37:契約の証
命約を交わした者が戦えない場合、騎士の中から一人選び代わりに戦う。
それが『契約の騎士』。
条件も何もなく意識をせずに交わす命約と違い、契約は騎士隊の中から選ばれた者が交わし、その証として身に着ける装飾が授けられる。
この装飾は、契約の騎士・契約を交わした竜や聖獣・彼等が命約を結んだ者、その三者が一から考えることになっている。細工師こそ国が指定するが、どの装飾にするかやどんなデザイン・素材にするかまでは国は関与しない。
つまり三人――正確には二人と一匹――が考えた、三人だけのお揃い、という代物である。
「といってもただの指輪だけどな。既製品だと問題が起こりかねないから特注で作ってるけど、別に何か特別な要素があるわけでもない。使ってる素材も普通のだし。中には宝石嵌め込んだり特殊な加工するやつもいるらしいけど、俺はそういうの好きじゃないから」
己の右手の指輪を眺めながらアイザックが話す。
彼の手は男らしく大きく、指も長い。以前に互いの手を比べて「スタイルが良い人は手も綺麗ですね」と褒めたのは記憶に新しい。――ちなみにその際アイザックは「手が触れてる……暖かくて小さい……」と打ち震えていた――
そんな彼の手、長い指に嵌められた黒色のシグネットリング。デザインも台座に記されている模様もなにもかもが様になっている。
それを横から眺めて、ふとベルナデッタはもう二つ存在する指輪のことを考えた。
一つはルスタールが所持している。右前足、黒色の体と銀色の爪の境目に嵌められており、遠目では指輪をはめているようには見えない。だがよく見ると指輪の台座に刻まれた模様が浮かんでいるように見え、「お洒落だねぇ」と褒めたのを今でも思い出す。
そしてもう一つの指輪は、ルスタールが命約を結んだ相手が所持している。……はずである。
「ルスタールの命約相手も同じ指輪を持っているんですよね」
何気なく問えば、アイザックが視線を指輪に落としたまま「あぁ」と肯定の言葉を返してきた。
普段ならばここで話は終わりである。ベルナデッタも話の流れで話題に出しこそしたものの、命約相手を聞き出す気はないし、アイザックも言及されるとは思っていない。
だからすぐに別の話題に……、と思ったのだが、「ルスタールの命約相手ですか!?」と弾んだ声が割って入ってきた。
ソラリスだ。
親の目を盗んでまで騎士に関する本を読む少女が、この話題に食いつかないわけがない。
「ルスタールの命約相手は公表していないとお聞きしております。父や兄達も気になっているようですが、分からないみたいで……。公表する予定はあるのですか? いつかその方とご一緒に式典に出ることは?」
もとより輝いていた瞳を一層輝かせて喋るソラリスの勢いは、音にするならばまさに『ぐいぐい』である。
それほど興味があるものなのだろう。
対してアイザックはソラリスに問われても詳しく話す気はないようで、彼女の勢いに押されつつ「まぁまぁ」と宥めようとしている。
このままではアイザックを困らせてしまう。自分が話題に出したのだから、と考え、ベルナデッタは割って入るように声をかけた。
「確か老年のご婦人なんですよね。それで、公の場に出たがらないって」
「そ、そう、おばぁちゃんなんだ。絶対に戦えないし、騒がれるのも嫌なおばあちゃん。静かに暮らしたいから、俺が代わりに表に出てるんだ」
「そんなにご老体なんですね」
隠居を望む老婦人に『竜の命約相手』としての活動は負担が大きすぎる。とりわけそれが始祖竜と呼ばれるルスタールなら尚更。
そのうえ、件の老婦人はアイザックが契約を交わすまで国に報告すらしなかったという。きっとルスタールと共に人目のつかない場所でひっそりと穏やかに生活していたのだろう。
見目の良い騎士と竜というのは絵になるが、老婦人と竜というのもまた絵になる光景だ。前者は勇ましく冒険譚のようで、後者は穏やかで優しい童話のよう。
「それなら今の今まで顔を出さないのも頷けますね。一度ご挨拶してみたいと思っていましたが、会わない事こそ礼儀と考えておきます」
「あぁ、そうしてくれ。おばあちゃんもきっと喜ぶはずだ。俺から伝えておくから。うん」
「聖獣との命約も素敵ですが、竜との命約も素敵ですね。命約を結び、たった一人の騎士様を選ぶ……。もし私が聖獣か竜と命約を交わしたら、名前はドナかアイビーにして、フィンお兄様を契約相手に選ぶって決めているんです!」
