40:公爵様が望むもの
男達は馬車に乗るように指示してきた。
よくある馬車で、造りもシンプルで飾りも特に無い。華美でもボロでもない凡百な代物だ。市街地で生活していれば似たようなものを日に何台も見かけるだろう。
男達の自前か。借りてきたのか。もしくはどこかから盗んできたのか。
これほどに凡庸な馬車ならば誰かに目撃されてもたった一台に辿り着くのは困難を極めるだろう。ラクスター家との繋がりに至っては誰も思い浮かびもしないはず。
むしろフィンが捕まっているのだから、仮に辿り着かれてもラクスター家は被害者に回れる。
「なるほど、ちゃんと考えてるんですね。私だったら何も考えず、無策でやいやい言いながら突っ込んでいくぐらいしか思い浮かびませんよ」
「突っ込んでいく時の掛け声が可愛すぎて、俺だった大歓迎しちゃう。でもまぁ、向こうからしたら極力身元がバレずに事を進めたいんだろう。何をしたいのかはまだ分からないけど。……でもまぁ、これを見る限り、楽しく夕飯って感じじゃないよな」
不服そうに話し、アイザックが足元に転がされているフィンへと視線を落とした。
あまり広くない馬車。詰めて乗ってギリギリ六人いけるかどうか。向かい合う椅子に座っているのはベルナデッタとアイザック、それとナイフを手にした男が三人。そして人質ことフィンは足元に転がされており、ただでさえ狭い馬車がより狭くなっている。
他の男達は各々馬に乗っているようだが、蹄の音が少ないあたり集団だと怪しまれると危惧してばらけているようだ。重ね重ね慎重に考えられている。
そうベルナデッタが罠にかかった身ながら感心していると、男が一人、痺れを切らしたように「黙れ」と命じてきた。
「手を縛るだけじゃ足りないなら猿ぐつわでも噛ましてやろうか?」
ギロリと睨みつけてくる。眼光は鋭く、単なる脅しではないのはひしひしと伝わってくる。
これにはベルナデッタもアイザックを顔を見合わせて肩を竦めた。とりあえず従って黙っておこう、という意思表示だ。
逃亡防止かつ反撃防止として馬車に乗り込む際に手首を縄で縛られており、だいぶ動きは制限されて不快。そのうえ猿ぐつわはご免だ。
そうして走り続けること三時間程、目的地についたのか緩やかにスピードが落ちていった。
客車の扉が開けられ「降りろ」と男が指示を出してくる。
大人しく従って客車から出れば、周囲は薄暗い森の中だった。客車の窓を閉じられていたためここがどこの森かは分からないが、記憶の限りでは市街地周辺に森は無かった。随分と遠くに連れてこられたようだ。
そんな森の中に建つ一軒の小屋。随分と廃れており、窓には鉄格子が嵌まっている。
「見るからに怪しい小屋。怪しすぎて、一周まわってお洒落に見えてきたかも。大自然の中で見る鉄格子のコントラストが美しい」
思わずベルナデッタが感想を述べれば、後ろに立っていた男が再び「黙れ」と唸るような声色で命じてきた。
ドンと背を強く押して歩くように促してくる。さっさと小屋に行けという事だろう。
ここまで着いてきたのだから今更あの小屋に入ることを拒否するわけが無いのに。そうベルナデッタは不満を抱いたが、やはり猿ぐつわはご免なので黙って小屋へと入っていった。
小屋の中に部屋の区切りは無く、広めに一室取っているだけだった。
水回りがないあたり居住区ではなく物置として建てられたのか。だが部屋の隅に乱雑に箱や寂れた道具が置かれているだけで、どれも埃が積もっているあたり、物置としての活用も数年前に断たれたことが分かる。
そんな廃れた小屋の中で待っていたのは三人の男。二人は二十代半ば、一人はそれより二回りほど年上に見える。三人とも小屋に見合わぬ正装を纏っており、良いところの出だと一目でわかる。
となれば、彼等の正体など容易に想像がつく。
「ラクスター家当主、フリッツか」
「ご存じでしたか。国宝と謳われるアイザック様に覚えて頂いているなんて光栄です」
フリッツと呼ばれた男の対応は、この場にもこの展開にも似合わず品が良い。
胸元に片手を添えて軽く会釈をする姿なんてまさに貴族だ。彼に続いて両隣に立つ二人の男も会釈をしだした。ラクスター家長男と次男、フリッツの息子であり、フィンの兄達。
彼等の仕草には品の良さを感じさせるが、今はその品の良さは嫌味でしかない。本人達もそれが分かっているのだろう、柔らかな笑みもどこか裏があるように見える。
勝ちを確信した笑みとでも言うのだろうか。
詳しく言うのであれば、勝ちを確信し、それでも露骨に出すまいと隠し、だが隠しきれていない笑みだ。
気持ち悪い、とベルナデッタは心の中で呟いた。
「手荒な真似をしてしまい申し訳ありませんでした」
「まったくだよ。俺達と話がしたいっていうなら、こんな姑息な手を使わないで飯にでも呼んでくれりゃ良いのに」
「出来ればそうしたかったのですが、込み入ったお話ですし人目のないところが良いと思いまして。……そもそも、この役立たずがもっとうまく話しを運んでいれば良かったんです」
穏やかに話していたフリッツの口調に、途端に鋭さが増す。
彼が睨みつける先には男の一人に担がれているフィン。二人の兄達も冷ややかに弟を見ており、一人は呆れの溜息を吐き、もう片方は鼻で笑った。とうてい弟を、それも気絶させられている弟を見る目ではない。
