保管しておけよ」

「かしこまりました……」


 フィンの返答を聞き、フリッツが二人の息子を従えて小屋を出ていく。

 その際に交わされる「父上、ルスタールは私にくださるんですよね」「俺にも優れた竜を」という言葉はまるで子供が玩具を強請るかのようだ。竜と騎士の尊い契約を、それも無理やりに奪ったというのに、彼等の言動に罪悪感を感じている色は欠片もない。

 それを追う男達も同様。報酬を貰ったら酒を飲みに行こうだの女を買おうだのと下卑た話で盛り上がっている。


 残されたフィンだけは青ざめた顔のまま手のひらにある指輪をじっと見つめ……、最後に一度アイザックとベルナデッタに視線を向け、小屋を後にした。




 フリッツ達が小屋を出ていき、馬車の音が次第に小さくなっていく。

 だが全員が居なくなったわけではなさそうで、耳を澄ますと男の声が微かに聞こえてきた。残っているのは二人ぐらいだろうか。

 どうしようかとベルナデッタは悩みつつ、アイザックに視線を向けた。名前を呼ぶと今まで微動だにしていなかった彼の体がピクリと動き……、


「痛い……、すごく痛い……めちゃくちゃ痛い……。死なないと分かっているからこそ敢えて言う、死ぬほど痛いぃいい」


 と、痛々しい声と共に悶えだした。

 随分と痛そうだが、呻きながらも身を捩っているあたり動く気力と体力は残っているようだ。

 思わずほっと安堵した。

 倒れた瞬間に目配せで無事を知らせてはくれたものの、彼の負傷の演技は上手すぎて焦燥感を抱いていたのだ。


「でも実際に刺されはしたんですよね。本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない寄りの大丈夫……。急所は避けてるし深くも刺さってないんだけど、腹を刺されてるから当然痛い……。でも痛がってる場合じゃないな。ベルナデッタは大丈夫か? 何か香がされてたけど」

「変な匂いがしたんで息を止めました」


 男の一人に羽交い絞めにされた際、不自然な匂いを嗅ぎ取った。体臭とも香水の匂いとも違う、ツンとした刺激を伴った薬品の匂い。

 おかしいと警戒すると同時に布を口元に当てられたのだ。息を止め、だが傍目にはまんまと嗅いでしまったかのように体の力を抜き、床に転がされた。フリッツも男達もすっかりと騙されてくれたようで、彼等の会話には勝ちを確信した色が強く出ていた。

 まさかベルナデッタは演技で、アイザックも致命傷に至ってないとは考えていないだろう。


 ……フィン以外は。


「フィンのやつ、自分の手を挟むようにして俺の腹に刺してきたんだ。刃の半分はあいつの血だ」

「フィン君、なんでそんなことを……」

「あいつなりに思う所があるんだろう。じきに小屋に火がつけられるから隠し通路を使って外に逃げろって。その後は身元を隠してどこかに逃げて、もう戻ってこないでくれだってよ」


 アイザックが話しながらもぞもぞと動き、己の手首を縛るロープをぶつりと切った。

 彼の手にあるのは小さな折り畳み式のナイフ。刃と柄を合わせても手の中に収まるサイズだ。

 曰く、フィンがアイザックを刺した際に上着に忍び込ませてきたのだという。これを使ってどこか遠くに逃げてくれ……、と。

 そのうえ、アイザックの指輪を奪う時には「どうかソラリスも連れて」と頼んできたという。


「俺が推測するに、フィンはソラリス嬢を人質に取られてフリッツ達の言いなりになってるんだろうな。騎士隊に入隊したのも、フリッツ達に指示されて契約を奪うためだったか。しかしよりにもよってルスタールに目を着けるなんてな」


 馬鹿な奴等だ、とアイザックが呆れを込めて吐き捨てる。

 彼に拘束を解かれつつ、ベルナデッタはフリッツ達が去っていった小屋の扉を見つめた。

 品の良い言動の割に尊大な態度を見せるフリッツ。彼と兄達の言葉に怯えるように言いなりになっていたフィン。

 思い出されるのは、ソラリスが騎士隊に来た時に駆け付けてきたフィンの必死さ。あの時の彼の様子は『妹が無断で職場に来た』という驚き遥かに超えており、そして咄嗟に「家から逃げて来たんじゃないか」と言いかけていた。


「フィン君……」


 案じるようにベルナデッタが去っていった彼の名を口にする。

 それとほぼ同時にガタと音がした。アイザックが壁際に置かれた箱の中身を確認しだし、一つを覗き込むと「これだ」とベルナデッタに手招きをしてくる。

 見ればその箱だけ底が抜けており、地下に続く小さな扉が設けられている。地下を通ってどこか別の場所に出られるのだろう。

 だけど……、


「ひとまずこの小屋からは撤退するけど、このまま全部放って逃げるなんてさすがにしないよな」


 悪戯気な笑みでのアイザックの問い。元より整った顔立ちの彼は悪戯っぽく笑っても麗しい。

 手で押さえた腹部は血で赤く染まり痛々しいが、それでも彼の表情には鋭気が見られる。傷の痛みよりも屈するかという反発心の方が勝っているのだろう。

 この問いにベルナデッタは勿論だと頷いて返した。このままみすみす逃げたりなんてするわけがない。




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