39:拐われる獣騎士ちゃんと竜騎士様+大根
その日は穏やかな一日になるはずだった。
ベルナデッタが一人散歩をしていたところ、偶然同じく非番で散歩をしていた――と本人は主張している――アイザックと出会い、彼と過ごすことになった。
広間での催しを眺め、昼食を摂り、その後は市街地のお店を見て回る。三時のお茶を楽しみ、再び広間で過ごし……、と、誕生日に舞台に行くような特別さはないものの楽しく過ごしていた。
そのうえ夜中にはまたルスタールに乗せてくれるというので、それも楽しみだった。
だが途中で予定が変更になった。
夕食のレストランに向かっていたところ、フィンが声をかけてきたのだ。
なにやら切羽詰まった表情で。正確に言うならば、切羽詰まっているのを隠そうとしている、彼なりに必死に冷静を取り繕った表情で。
「ついに壺を!」
「いえ違います。ただ、その……、父上達がぜひお二人と話をしたいと仰っているので、もし時間があればと思いまして」
「フィン君のお父さん? ということはラクスター家の方ですか?」
「は、はい。そうです。もしご予定が合えば……」
フィンの口調は誘うというより乞うような色がある。それでいてベルナデッタがじっと見つめていると視線をそらしてしまった。
これも含めてなんと分かりやすいのだろう。
つまりこの誘いには裏がある。はたしてその裏が何なのかは分からず、鬼が出るか蛇が出るか。虎と竜が出るかもしれない。
どうしようかとベルナデッタがチラと横目でアイザックを見れば、彼も眉根を寄せて難しい顔をしている。
罠の可能性を考えているのだろう。だが今のようなまんじりともしない状況を続けるぐらいなら、罠と分かっていても釣られてみるのも有り。……と、彼の考えはこんな所か。
惜しむらくはロニアもルスタールも居ないことだ。彼等がいれば心強いのだが。
もしかしてそのタイミングを狙ったのだろうか……。考えれば考えるほど思考のどつぼに嵌りそうで、ベルナデッタはグルグルと回る思考を落ち着かせるために軽く頭を振った。どうにも考え事は苦手だ。
「あー、……うん、分かった。俺は行こう」
仕方ないと言いたげに同行を口にしたのはアイザック。
考えていても埒が明かないと判断したのか、それとも多少の危険を考慮しても乗る価値があると判断したのか。
次いで彼はベルナデッタへと視線を向けてきた。
「ベルナデッタはどうする?」
「私も行きます」
アイザックが行くのなら自分も断る理由は無い。そう判断してベルナデッタが返せば、アイザックが嬉しそうに笑って頷いた。
そうして、罠かもしれないと分かってフィンに付いて行く。
……のだが、
「あ、でもこれとは別に今度夕食に行こうな。二人きりで。次はちゃんと予約もしておくから」
そう必死にアイザックが念を押してくる。
これに対してベルナデッタも笑んで返した。……フィンが辛そうな表情をしていることには気付いたが。
◆◆◆
そうしてラクスター家へと向かった。……のだが、道の途中で粗暴の悪そうな輩に絡まれてしまった。
それも人通りのない道で、こちらは三人に対して向こうは十人。それも各々が手にナイフを持つという念の入れよう。
おあつらえ向きなこの状況を鑑みるに、たまたま運悪く遭遇してしまったとは考えにくい。なにせすべてにおいて相手が優位なのだ。
……不意を突かれて男の一人にフィンが捕まってしまったことを含めて。
ここまでくれば罠と考えて間違いないだろう。
もっとも、男達は「運が悪かった」だの「こんな道を通るのが悪い」だのと言ってきているあたり、あくまでベルナデッタ達が偶然彼等の目に留まってしまったという事にしたいようだ。
だけど……、
「ベ、ベルナデッタ先輩、アイザック様、俺の……、えっと、俺のことは気にせず、に、逃げてくださいっ」
というフィンの必死な訴えはなかなかどうして演技臭い。
声には張りがなく躊躇いが滲み出ており、視線も不自然に泳いでいる。危機的状況で訴えているのに「えっと」はいかがなものか。
これでもかと演技感が出ており、むしろ演技への冒涜とさえ感じられる。役者に一発殴られても仕方ないほど。
それほどまでに酷いフィンの訴えに、ベルナデッタはどうしたものかと横目でアイザックを見た。
彼はナイフを手にした男達を前に警戒している。……のだが、その横顔が複雑そうに見えるのは気のせいではないだろう。
「頼む、誰かあいつを気絶させてくれ……。駄目だ、あいつの棒読みに意識を持っていかれる……」
「フィン君はたぶん向こう側ですよね。でもあの人達もフィン君の下手な演技にドン引きしてるので、完全なる味方ではないのかもしれません」
「フィンの演技力の無さは双方にダメージを与えているわけだな。なんて悲しい話だ」
そんなことを小声で話していると、男の一人が痺れを切らしたのか、フィンの首筋をナイフの柄で殴りつけた。
ドス、と低く鈍い音がして、殴られたフィンが一瞬息を呑む。次いで彼の体は力なくその場に頽れてしまった。
「「あ」」
と、ベルナデッタとアイザックが同時に声をあげた。
「うーん、やむなし!」
というアイザックの結論は事情を知らぬと非道に思えるだろうが、ベルナデッタは同感だと深く頷いた。
なにせそれほどまでに酷かったのだ。棒読みが過ぎる。ベルナデッタも己を器用だとは思っていないが、仮に今この場で台本を渡されたとしてもあれよりマシな演技が出来る自信がある。
倒れ際のフィンは一瞬己を殴った男に「なぜ」と言いたげな表情を向けていたが、あの演技を見れば誰も「なぜ」とは思うまい。むしろ「なぜ殴られないと思った」という疑問が湧いてしまう程。
だがなんにせよ、大根役者が退場したことで場に緊迫感が戻ってきた。ほんの少し。
「……こ、こいつは良い所のおぼっちゃんなんだろう? 傷つけられたくなきゃ大人しく」
「そういうの良いから、さっさと案内してくれ」
呆れを込めた声色でアイザックが男達を促す。
この状況を仕切り直し程度で打開できるとは思えない。
修繕不可能。
そのうえ、ベルナデッタもアイザックもこの展開が茶番だとすでに気付いている。
男達とフィンはグルで、偶然ではなくベルナデッタとアイザックを狙った。更に言ってしまえば裏で誰が手を引いているのかも分かる。
……空気をぶち壊したうえにすべてを勘づかせたと考えれば、ある意味で恐ろしい大根役者ではないか。
だがなんにせよ、さっさと話を進めるのがお互いのためだ。
そんなアイザックの言い分に男達は一瞬躊躇いの表情を見せたものの、彼等もまた仕切り直しは無理があると考えていたようで「……つ、着いてこい」と白々しく言い捨てると気絶しているフィンを担いで歩き出した。