そんな視線の中、フィンは雑に降ろされるとようやく意識を戻したのか、苦しそうに唸りながらゆっくりと顔を上げた。しばしぼんやりと周囲を見回し、フリッツを見ると「……ちちうえ」とポツリと呟いた。
「いつまで寝そべっている、さっさと起きろ」
「あ、も、申し訳ありません……。えっと、僕は……」
「ようやく役に立てるかと思ったらこの体たらくとは、相変わらずノロマな奴だ。お二人にもさぞや迷惑をおかけしたでしょう」
フィンに対しては侮蔑とさえ感じられる冷めた声色で話し、かと思えばベルナデッタ達には愛想良く対応する。このフリッツの変わりようは見事としか言いようがない。……見習う気はないが。
そもそも、フリッツが言う『役に立つ』とはどういう事だろうか。
アイザックも同じ考えなのだろう、彼は「役に立つ、ねぇ」と訝し気な声色である。
「いったい何の話だか。あ、もし騎士隊内での働きの事を言ってるなら心配するな、フィンは立派に働いてるからな」
「それは良かった。このノロマでも少しは働くことができていたようで安心しました。これで騎士隊内でも愚鈍なところを見せていたとなれば、始祖竜ルスタールの契約を継ぐことに異論を唱えられかねませんからね」
「はは、狙いはルスタールの契約か。さすが公爵様、大物狙いだな」
笑い飛ばすアイザックの口調は一見すると機嫌が良く感じられるだろう。
だが実際には声の奥底に怒りと警戒が混ざっており、笑い飛ばす声にも表情にも、普段の彼が纏う爽やかさは一切見られない。
「その様子を見るに、始祖竜との契約はお譲りいただけないみたいですね」
「当然だろ。ルスタールが俺を選んでくれて、俺がルスタールを選んだ。俺の一存で譲れるもんじゃない」
はっきりとアイザックが断言する。
それを聞き、ベルナデッタも当然だと頷き……、「おばあちゃん!」と声をあげた。
「アイザック様、おばあちゃんを忘れてますよ! おばあちゃん!!」
「おばあちゃん? 何の話を……、そっ!そう! おばあちゃんも俺を選んでくれたんだ。だからおばあちゃん抜きで譲れるわけないだろ!」
「……例の命約相手ですか。こちらで調べても所在どころか素性も掴めておりません」
「か、隠れるのが凄く上手なおばあちゃんなんだ。……滅多に見つからなくて、レ、レア度が高いおばあちゃん。とにかく! 今はおばあちゃんの話よりもルスタールとの契約の話だ! おいそれと譲れるもんじゃないから諦めな!」
おばあちゃんの話題も含めてこの話を終わりにしたいのか、アイザックが無理やりに結論付けた。
もっともこれでフリッツが引くわけがない。現に彼は「困りましたね」とは言っているものの実際に困惑している様子はない。
断られるのは想定内なのだろう。当然だ。そもそもこんな突拍子もない話、アイザックでなくとも竜騎士も獣騎士も誰だってお断りだ。ベルナデッタも同様。
命約は己の人生で相手を唯一と決めて交わす。
契約はそんな一人と一匹からの信頼を背に、命を賭けて戦うと誓う。
どちらも譲れるものではない。
「縁がありゃ竜か聖獣と組めるさ。そもそも純騎士だって国に欠かせない存在なんだ。他人の縁を強請るような真似しなくてもいい。そういうわけだから、俺達はここで失礼させてもらう。行こうぜ、ベルナデッタ。どっかで縄を切らなきゃ」
「はい」
場を後にしようとするアイザックにベルナデッタも応じる。
だがフリッツが再び「困りましたね」と話しかけてきた。先程同様にまったく困っていないと言いたげな表情と声色。
次いで彼はちらと横に立つフィンに目配せをした。もとより今の流れに青ざめていたフィンがビクリと肩を震わせる。
あきらかに何かに困惑している。もはや怯えとさえ言える表情だ。視線を泳がせて上着の胸元を押さえている。
そんなフィンに対し、二人の兄達は相変わらず冷めた様子である。案じることもなければ彼を宥めようともしない。
挙句にしびれを切らしたように一人が近づき、ポツリと彼に何か囁いた。
ソラリス。
と、聞こえた気がした。
彼らの妹。まだ幼く可愛らしい兄想いの令嬢。
その名前を聞いた瞬間、青ざめていたフィンの顔がより血の気を失った。気を失い倒れてもおかしくないほどの顔色の悪さ。
だがしきりに泳がせていた目だけは決意を宿したように視点を定めている。
フィンの視線が向かう先にいるのはアイザック。フィンがゆらりと彼に近付く。
「アイザック様……。ルスタールとの契約を、どうか僕に譲ってください」
「お前なぁ、騎士隊で何を見てきたんだ。頼まれてはいそうですかで譲れるもんじゃないって分かってるだろ」
「ですが、僕にはどうしても必要なんです……。どうしても……」
「今ならまだ俺もベルナデッタも聞かなかった事にしてやるから、馬鹿なことを考えるな。さっさとこれを……っ!」
手の拘束を解け、と言いかけたアイザックの言葉が詰まる。
断られたフィンが彼にぶつかったのだ。
といっても体当たりという程の強さではなく、ぶつかると触れるの合間のような、トンと軽いもの。どちらも怪我はなく、むしろバランスを崩すようなこともないだろう。
問題はない。
ただの接触。
フィンの手に握られたナイフが、アイザックの腹部に刺さっていなければ、ただの接触で終わるはずだった。




