33:誰も知らない普通の二人
自分は普通の女の子。
はっきりとした、少し得意げな断言。
予想していなかったのかアイザックからの返事は「普通の?」という、疑問の色がこれでもかと感じられるものだった。
だがその反応も仕方あるまい。ベルナデッタもこれでは伝わらないと分かっていたからこそ、「あのですね」と話を続けた。
「確かに私は聖獣に育てられました。聖獣のパパとママ、それにロニアを始めとする聖獣の兄達。それに凄く強くて、異例の年齢で獣騎士になりました。しかもとっても良い子で可愛いです」
「一字一句同意だな」
「そんな私は当然だけど珍しがられます。国内において私の名前と生い立ちを知らない人はそう居ないでしょう」
『聖獣に育てられた獣騎士』といえば有名だ。それこそ『国宝の竜騎士』と並ぶ知名度である。
新人騎士が入隊してくれば必ず一目見ようと会いに来るし、諸外国の来客が話を聞きたいと名指しで呼んでくることも少なくない。――着飾った人達と話をするのは疲れるが、美味しい紅茶とお菓子を食べられるので悪くない仕事である。非番の日だと特別出勤で手当てが出て尚美味しい――
ただでさえ少ない獣騎士隊の、更に特殊すぎる生い立ちの、名の知れ渡った獣騎士。
それがベルナデッタである。
だけど……、
「でも、実際はそんなに凄いことじゃないんです。確かに聖獣に育てられたけど、パパとママは優しかったし、お兄ちゃん達もロニアも優しかったし。私からしたら普通に家族と一緒に生きてきただけで、それは別に凄いことでも特別なことでもないんです」
「……そっか」
「パパとママに怒られることもあったし、甘やかされることもありました。兄姉喧嘩もいっぱいしたんですよ。その生活は山から降りても変わらなくて、お父さんとお母さんとロニアと、それに友達と、田舎の村で普通に暮らしてました」
ベルナデッタにとっての両親は二組居る。
赤ん坊から七歳まで育ててくれた虎型の聖獣のパパとママ、そして山から降りて王都に来るまで育ててくれたお父さんとお母さん。
確かにこれは少し変わっているかもしれない。だが『生みの親と育ての親が違う』という子供はどこにだっているし、それと大差ないことだ。
「普通の子と同じように親に愛されて、普通の子と同じように兄弟と一緒に成長しました。夜更かしして怒られたこともあるし、嫌いな食べ物をどうにか残せないかと試行錯誤してバレたこともあります。親と一緒に寝たり、抱きしめてもらったり……」
話している内に、ベルナデッタの脳裏に家族と過ごした記憶が蘇る。
聖獣のパパとママ、人間のお父さんとお母さん。どちらと過ごした時間も鮮明に思い出せるし、思い出せば胸が温かくなる。
この感情は特別なものではない。極一般的な家族愛だ。
親が子を愛し、子は親に愛されて愛を返す。そうやって育む、珍しくない、だけど尊いもの。
「だから別に私は特別でも珍しくもないんです。親に愛されて兄弟と一緒に育った、ただの女の子。確かに強いけど、誰だって得意なことの一つや二つあるものです。でも獣騎士隊的には『聖獣に育てられた獣騎士』の方が都合が良いみたいなので、特別な獣騎士で居るんです。ここだけの秘密ですよ」
人差指を唇の前で立てて秘密だと強調すれば、アイザックが目を細めた。
嬉しそうな表情。ゆっくりと頷いて返す仕草は、まるでベルナデッタの話を己の中で落とし込むかのよう。
話を聞けたことが嬉しいと感じてくれているのだろう。そして話の内容もきっと彼の気に入るものだったに違いない。
「そっか、ベルナデッタは普通の女の子なんだな」
「はい」
「それなら、俺も普通の男だな。親に愛されて育ったし、一人っ子だったけど兄弟同然の友人達とはしょっちゅう喧嘩してた。親に怒られることもあったし……、ここだけの話、家出もしたんだ」
幼い頃の話は気恥ずかしさもあるのだろう、アイザックが苦笑しつつ話す。
だが家出とはなんとも子供らしい話ではないか。ベルナデッタには家出の経験こそ無いが、友人が家出をして家に避難しに来たことはあった。もっとも、裏を返せば親同士が連絡を取り合っていて、家出というよりも単なるお泊り会だったのだが。
それを思い出して話せば、アイザックが「甘いな」と不敵な笑みを浮かべた。
「俺の家出はお泊り会じゃない、本格的な家出だ。家を飛び出して近くの森に逃げ込んだんだ」
「森に? 大丈夫だったんですか?」
「じつは森の中で迷子になって帰れなくなってさ。夜になったら歩くことも出来なくなって、村中総出で探して見つけてもらったんだ。いやー、あの時は泣いたし怒られたな。あ、でも家出したのは俺だけじゃないからな! あれぐらいの子供は大なり小なり家出してたんだ!」
やんちゃだったのは自分だけではない。そうアイザックが慌てた様子で訴える。
もっとも、小声でポツリと「あれだけの騒動は俺だけだったけど」と呟くあたり、自分が一番やんちゃだった自覚はあるらしい。
そのうえこれ以上は自分のやんちゃ話を続ける気はないようで、「つまり!」と話を続けてしまった。
「ベルナデッタと同じように俺も普通ってことだ。そりゃ強いし頭が良いし格好良いけど、強い奴も頭が良い奴も格好良い奴も他にもいるしな。でも『国宝の竜騎士』が居ると騎士隊に箔がつくから国宝で居てやってるんだ」
「普通なのにそれを隠して特別で居続けるなんて、私たちって良心的ですね」
「本当だよな。もしかしたらそれに関しては普通じゃないかもしれない。普通の人より組織想いで献身的だな」
うんうん、と頷きながらアイザックが自分達を褒める。
これにもベルナデッタは同意した。
普通でありながらそれを押し殺して特別な存在で居続けるなんて、確かに普通より献身的だ。
だが特別な存在であり続けると決めた以上、それを明かせるのはお互いだけ。
そうベルナデッタが話せばアイザックが嬉しそうに笑った。
「二人だけの秘密だな」
子供が秘密を共有するような、楽しげで、いたずらっぽい笑み。
ベルナデッタも同じように笑みを零し、「誰にも言っちゃ駄目ですよ」と秘密を後押しした。




