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獣騎士ちゃんは竜騎士さまに愛されすぎている  作者: さき


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28/52

28:特別な一日をドタキャンする特別な理由

 


 アイザックも事件が起こる直前まで出掛けるつもりだった。

 今日のために用意した一張羅。喫茶店とレストランは予約をしたし、見に行く舞台のチケットも持った。忘れていないか鞄を確認した回数は数え切れないほど。

 すべてはベルナデッタと素敵な一日を過ごすため……!

 そんな気合いを入れつつ、がっついてはだめだと気合いを隠し、向かったのは待ち合わせ場所の公園。……ではなく竜騎士隊の詰め所。


 どうしても今日中に終わらせないといけない仕事があったのだ。

 といっても最終確認と書類にハンコを押すだけ。十分もあれば終わる、仕事とすら言えないような仕事だ。

 現に、竜騎士隊の詰め所を訪れて僅か五分程度で仕事は終わってしまった。


 そうして、いざ待ち合わせ場所に! ……と意気込んだところ。


「大変だ!」


 と、一人の騎士が詰め所に飛び込んできた。

 その騎士が探していたのは、ちょうど詰め所に居合わせていた老年の騎士。

 曰く、老年の騎士の娘が今朝方産気付き、その連絡が入ったのだという。

 孫の誕生。だが予定よりだいぶ早いうえに酷い難産で、更に娘の夫は長期の出稼ぎに出ていて間に合わないらしい。


 この話に詰め所内が一気にざわついた。

 市街地で乱闘騒ぎが起こった時よりも、始祖竜の存在が確認できたと報告された時よりも、聖獣に育てられた人間の少女が居るという情報が入った時よりも騒然とした。――この話に、ベルナデッタとアイザックが「孫には負けますね」「孫だもんな」と頷き合った。孫の誕生に勝るものなし――

 本来ならば老騎士が娘のところに行ってやるべきだ。だが彼はこれから会議に出なくてはならないという。

 代理を頼むのはほぼ不可能な重要な会議。経験豊富な彼がいなくては進められず、当然出席する者も各分野の重鎮ばかり。予定の調整を幾度と行って今日になった。それほどの会議なのだ。


「奥様も今は別の娘さんのところに居らっしゃるんですよね? 行けるのは貴方だけです。早く!」

「いや、だが会議が……。私情で会議を伸ばすことは許されん」


 だから無理だ。娘には可哀想だが一人で乗り越えてもらうしかない。

 そう老年の騎士が悔し気に言い切る。本音を言えば今すぐにでも娘のもとに駆け付けたいのだろうに。

 この話に誰もが心苦しいと顔を顰めた。出来るならば変わってやりたいが、自分達には代理は務まらない。なんて悔しいのか。不甲斐なささえ胸に湧く。


 そんな重い空気を「早く行け!」という荒々しい声が切り裂いた。


 言わずもがな、声をあげたのはアイザックだ。


「アイザック、だが会議が」

「会議は俺が出る! 竜騎士隊の隊長かつ国宝の俺だぞ、代理としてはお釣りがくるくらいだ!」

「そ、そうだが……。でもお前にも今日は予定が」

「孫だろ!? 孫が生まれるんだろ!!」


 早く行けおじいちゃん!! とアイザックが声をあげれば、感化されてか他の騎士達も彼を急かしだした。

 その声に後押しされ、老騎士もまた決意を抱いたように「後を頼む!」と言葉を残すと詰め所を飛び出していった。




 ……そうして、今に至る。


「つい咄嗟に……、だって孫が生まれるって……、俺おじいちゃん子だからつい。ごめんなベルナデッタ……!」


 アイザックの嘆きと謝罪の声の切なさといったらない。今すぐに土下座しだしかねないほど。

 そんなアイザックに対して、ベルナデッタはなるほどと頷いて返した。


「それで今日の予定はキャンセルだったんですね」

「ごめんな……。舞台のチケットはあげるから誰かと見に行ってきてくれ。出来れば女性で。仮にどうしても男と行くって言うなら、十歳以下もしくは四十歳以上の身元がしっかりしている俺の知ってる男と行ってきてくれ。……でも出来れば女性が良い。こんな希望を言う権利が俺にあるとは思っていないけど、それでも出来れば、叶うなら、もしもほんの少しでも俺の意見を聞いてくれるのなら女性で……」


 情けない声で訴えながらアイザックが一通の封筒を差し出してきた。

 中には舞台のチケットが入っている。詳細は分からないが、覗き込んだ他の騎士が「おぉ」と感嘆の声を漏らすあたり良い席なのだろう。


「貰っていいんですか?」

「貰ってくれ。今の俺にはそれぐらいしか出来ることがないんだ……。本当にごめんな。せっかく休み取ってくれたのに」

「そんなに謝らないでください。それよりお仕事頑張ってくださいね!」

「お、おう……。頑張る……」


 ベルナデッタが気合いを込めて鼓舞する。

 だがアイザックの返答は上擦ったものだった。普段の彼ならば「俺に任せろ!」とベルナデッタに負けぬ気合いを見せるか、「うん、頑張るぅ!」とご機嫌で返してくれるかなのに。

 どうしたのだろうか、とベルナデッタが疑問を抱くも、それを問うより先に詰め所の扉が開かれた。入ってきたのは王宮勤めの者で、今日ある会議の資料を追加で持ってきたのだという。アイザックが代理として出席する会議だ。


「これ以上いると邪魔になっちゃいますね。そろそろ失礼しますね」

「あ、ベルナデッタ……」

「アイザック様、今日のことは本当に気にしないでください! では、失礼します!」


 お仕事頑張って! と最後に一言声を掛け、ベルナデッタは詰め所を後にした。



 ◆◆◆



 ベルナデッタが去って行ってしばらく、詰め所内には何とも言えない沈黙が漂っていた。

 誰もが気まずそうに顔を逸らし、書類を持ってきた王宮勤めの者さえも気圧されて言葉を発せずにいる。

 そんな中、アイザックが盛大に溜息を吐いた。


「俺が悪いとはいえ、もう少し惜しんで欲しかった……!」


 という悲痛な訴えが詰め所内に響く。

 これに返事をしたのはセルジュである。なんとも言えない彼の表情は、渋々対応してやるかという気持ち半分、憐れみ半分といったところか。


「ベルナデッタらしいと言えばベルナデッタらしい反応ですが、まぁ、確かにあれは……」

「だよな。せめてもう少しガッカリするとかさ……! あの格好見ただろ? 普段と違う余所行きって感じで最高に可愛かったよな? まぁ他のやつがベルナデッタを可愛いと思うことは不服ではあるんだが、そんな俺の嫉妬心はさておきあれは確実に今日の為の服なんだよ! いままで見た事ないワンピースだったし! ってことは今日を楽しみにしてたってことじゃん!?」

「悔しさと罪悪感でいつにもまして口数が多い……。しれっとベルナデッタの服を把握しているし。だけど確かに普段は見ない系統の服装でしたね。年頃の、それも余所行きという服装でした」

「だよな。つまり今日のためってことだよな? なのにあのあっさり感!? いや分かってるよ? 俺だってベルナデッタが怒ったり不満を言ったりする性格じゃないって理解してるし、あの反応こそがベルナデッタなんだよ。だけど、でも、少しぐらいは……! 少しぐらいはこう、残念がったり、なんか、こうさぁ……!!」


 なんと言って良いのか分からず、それでも訴えたい。そんな気持ちでアイザックが「なぁ!」と周囲にいる騎士達に同意を求めた。

 まったくもって的を得ない言動である。

 だが周囲の騎士もセルジュも彼の言わんとしている事を察し、誰もが苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。


「確かに多少残念がって後ろ髪を引かれるぐらいはしても良いとは思いますね。それが無いということは、ベルナデッタは特に今日を楽しみにはしておらず、脈無し……、いえ、これ以上の発言はやめておきます。痛手どころか致命傷になりかねませんね」

「ばっちり致命傷になってるんだが? やばい、胃が痛い……。会議には出るけどずっと泣いてそう……。早めに会議終わったら残りの時間は『アイザック様を慰める会』にしていいかな」

「いいわけないでしょう。ですが流石に今回は会議のためなので、私がベルナデッタに話を聞いてきます。アイザック様は会議の資料を進めておいてください。他の方々はアイザック様が作業を放棄して泣き出した時の対処を」


 的確に指示を出し、セルジュがベルナデッタを追うように詰め所を出ていく。

 扉が閉められる直前、「誰か温かくて甘い紅茶を淹れてぇ……」というアイザックの情けない声が詰め所から漏れ出た。





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