興奮冷めやらぬ様子でソラリスが語るが、彼女が聖獣や竜と命約を交わす予定は無い。これは単に『たられば』の話。子供がよくやる想像遊びだ。
だが随分と細部まで想像しているようで、聖獣ならばどんな動物が良いか、竜ならばどんな見た目の竜が良いか……。と一人で盛り上がって話をしている。
なんて微笑ましいのだろうか。これほど憧れを抱いてくれているのだと考えると嬉しくなる。
そうして時にソラリスからの質問に答え、時に彼女の想像話を聞き……、と穏やかに過ごしていると、バタン!! と大きな音をたてて扉が開かれた。
入ってきたのはフィン。普段は礼儀正しい挨拶と共に入ってくる彼だが、今日だけは焦りの色を顔に浮かべており、入るなり妹の名を呼んだ。
他の騎士どころかベルナデッタやアイザックの姿すらも目に入っていないようで、一目散にソラリスへと駆け寄ってくる。
「ソラリス、何かあったのか? 大丈夫か?」
「お兄様、落ち着いて」
「どうして突然、もしかして家から逃げて……っ!」
言いかけ、フィンが言葉を飲み込んだ。
元より青ざめていた顔を歪ませ、しまったと言いたげな表情で周囲に視線を向けてくる。
己の言動が普段の自分のものらしくないと自覚し、それを晒してしまった事を悔やみ、尚且つこちらの反応を窺っているのだ。
それに対してベルナデッタはどう返して良いのか分からずにいた。思わずアイザックと顔を見合わせれば、彼もなんとも言えない顔をしている。
さすがに今のを見なかったことには出来ない。
かといって、言及していいのかどうか……。
「えっと……。も、申し訳ありません。妹が直接会いに来るなんて今まで無かったので……、それで、その、慌ててしまって」
説明するフィンの態度にはいまだ焦りの色がある。だがこれは妹が突然会いに来たことの焦りではない。動じる姿を見せてしまったことへの焦りだ。それすらも今のフィンには取り繕えないのだろう。
それどころか誤魔化すように話すことで逆に『誤魔化したい』と訴えているように見えてならない。墓穴を掘るとはまさにこのこと。
根からの真面目な性格が裏目に出すぎている。そう考えつつ、ベルナデッタは彼の誤魔化しに乗ってやることにした。
「フィン君は妹想いなんですね。でもちょっと心配しすぎじゃないですか? 将来、妹離れするのに苦労しますよ」
「そ、そうですね。ソラリスは末子で唯一の女の子ですし、年が離れているのもあってどうしても気になってしまって」
フィンの生家、ラクスター家には男児が三人いる。フィンは三男であり、彼の後に生まれたのがソラリスだ。
今まで末子として育てられたフィンにとって待望の妹。それも年が離れているのだからとりわけ可愛く思えるのだろう。
思わずベルナデッタが「末の妹ほど可愛い存在はいませんからね」と同意を示した。言わずもがなベルナデッタも末の妹で可愛いと自負しているからだ。
「いいなぁ。俺一人っ子だから兄弟欲しかったんだよ。特に兄貴がいるやつが多かったから憧れたなぁ」
「兄、ですか……」
「フィンは兄貴が二人いるんだもんな。兄貴達とも仲が良いのか?」
「えっ……、あ、はい。もちろん。兄上達のことは心から尊敬しております。立派な兄です」
フィンは焦りを隠し切れぬ妙に上擦った声で答え、そのうえ「皆さんの仕事の邪魔になるから」とソラリスに退室を促し始めた。
「父上からの言伝があると聞いたよ。それは外で聞こう」
「はい。ではアイザック様、ベルナデッタ様、失礼いたします」
兄に促されてソラリスが立ち上がる。
去り際の挨拶も品良く見事なものだ。更にはテーブルの下をひょいと覗き込みわざわざロニアにまで別れを告げる。なんて出来た子だろうか。
そうしてフィンとソラリスが立ち去ると、詰め所内はシンと静まりかえった。
そんな沈黙を破ったのはアイザックの深刻な声。
「あいつ……、あんなに嘘吐くの下手でこれからやっていけるのかな」
心配。と呟くアイザックに、ベルナデッタはもちろん、居合わせた他の騎士達も同感だと頷いた。
フィンの態度は明らかすぎる。あれでは「嘘を吐いてます誤魔化してます」と声高に宣言しているようなものだ。
だがあまりに明らか過ぎて、何かを隠されている不信感や隠し事をされている不快感より、彼の今後への心配が勝ってしまうのである。
「なんか良い様に利用されて壺とか買わされないと良いんだけど……」




