38:怪しい後輩が壺を買う時のための先輩
「ソラリスさんは元気ですか?」
ベルナデッタがフィンに尋ねたのは、彼の妹であるソラリスが詰め所を訪れてから一ヵ月後。
あれ以降彼女の姿は見ていないが元気にしているだろうか、そうふとした瞬間に思い出して尋ねてみたのだ。
ソラリスはラクスター公爵家の令嬢らしく品の良い所作をしつつ、獣騎士と竜騎士の話になると瞳を輝かせて興奮気味に話していた。上品でありながらも子供らしさを併せ持つ愛らしい少女。そんな彼女が元気にしているかと問うのは至って自然なことである。
だというのにフィンはビクリと体を揺らし、「えっ」と小さな声を漏らした。不自然に彼の目が泳ぐ。
「ソ、ソラリスですか……。元気にしてます。はい、大丈夫です」
「そうですか、良かった。また遊びに来てくださいと伝えておいてください。事前に予定が分かればホーキンスや他の聖獣にも来てもらえますし」
「……あ、ありがとうございます。ソラリスもきっと喜びます。ただ、ソラリスはあまり家を出ないのですぐには来られないかと思います……」
「外出しないんですか?」
「はい。父上が……、いえ、その、外で遊ぶよりも家の中で過ごす方が好きな子なんです。僕も忙しくてあまり会いに行っていないので……。でもベルナデッタ先輩が気にかけてくださっていたことは伝えますね。きっと喜びます」
普段より些か早口気味に話し、フィンがニコリと笑う。……ニコリと。だいぶぎこちないが。
本人はきっと『妹を気に掛けてもらって喜んでいる』という体で笑っているつもりなのだろう。
そんなフィンを前に、ベルナデッタはどうしたものかと逡巡した。
フィンは間違いなく何かを隠している。それはソラリスを始めとする彼の生家、ラクスター家についてだ。だが何を隠しているのかまでは分からないし、ここまで必死に隠そうとしているのを暴いてしまって良いものなのか……。
しかし自分は騎士隊の先輩だ。それも世話係を任されている。仮に彼が悩んでいるのであれば、話を聞きだして解決に導くのも先輩の役目ではなかろうか。
だが家の事情にむやみに踏み込むのはいただけない。個人的な悩みを無理に聞き出して逆に傷つけてしまっては本末転倒だ。
となれば、自分が出来ることは……。
「フィン君!」
「は、はい……!」
ベルナデッタが改めるように名を呼べば、フィンがビクリと肩を震わせた。
そんな彼の肩にポンと手を置く。身長差のため見上げる形になってしまうが、それでもじっと彼の瞳を見つめれば、フィンが小さく息を呑んだ。
なにを言われるか分からないと言いたげな表情。そんな彼を落ち着かせるため微笑んで返し、ベルナデッタは口を開いた。
「壺を買う時は必ず私に相談してください」
という、力強い言葉。
「つ、壺……?」
「はい。壺です」
「買う予定は特に無いんですけど」
「今はそう言っていられるかもしれませんけど、いざとなるとどうなるかは分かりませんよ」
「いざとなったら僕は壺を買うんですか……?」
どうして、とフィンが困惑を露わにする。
疑問でいっぱいと言いたげな表情だ。だがそれすらも受け止めようとベルナデッタは「大丈夫です」と彼に告げた。
「その時のために私がいるんですから」
「僕が壺を買う時のために……? よ、よく分かりませんが、僕が壺を買う『いざ』という時が来たらお願いしますね。いったい何をお願いするのかも分からないんですけど」
「任せてください!」
ドヤ! とベルナデッタが胸を張った。胸中は先輩としての使命感と達成感でいっぱいだ。
対してフィンはまだ困惑気味の表情である。それでもベルナデッタが自分を案じていると察したのか、苦笑交じりの笑みを浮かべた。先程のぎこちない誤魔化しの笑みよりは柔らかな表情である。
「よく分からないんですが、ベルナデッタ先輩が頼りがいがあるのは分かりました」
「当然ですよ、なんていったって私は先輩ですからね。後輩を守り助けるのは先輩の役目」
「僕を助け、守り……、ですか。……それなら」
小さく呟かれたフィンの最後の言葉。だがそれ以降は続かず、ベルナデッタがどうしたのかと様子を窺えば彼はまたぎこちない笑みを浮かべてしまった。
それで話を終わりにして次の任務の話題に移してしまうのだ。なんてもどかしいのだろうか。
そうしてぎこちないフィンと別れて、ベルナデッタは詰め所へと戻ろうとし、
「素晴らしい先輩ぶり……。感動の拍手が止まない」
と、木の影から拍手をしながら現れるアイザックを見て足を止めた。
「アイザック様、見ていたんですか?」
「あぁ、見てたとも。フィンに対するベルナデッタの言動は素晴らしいなんてもんじゃない。なにかしら受賞してしかるべき。立って見てたんだが、スタンディングオベーションのために一度座って立ち上がったほどだ」
「それは屈伸運動ですね。でもそんなに褒められるほどじゃないですよ。むしろちょっと先輩風を拭かせ過ぎちゃいましたかね」
「先輩風なんてまさか。仮にあれが先輩風だっていうなら常に最大風速で吹いててほしいぐらいだ。春風よりも清々しい」
拍手し続けながら褒めてくるアイザックに、ベルナデッタも思わず恥ずかしくなってしまう。
だがアイザックがこうも言ってくれるのだから良い先輩ぶりを発揮できたのだろう。
良かった、とベルナデッタは安堵した。あれで少しでもフィンの気持ちが晴れれば……。
晴れるだろうか?
