25:優しくて可愛くて獰猛
「……強い」
今まで戦った誰よりも、今戦っているベルナデッタは強い。断言できる。
聖獣とのコンビネーションも見事としかいいようがない。聖獣に跨りつつもバランスを崩すことは一切無く、むしろ人知を超える動きの聖獣を己の手足のように動かし、そして動きに合わせて自らも剣を振るう。
聖獣はベルナデッタの手足であり、同時に、彼女もまた聖獣の手足になる。息の合った動きは一個体なのではと錯覚させるほど。
竜に乗るアイザックは有利な上空からの攻撃を主にしているが、どれだけ迫ろうとベルナデッタには届かず、それどころか上空に引く際には聖獣の跳躍力で迫られていた。
その反射神経も判断力も身体能力も、なにもかもが優れている。何度すんでのところで避けて冷や汗を掻かされたか。
そんな彼女の強さは、聖獣から離れても変わらない。
最初こそそれぞれパートナーと組んで戦うが、しばらくすると彼等とは離れて生身で戦う。これは元より予定されていたものだ。
圧倒されていた観客達も流石にそこからはアイザックの圧勝だろうと考えていた。あまりに体格が違いすぎるし、アイザックは単身でも国宝と呼ばれるほどの強さなのだ。
だが当のアイザックだけは違うと分かっていた。
ベルナデッタは聖獣と離れても強い。彼女の強さはパートナーが居ても居なくても揺るがない。
現に、単身での戦いが始まってもベルナデッタの強さが劣ることはなかった。
「凄いな……、まじかよ」
譫言のように呟き、眼前に迫るベルナデッタに剣を振るう。
隙を突いた一撃。満身の力を込めた。並の騎士では防ぐことは出来ず、仮に防げたとしてもバランスを崩すだろう。
だがベルナデッタはその一撃を受け止め、そのまま身を翻して受け流してしまった。まるで花びらがふわりと舞うように軽い動き……。
かと思えば次の瞬間にはアイザックの脇腹を目掛けて一撃を放ってくる。先程の軽やかな動きが嘘のような素早く鋭い一撃。アイザックが剣の刃で受け止めれば甲高い音が響き渡った。
もはや誰も歓声すらあげず、その音に気圧され息を呑む者も少なくない。
「あれ、さっきの子か……?」
「そのはずだけど、……でも、雰囲気が違うよな」
そんな囁き声が聞こえてきた。この空気に圧倒されながらも辛うじて絞り出した声だと分かる。
その声を聞き、アイザックは自然と自分の口角が上がるのを感じていた。笑う場ではないと分かっていても笑んでしまう。
目の前のベルナデッタは確かに一緒に市街地を歩いたあの少女だ。
だけど纏う空気が違いすぎる。おっとりとしていた目元は今はぎらつき、まるで獰猛な獣のように隙を狙ってくる。
一瞬でも気を抜いたら容赦のない一撃を放ってくるだろう。鬼気迫る威圧感、瞳の奥に宿った凶暴さ、それを隠しもせずに真正面からぶつけてくる。おかげで模擬試合だというのを忘れてしまいそうだ。
「だけど悪いがそろそろ終わりにさせてもらう。長引かせると進行第一男にどやされるからな」
互いに距離を取り、アイザックが荒れた息を整えながら告げた。
ベルナデッタも終幕を感じ取っているのだろう、細く深く息を吐いて己を整えている。剣を握る手に力が入るのが見えた。
次の一撃で終わる。
終わらせなければならない。とても惜しいけど。
ベルナデッタも惜しいと思ってくれていると嬉しいな。
そう考えてアイザックが剣を構えるのとほぼ同時、ベルナデッタがまるで獣が迫るような速さで眼前に詰めてきた。
彼女の持つ剣が真っすぐに突きを狙ってくる。狙うはアイザックの喉元。
それをアイザックは剣で弾き、ほんの一瞬だけ生じたベルナデッタの隙をついて横払いの一撃を放った。だがそれをベルナデッタが身を翻して躱し……、
そんな彼女を追うように、アイザックは自分の体ごとぶつかりにいくように前に一歩踏み出した。
「……っ!」
体当たりという追撃は予想していなかったのか、ベルナデッタが目を見開く。咄嗟にバックステップを取るも、突きの前傾体勢だったため稼げた距離は僅かだ。それすらもアイザックが追い詰める。
アイザックからしたら避けるのを許さず、ベルナデッタからしたら避けきれず、二人の体が衝突する。
となれば単純な体格勝負である。当然アイザックの方が体格は勝るうえ勢いもある。力負けしたベルナデッタは大きくバランスを崩し、後ろにぐらりと体を傾けた。
たとえばここで彼女を抱きしめて守ったら格好良かったかもしれない。
残念。
場違いな事を頭の片隅で考え、アイザックは先程のベルナデッタのように鋭い突きを放った。地面に尻もちをついた彼女をなおも剣先で追う。
