36:命約の騎士と契約の騎士
「お二人とも騎士ではありますが、ベルナデッタ様は獣騎士で、アイザック様は竜騎士なんですよね?」
ソラリスに問われ、彼女の向かいに座ったベルナデッタとアイザックは同時に頷いた。
場所は獣騎士隊の詰め所。
生憎とフィンは居なかったが、居合わせた同僚曰く『じきに戻ってくる』とのことで、ならば探しに行くより待っていようと考えたのだ。
紅茶と茶菓子を出せばソラリスは品良く礼を言って食べ始めた。――「この茶葉が一番良い物なんですが、公爵令嬢の口に合いますかね」「俺はどんな紅茶でも美味しく感じるから分からん」とコソコソと話し合ったのはここだけの話。貧乏舌と言ってくれるな、庶民舌なだけだ。それに幸い公爵令嬢の口に合ったようで、彼女は紅茶を出すと礼と共にコクリと飲んだ――
「確か、ベルナデッタ様は命約の騎士で、アイザック様は契約の騎士……、と窺ってます」
「はい。私とロニアは命約で結ばれているんです。ねぇロニア」
ひょいとベルナデッタがテーブルの下を覗き込んだ。
そこではロニアがまるで猫のように優雅に横になっており、ベルナデッタに名を呼ばれるとゆっくりと顔を上げた。
だが反応こそしたものの話は聞いていなかったようで、眠たげに眼を瞬かせてこちらを見ている。
普段は勇ましさと凛々しさを纏う虎の顔立ちだが、今だけは船を漕ぐ猫のようではないか。ベルナデッタが「おやすみ」と告げればポスンと頭を床に落として眠ってしまった。
「ロニア様……。ベルナデッタ様の聖獣のお名前ですよね。聖獣や竜と命約を交わすと名前をつけられると聞きました。本当なんですか?」
「そうですが、よくご存じですね」
「お父様達が調べているみたいなんです。家に本がいっぱいあって、私も読んでます。……こっそりですけど」
どうやら普段は読むことを禁止されているらしく、ソラリスが悪戯っぽく笑って「内緒にしてください」と告げてきた。
愛らしい仕草だ。そして親に黙ってこっそりと読むほど獣騎士と竜騎士に興味があるようで、もっと話を聞かせてほしいとせがんできた。
挨拶をしてきた時こそ品の良い仕草をしていたが、先程の悪戯っぽい笑みと瞳を輝かせて話を強請る表情は年相応の子供らしい。
そんな彼女がこれほど興味を持ってくれているのだ、話さないわけにはいかない。
「命約を交わすのに『これ』という決まりはないんです。親しくなり友情を築き、気付かないうちに交わしている……、それが命約です。命約を交わすと命名と登録が義務付けられますが、殆どは命約を交わしたと知る前に名前を決めてるんです」
「先に名前をつけるんですか? ベルナデッタ様も?」
「はい。私の場合は、七歳の時、山を降りて人間と暮らことになった時です。本当は私だけが山を降りる予定だったんですが、ロニアが着いてきてくれて……」
物心つく前から聖獣と共に山で暮らしていたが、七歳になったタイミングで山を降りて村で生活することになった。
聖獣の家族との生活を終え、人間の家族との生活へ。住まいも環境も、生活も、人間関係も、なにもかもを変えざるを得なかったのだ。
こうなることは分かっていた。事前に言われていたし、準備もして、自分だけが人間なのだから仕方ないと理解もしていた。嫌だ行きたくないと喚くこともしなかった。
……だが寂しさはあった。
それは聖獣に育てられたどうのは関係なく、子供ならば当然の感情だ。
いずれ親元を離れるのが常だとしても、七歳はあまりに早すぎる。
それを察したのか、兄姉のうちの一頭が共に山を降りると言い出したのだ。
もっとも、聖獣なので明確な言葉はベルナデッタには分からないが、それでも仕草と表情、じっと見つめてくる瞳で分かった。
「それで一緒に生活することになって、呼び名が無いと不便だから私が『ロニア』と名前を着けたんです。実を言うと、『ベルナデッタ』という私のこの名前も、その時にお母さんにつけて貰ったんです」
「七歳までお名前が無かったんですか?」
「無かったですね。でも呼ばれなかったわけじゃなくて、なんというか……、虎の鳴き声や唸りで呼ばれていたというか」
なんて表現したらいいのか。
そうベルナデッタがあぐねいていると、テーブルの下からグルルと唸り声が聞こえてきた。
言わずもがなロニアである。ベルナデッタがパッと表情を明るくさせて「今のです」と弾んだ声を出した。
「今のが、ベルナデッタという名前を貰う前の私の呼ばれ方でした」
「い、今のが……。それなら、今のお名前は」
グルルルル
「これです」
「よく分かりませんが……、不思議なお話ですね」
ソラリスの声色はピンときていないと言いたげだ。
それでもテーブルの下をひょいと覗き込むと「ありがとうございます」とロニアにお礼を言った。幼いながらに律儀な子である。
「ベルナデッタ様が『ロニア』と名前を着けた時に命約を交わしたのでしょうか」
「証明するものはありませんが、多分そうですね」
「姉妹愛が命約になる……、素敵ですね。私もフィンお兄様とはとても仲が良いんです」
フィンの名前を口にするソラリスは嬉しそうで、本当に兄妹仲が良いことが伝わってくる。
これにはベルナデッタも表情を和らげ……、隣から聞こえてくるパチ、パチ……という音に気付いて音のする方を向いた。
そこに居るのはアイザックだ。
正確に言うのなら、感涙しながら拍手をするアイザックである。
「なんて素晴らしい姉妹愛の物語……。いつ聞いても感動で泣けてくる……」
「アイザック様、私がこの話をするといつも泣きますね」
「そりゃあこんな感動物語を聞いて泣くなって方が無理な話だ。出来ればスタンディングオベーションで拍手を贈りたいが、とらばさみのせいで今ちょっと右足が痺れて立てない」
「血が止まってません?」
大丈夫ですか? とテーブルの下を覗き込めば、いまだアイザックの右足はとらばさみに豪快に挟まれたままだ。
気になるのかロニアがスンスンと嗅いでいる。とらばさみに人間が引っ掛かり、それを虎が嗅ぐ。なんとも不思議な光景ではないか。
だが当の被害者であるアイザックはさほど気にしていないのか、「まだ感覚はあるから大丈夫だろ」とあっけらかんと話を終えてしまった。
「それじゃあ次は俺の話だな。……といっても、俺は契約だし、わざわざ話すほどのものじゃない。ルスタールと気が合って、命約相手の許可が下りたから契約を交わしたんだ」
アイザックが話しながらソラリスに見せるように右手を差し出した。
彼の右手の中指。そこにあるのは黒色のシグネットリング。台座には見たことのない模様が彫り込まれている。
それを見てソラリスが息を飲んだ。もとより輝いていた彼女の瞳がより輝きを増し、アイザックの右手中指を飾る指輪に釘付けになる。
「それが契約の証なんですね。私、はじめて見ました!」
弾んだ声で話すクラリスにつられて、ベルナデッタもアイザックの右手へと視線をやった。
いつ見ても美しい指輪だ。だがただの指輪ではない。
これはアイザックとルスタールを繋ぐ指輪である。