随分と根深そうだったけれど。
それこそ、今この瞬間に壺を買ってしまいそうなほどに。それも随分と大きく深くて、覗き込んでも底が見えなさそうな壺を。
「実を言うと、俺も調べてるんだよ」
「調べてるって、フィン君のことをですか?」
「あぁ、フィンとラクスター家についてな。ほとんどはセルジュに頼んでるけど」
いくらアイザックが竜騎士隊の隊長とはいえ、彼の出自は一般家庭。ゆえに、公爵家を、それも相手に知られずに調べるのは至難の業。方法を調べてツテを作ってと初手から始めなければならない。
対してセルジュは貴族の出でありツテもある。なので彼を主軸にラクスター家に探りを入れているのだという。
「ラクスター家は騎士隊に、特に竜騎士にお熱なようで随分と必死に調べてるみたいだ。まぁ竜騎士が一番格好良いから知りたくなるのも仕方ないよな」
「ヴー……ヴッ……続けてください」
「不満もあるが話の続きも気になるという狭間の控えめな唸り声、超可愛い。というのはさておき、竜騎士隊や獣騎士隊に興味のある貴族っていうのは別に珍しくはないんだ」
獣騎士も竜騎士も、入隊の条件はまず初めに『命約または契約を交わしている事』。
これは絶対とさえ言える条件であり、いかに高位の貴族であろうと資産を持っていようともパスできない。……はずだった。
少なくとも今まではそうだった。
「なのに突然フィンが入隊してきただろ? 明らかに公爵家の力なんだけど、どれだけ興味があっても息子を捻じ込むっていうのは流石にな……」
度を越えていると考えているのだろう、アイザックが何とも言えない表情を浮かべた。
曰く、ラクスター家には竜や聖獣と関与している気配はなく、彼等一族が命約も契約も交わす様子は無い。だというのに息子であるフィンを騎士隊に、それも両方の騎士隊に所属させるというのは熱心の域を超えている。
あからさまに権力を行使しており、だからこそ余計に違和感を与えるのだ。
そもそも獣騎士隊も竜騎士隊も秘密裏に動いている組織ではない。竜こそ気位が高くて交流は難しいが、他は普通に接してくれればこちらも応える。公爵家ならばパーティーやら茶会やらに騎士を招待することだって出来るのだ。
なのになぜ、息子を捻じ込んだのか。
これではまるで、明確な『なにか』を求めて内部に介入しているようではないか。
「でもフィンは怪しい行動はしてないんだよな……。いや、あいつ自体たまにめちゃくちゃ怪しいんだけど、何かの行動をしていて怪しいというよりは、根からの素直さで怪しいというか。『怪しまないでください疑わないでください』って顔に書いてあるというか」
「フィン君のあの怪しさは一周まわって怪しくない気もしてきますよね」
「そう。あとなんか疑うとこっちの罪悪感を駆り立ててくる。でもラクスター家自体はきな臭いんだよな。どうしたもんかなぁ」
竜騎士隊隊長としてラクスター家の過剰な介入は見過ごせない。だが現状、ラクスター家は権力は使えども『調べている』程度なため、どうこう出来るわけでもない。そもそもフィンの入隊事態は国が認めてしまっているのだ。
なんとも言えない状態で、調べている側からしたらもどかしいようだ。
「いっそラクスター家が派手に動いてくれたらこっちも対処できるんだけどな」
「派手に動く、ですか?」
「そうそう。騎士隊が騒然とするような、国家反逆罪に問われるレベルのこと。派手にバーンとやってくれたら俺達も対応できるだろ?」
「そんな物騒なこと口にしてると、本当に起こっちゃいますよ」
縁起でもないと咎めれば、アイザックが「確かに」と笑った。彼自身も本気で言っているわけではないのだ。ただ物事が動くきっかけが欲しい、今のこのまんじりともしない状態を脱したい、その程度である。
だが物騒な話であることには変わりない。そう考えてベルナデッタが「平和が一番ですよ」と話せば、アイザックも苦笑交じりに同意を示してきた。
そう、平和が一番だ。
だから派手なことなんて起こらなくて良い。
起こらなくて良かったのに。
ベルナデッタが過去のことを思い出していたのは、このやりとりから二ヵ月後のこと。
目の前ではアイザックとフィンが向かい合い……、
そしてフィンの手にするナイフが、アイザックの腹部に深々と刺さっている。
その光景を眺めていると、過去の長閑な自分達のやりとりが脳裏によみがえった。