一瞬、すべての音が消えたかのように静けさが周囲を包んだ。
はっ……と微かに聞こえてきたのは、喉すれすれに摸造刀を突きつけられたベルナデッタの呼吸音だ。彼女の頬を伝う汗が顎に溜まり、アイザックの持つ摸造刀に落ちた。
「勝負あり、だな」
静かに、それでもはっきりと告げる。
ベルナデッタからの返事はない。その代わりに、彼女はぎらついた瞳をゆっくりと閉じた。同意し、己の負けを認めたのだ。
審判がここにきてようやく勝負の終わりを高々と告げるあたり、きっと圧倒されていたのだろう。観客達に至っては更に一寸置いてから歓声と拍手を送ってくる。
「負けちゃった……。噂通りの強さですね」
「ベルナデッタもかなりのもんだろ。これほど追い詰められたのは初めてだ」
互いに称え合いながら、アイザックはいまだ座り込んだままのベルナデッタへと手を差し伸べた。
立ち上るように促せば、彼女も素直に手を掴んでくる。
……小さな手だ。柔らかい。
熱いのはつい今しがたまで剣を握りしめていたからだろう。
その手にぎゅうと握られ、アイザックは己の心臓が大きく跳ねるのを感じた。先程までの激闘で荒ぶるのとは違う、大きく、響くように、ドクンと跳ね上がったのだ。
「戦ったらお腹が空いちゃいましたね」
へにゃと音がしそうなほど柔らかくベルナデッタが笑った。
獰猛な獣のような威圧感もどこへやら、温かくぬるま湯のような、否、お湯どころかホットココアのような温かさと甘さのある笑み。
近付いてきた聖獣に「負けちゃったねぇ」と抱き着く様はあどけなさしかない。
可愛くて優しくて、でも獰猛で強くて、だけどやっぱり可愛くて……。
ベルナデッタのことを考えれば考えるほど、彼女の良い所が浮かんで、頭の中がぐるぐると回る。
極めつけは、聖獣に抱き着いていたベルナデッタがパッとこちらを向いて告げてきた言葉。
「アイザック様、また美味しいお店を教えてくださいね」
眩いほどの明るい笑顔。
彼女の橙色の瞳が、彼女自身が、まるで晴天の太陽のように輝いて見える。
その瞬間、アイザックは自分が恋に落ちるのを……、もとい、完全に落ち切っていることを自覚した。
◆◆◆
「……というのが、俺とベルナデッタの馴れ初めだ」
「そうだったんですね。……あの、皆さん、終わったみたいです。寝ている方は起きた方がいいかと」
話し終えてほぅと吐息を漏らすアイザックに対して、フィンは何とも言えない表情で、ひとまずコイバナの終わりを周囲に告げた。
眠っていた者達が欠伸をしながら起き出す。扉が開いていることに気付くと一人また一人とぞろぞろと退出し、「あーよく寝た」だの「久しぶりの外の空気だ」だのといった声が聞こえてきた。中にはなぜか二度寝としゃれこむ者もいる。
コイバナが終わったとは思えない空気だ。もっとも、始まった時もコイバナとは思えない阿鼻叫喚絵図だったのだが。
「ベルナデッタは可愛くて優しくて、でも戦うと凄く強いんだ」
「それは以前に僕も見ました。あれは確かにアイザック様に次ぐ強さですね」
「そうそう。特に瞳がぎらついて、ロニアと並ぶとベルナデッタも虎みたいだろ。仮に剣がなくても敵の首元を噛み切ってでも殺さんとするぐらいの気迫だし。あれぞ獰猛、まさに獰猛。獰猛という言葉は戦闘時のベルナデッタのためにある」
「……好きな人への褒め言葉とは思えないんですが、でも、そこまでアイザック様はベルナデッタ先輩を想ってるんですね」
なるほど、とフィンが頷いた。
内心では納得八割、これ以上アイザックを喋らせてはいけないという気持ち二割だ。このあと獣騎士隊の詰め所に行かなければならないので、二時間コースおかわりは避けねばならない。
そう考えて話を終わりにと思ったところ、ふと、窓の外に見慣れた姿を見た。
鼻歌交じりに歩いている、あれは……。
「ベルナデッタ先輩ですね」
「えっ!? あ、本当だ!」
アイザックがガタと勢いよく立ち上がり、そのまま詰め所の出口へと駆けて行く。
詰め所に残されたのは、フィンと、数人の竜騎士。一人が時計を見上げて「さすがだな」と呟いた。
「ちょうど二時間ぴったりだ。時間管理も完璧とは、さすがアイザック様だな」
「二度とアイザック様に恋愛の話は振らないようにしますね」
「それが良い。来年以降も新人騎士が入ったらフィンから忠告してやってくれ」
先輩騎士が託すようにポンと肩を叩き、詰め所から去っていく。
それを見届け、フィンは窓の外へと視線をやった。アイザックとベルナデッタが楽しそうに話している。
「来年以降、か……」
小さく呟かれたフィンの声に気付く者は居らず、詰め所内は元々の厳かな空気を取り戻していた。




