32:竜騎士さまの欲しいもの
次のベルナデッタの誕生日には、今日果たせなかった一日を。
そう約束した後は自然と普段通りの空気に戻っていった。
話すのは今日の観劇について。
既にアイザックも一度見ていたらしく、あの部分が面白かった、どの部分が一番良かった……、と盛り上がる。
そんな中、ふとベルナデッタは「そうだ」と呟いて自分の手元にある紙袋に視線を落とした。
「アイザック様、これ」
本当は手渡ししたいところだが、今のアイザックは両手で手綱を握っている。彼の事だから片手で操縦したところで問題が起こるとは思えないが、危険な行動はさせない方が良いだろう。
そう判断して軽く掲げるだけにすれば、自分宛のプレゼントとは予想しなかったのか、アイザックが不思議そうに「なんだ?」と尋ねてきた。
「誕生日プレゼントです」
「プレゼントって……、ま、まさか俺に!?」
「はい。といってもたいしたものじゃないんですが」
「そ、そんな、ベルナデッタがくれるものなら何でも嬉しいに決まってる。開けても良いか? あ、でも、操縦……、いや俺なら片手操縦できる! 基本片手操縦は規約違反だが、今回は許される!」
「許されないと思います!」
駄目です! と慌ててベルナデッタがアイザックを制止した。
次いで「私が開けますから」と代替案を提案すれば、納得したのかアイザックが「よろしく」と嬉しそうな声で返してきた。
「そんなに凄いものじゃないんですよ。舞台のお土産はクッキーで、プレゼントは……」
話しつつ、華やかな包装を開けていく。赤いリボンを冗談半分で手綱に結べば、「お洒落になった」と楽し気な声が背後から聞こえてきた。
そうして取り出したのは小さな白い箱。
それを開ければ……、
「ブローチ?」
「はい。アイザック様、会議や研究会に出る時にブローチやネクタイピンを付けてるじゃないですか。だから、プレゼントしたら使ってくれるかなって思って」
プレゼントに用意したのはブローチ。
金の細工で囲まれた美しい代物で、とりわけ目を引くのが中央に嵌められた紫色の石。
本物の宝石ではないが、店員曰く、宝石に引けを取らぬ輝きで同等に人気のあるものなのだという。むしろ宝石よりもこちらの素材をと選んで買う者も少なくないらしい。
そしてなにより惹かれたのが、その石の色……。
「この石、アイザック様の瞳の色と同じで、紫だけど角度によっては赤が混ざるんです」
試しにとブローチを手に取って角度を変えて見せる。もっとも、夜の暗がりのせいであまり色の変化は分からないのだが。
一言で表現するならばこれは『紫色の石』だ。だが紫一色ではなく、光の入り方で濃淡が変わり、角度によってはほんのりと赤色が覗く。
市街地を散歩している時、たまたま通りかかった服屋のショーウィンドウにこのブローチを見つけ、その瞬間にアイザックの顔が浮かんだのだ。
彼の瞳と同じ色、何度この色と見つめ合ったことか。
そうベルナデッタがブローチを見ながら話せば、背後から少し上擦った「そうか」という声が聞こえてきた。
「俺の瞳の色……、そこまで考えて選んでくれたんだな。ありがとう、すげぇ嬉しい」
どこか気恥ずかしそうな、それでいて嬉しいという感情がこれでもかと込められた声。
きっと取り繕うことが出来ず緩んだ表情をしているのだろう。見ようと思って半身捻ろうととするも、先手を取られてがっちりと腕で体を固定されてしまった。
「今見せられない顔してるから……」という彼の声は、先程の嬉しそうな声に少しだけ情けなさが混じっている。
それもまたアイザックらしくて思わずベルナデッタが小さく笑えば、今度は不満そうな色を交えた声で「笑うなよ」と返してきた。これも彼らしいのは言わずもがな。
「もしも何も貰えなかったら、って考えてたんだ。あ、でも、別にベルナデッタがこういう時に何も用意しない子だとは思ってないからな。でもほら、期待しすぎるのもあれだろ?」
「あれ?」
「あ、あれなんだよ。あれ。もしもそうなった場合っていうのを考えてて……。もしも、もしもだからな。でもそうなったら……」
アイザックの話はしどろもどろで、なかなか要点にまで辿り着きそうにない。
これにはベルナデッタもどうしていいのか分からず、右に傾げた首を今度は左に傾げてみた。
アイザックは何を言いたいのだろうか。もしも自分がプレゼントを用意していなかったら、その時は……。
「もしかして、何か欲しい物があるんですか?」
プレゼントを貰う者が指定するのはよくある話だ。
そう考えて問えば、図星を突かれたからかアイザックが「えっ!?」と体を震わせた。
「い、いや、物というか、物ではないんだけど……。でもその……、無いというわけではなく……!」
「ふむふむ。物ではないが、無いわけではない。つまり物以外のなにかを求めているんですね」
プレゼントが物以外というのもよくある話。
つまり頼み事だ。あれをやって欲しいこれをして欲しい、自分の代理に物事をこなして欲しい……等々。
だがここでベルナデッタが再び首を傾げたのは、彼の頼み事が予想出来ないからである。
アイザックは何でもできる男だ。いわゆる文武両道、智勇兼備。騎士としての強さは言わずもがな、知力でも彼に敵う者は居ない。そのうえ国宝と呼ばれて竜騎士隊の隊長の座にもついている。
そんな彼が、わざわざ誕生日プレゼントとして頼むことは何か?
それほどのことを自分は出来るのか……?
むむむ、とベルナデッタが悩む。――思わず出た唸り声に、アイザックが「分かりやすく悩んでて最高に可愛い」とうっとりとしているが、生憎と思案中のベルナデッタは気付かなかった――
「別に難しいことじゃないんだ。無茶を言う気もないし、断ってくれても良い。ただ、その、教えてほしくて……」
「教えて欲しいこと? 私でよければ教えますけど」
「そ、それなら、他の奴等が知らないベルナデッタのことを教えて欲しいんだ!」
意を決したと言わんばかりの勢いでアイザックが告げてくる。
彼の言葉に、ベルナデッタはわけが分からず「私のこと?」とオウム返しのように返した。先程から頭上に浮かんでいた疑問符がブワッと嵩を増した気がする。
「なんでも良いんだ。些細なことでも。あ、もちろん言いたくないことは言わなくていいからな。でも何かあれば教えて欲しいなって……、ずっと思ってたんだ……」
話し始めこそ勢いがあったものの、アイザックは次第に語気を弱め、最後の方ではもごもごと口の中で呟くかのようになってしまった。
国宝の竜騎士という異名からは想像できない弱々しさ。それでも「俺だけに……」と小さな声量で訴えてくる。
自分だけにという提案、それでいて訴える声は小さく、だけど必死に求めてくる。そのギャップがくすぐったく、ベルナデッタは小さく笑みを零すと「いいですよ」と了承の言葉を返した。
「本当か!」
「はい。アイザック様にだけ教える私のこと……、それは、」
「そ、それは……!」
あえて勿体ぶった口上を置けば、アイザックが食いついてくる。
その反応もまた面白く、だがこれ以上は焦らすまいと考えて口を開いた。
「それは、私が普通の女の子だっていうことです」




