27:特別な一日の朝
予定が無くてもどこかに遊びに行きたくなるような、まさにお出かけ日和と言える天気。
窓からは心地良い風が吹き抜け、晴天の空には真白な雲がゆっくりと流れていく。
なんて清々しいのだろうか。陽気な天気につられるようにベルナデッタの気持ちも明るくなり、素敵な一日になると期待に胸を弾ませていた。
……のだが、
「仕事なんですか?」
とベルナデッタが疑問を口にしたのは竜騎士隊の詰め所。
居合わせたのは何とも言えない表情のセルジュと、気まずそうな竜騎士隊員数人。
それと……、
「ごめんベルナデッタ……、本当にごめん……。素敵な一日にするはずなのに! 孫が……、孫が生まれるから……!!」
と、泣き言を漏らしながら書類の山に囲まれるアイザック。
彼から漂う負のオーラと言ったらなく、今日の為におめかしをしていたベルナデッタは「孫?」と首を傾げてしまった。
◆◆◆
話は昼前に遡る。
ベルナデッタは自宅である宿の自室で外出の準備をしていた。
今日のために買ったワンピース。普段は騎士隊の制服かシンプルなシャツとズボンが多いが、時には可愛いものも良いだろうとレースがあしらわれた一着を選んだ。それに合わせるのは余所行き用のブーツ。普段は動きやすさ重視で三つ編みにしている髪も今日は解き、前々から買っておいたカチューシャを着ける。
中々に良い組合せではなかろうか。姿見の前で前でくるりと回って確認して「可愛い」と自画自賛し、それだけでは足りずにクッションの上で寝ているロニアに「どう?」と尋ねてみた。
返ってきたギャウという鳴き声は虎そのものだが、ベルナデッタには褒め言葉だと分かる。可愛い、似合っている、そんな意味合いの鳴き声だ。
「今日の主役は私じゃないけど、せっかく誘ってもらったんだからおめかししないとね」
ギャウギャウ
「そんなに褒めないでよ。でも、ロニアもルスタールも留守番で二人で行きたいって何かあったのかな? 舞台は分かるけど、いつもの喫茶店ならロニアも入れるのにね」
…………
「突然の沈黙と冷めた目はやめてよ……。何が言いたいのさ」
先程まで褒めていたというのに突然冷たい態度を取るロニアに、ベルナデッタは問いながら眉間に皺を寄せて詰め寄った。
もっとも、返ってきたのはフンッ!という強めの鼻息だけである。これもまた呆れの色が強く、挙げ句にポスンとクッションに顔を埋めてしまった。もう話す気はないと言いたいのだろう。
ますます意味が分からない、とベルナデッタがロニアを睨みつける。だが問い詰めようとした瞬間、扉がノックされた。
「ベルナデッタ、いま騎士隊の方が言伝に来たんだけど」
窺うように部屋を訪ねてきたのは宿屋の女主人であるグレース。
ベルナデッタとロニアにとっては第二の母でもある。
「言伝?」
「えぇ、アイザック様から。なんでも今日の予定をキャンセルしてほしいんですって」
「キャンセル?」
グレースの話にベルナデッタはオウム返しするしかない。
あれだけ今日を楽しみにしていたのにキャンセルとはどういう事だろうか?
アイザックとは何度も出掛けているが、急にキャンセルを言い出した事など今まで一度も無かった。彼はいつだって時間前に待ち合わせ場所に居て、自分の姿を見つけると嬉しそうに笑ってくれていたのに……。
「騎士隊から言伝ってことは、仕事が入ったのかな。行ってみようか」
クッションに座るロニアの頭を撫でながらベルナデッタが話しかければ、ロニアがふんすと鼻息を吐いた。
じっとりとした金色の目は物言いたげである。恨みがまし気な目で見つめられ、ベルナデッタも渋い顔をして返した。
「そりゃあ今日は置いていく予定だったけど、それが変わったんだから付き合ってくれてもいいじゃん」
……グルル
「調子が良いって? 末っ子なんてそんなもんだよ。可愛い妹が可愛い格好して一人で出掛けて、もし不埒な輩に声を掛けられたらどうするのさ」
ベルナデッタが訴えるがロニアは一向に動く様子を見せず、完全に伏せの体勢に入っている。動かそうにも重く、それならばとクッションごと引っ張ろうとすればギャウと文句の声があがった。
頑として動くまいという強い意志が伝わってくる。意外と頑固なロニアはこうなると中々折れてくれないのだ。
そんなやりとりにグレースの楽しそうな声が割って入ってきた。クスクスと品の良い笑みはまさに娘を見守る母親のものだ。
「姉妹喧嘩はそこまでにして行ってきなさい。アイザック様もお休みが潰れてガッカリしてるでしょうし、ベルナデッタが顔を出せばきっと喜ぶわ。ロニアも拗ねてないで付いて行ってあげて」
幼い子供を諭すような声色のグレースの話を聞くや、先程までクッションに伏せて動くまいとしていたロニアが徐に起き上がった。挙げ句すたすたと部屋を出て行ってしまうではないか。
途端に態度を変えたロニアに、ベルナデッタは唇を尖らせて「どっちが調子が良いのさ」と文句を言いつつ鞄を掴んでその後を追った。
そうして竜騎士隊の詰め所へと向かえば、そこには書類に囲まれて嘆くアイザックの姿があった。
見れば彼は騎士隊の制服ではなく私服を着ている。濃紺色の上着とズボン、ベストには刺繍で柄が描かれており随分と洒落ている。以前にパーティーに出るために用意した正装という程ではないが、それでも質が良くセンスの良さを感じさせる服だ。普段着の中の一張羅といったところか。
まるで、今日のためにワンピースを用意していたベルナデッタのように……。
「名探偵ベルナデッタちゃんの推理だと、アイザック様は少なくとも朝は出掛けるつもりだったんでしょう。だけど何者かによって仕事を負わされてしまった……。ヒントは孫? 孫に働かせられているということ?」
「ベルナデッタ、ごめんな……、孫が……孫が生まれるから……! 俺はここから逃れられないんだ。孫が!」
「孫……。しかも言い方からするとこれから生まれる孫……。謎は深まるばかりですねぇ。それで、どうしてアイザック様は仕事してるんですか?」
名探偵の誇りをあっさり投げ捨ててベルナデッタが問えば、アイザックが切なげな声で「それがなぁ」と話し出した。




