24:新人獣騎士ちゃんと先輩竜騎士さまの初めての共同(?)作業
思わずあげた歓喜の声に、自分自身で「いや違う」とはっと我に返る。
「落ち着け俺、今考えるのはそれじゃない。え、えっと……、仲間だったんだな、コート着てたから気付かなかった」
「あ、そうか、コートで制服が隠れちゃってたんですね。私ってば名乗らず申し訳ありません。今年入隊しました、名前は」
少女が名乗ろうとする。だがそれに「アイザック様!」とアイザックを呼ぶ声が被さった。
セルジュだ。彼は小走り目に近付いてくると、アイザックと隣に立つ少女を交互に見た。
「アイザック様、協力していただきありがとうございました」
「いやぁ、協力したとは言っても結局見つからなかったからさ。それでいったん戻って来たんだ」
「……え?」
「そもそも、探そうにもその獣騎士の見た目が分からないんだよな。名前も忘れちゃったし。まぁ、それでも見つかるだろうと思って探してみたんだけど無理だった」
「アイザック様、なにを仰って……」
「それでさぁ、今更で悪いんだけど、その獣騎士の名前ってなんだっけ? どんな見た目?」
お小言無しで教えて、とアイザックが問えば、セルジュが唖然とした表情を浮かべた。
呆れと疑問を綯交ぜにしたような表情だ。普段から冷静沈着なこの男にしては珍しい表情である。
そんな表情でしばらく硬直した後、セルジュはゆっくりと息を吸い……、
なぜか盛大に溜息を吐いた。
それはもう、これでもかと深い溜息である。
あまりの溜息の深さにアイザックも思わず身構えてしまう。これならお小言の方がマシだ。圧が違う。
「な、なんだよ……。別に俺も無策で歩き回ってたわけじゃないからな。制服なら目立つし見つかると思ったんだよ。そんな露骨に溜息吐くことないだろ」
「……探していただきたかった騎士の名前は、ベルナデッタ・ルルチェカ、といいます」
「はい!」
セルジュの言葉に、静かにやりとりを見守っていた少女が元気の良い返事をした。ぴんと背を伸ばして更に高く手をあげる。
これには今度はアイザックが「え?」と間の抜けた声を漏らし、手を挙げたままの少女を見る。
「名前……、ベルナデッタって言うのか?」
「はい。ベルナデッタ・ルルチェカと申します」
「えーっとそれで……、セルジュ、探していた獣騎士の名前は」
「ベルナデッタ・ルルチェカです」
「はい!」
二人から話を聞き、アイザックは「ふむ」としばし考え込んだ。
これはつまり……。
「こ、これから一緒に仕事が出来るのか……。俺は竜騎士隊の隊長を勤めてるアイザックだ。改めてよろしくな」
「貴方がアイザック様だったんですね。お噂は聞いております。これからよろしくお願い致します」
ベルナデッタが改めて頭を下げてくる。彼女の銀色の三つ編みがふわりと揺れた。
それを見て、アイザックは自分の胸の内が喜びと期待で高鳴るのを感じ……、
「模擬試合が前倒しになったんですね。ではアイザック様、正々堂々、力の限り、戦いましょう!」
と、今まさに恋心を抱いたばかりの相手に、溌剌とした声で宣戦布告をされた。
◆◆◆
「分かるか? 好きだと自覚した瞬間にげんきいっぱいの宣戦布告をされた俺の気持ちが……」
とは、話し終えたアイザックの溜息交じりの言葉。
これには向かいに座るフィンも何と言って良いのか分からず、「胸中お察しいたします」とだけ返した。実際はあまりお察し出来ていないのだが、これしか返しようがないのだ。
「で、ですが、偶然とはいえ凄い出会いですね。運命的とも言えるかもしれません。それでベルナデッタ先輩に惹かれたんですね」
「確かにそうだ。だがそれだけじゃない。フィン、時計を見てみろ」
「時計……」
アイザックに促され、フィンが時計を見上げる。
気付けば話し始めて一時間が経過しようとしている。……一時間だ。
「二時間コースって言ってただろう。まだ前半だ」
「まだ話をされるんですね……」
「コイバナって言うのは一度始まったら止まらないし止めちゃいけないんだ。今はちょっとしたインターバルだな。ちなみにこのインターバルを含めて二時間を予定している」
「そうですか……。お茶を淹れてきます。アイザック様も飲みますか?」
長くなるのならと覚悟を決めてフィンが立ち上がれば、アイザックが「よろしくー」と間延びした返事をしてきた。
コイバナが始まる前はあれだけ逃げようとしていた周囲の騎士達も、今はすっかりと各々の作業に戻っている。仕事を進める者もいれば寝ている者もおり、中には「俺の分も」と便乗する者もいる。
書類を手にして歯痒そうに扉を凝視しているのは、きっと書類提出に行きたいのだろう。気付いたアイザックが「お前は出て行って良いぞ」と許可を出してルスタールに扉を開けさせた。コイバナに没頭して仲間を閉じ込めているとはいえ、仕事の重要性は忘れていないようだ。
この慣れ切った雰囲気を見るに、アイザックのコイバナがいつもの事なのは火を見るよりも明らか。
呆気にとられつつもフィンが椅子に戻れば、満面の笑みのアイザックが「それでな!」と続きを話し出した。
◆◆◆
だいぶ遠回りになったものの、件の獣騎士ベルナデッタを見つける事が出来た。
時間的にも間に合ったようで、予定変更したのにそれを戻して……という面倒臭いことにもならずに済んだ。
良かったと話すセルジュの声色には安堵の色すらある。だがアイザックは感謝の言葉を告げられても気分は晴れず、陰鬱とした空気を纏って頭を抱えていた。
「ベルナデッタが例の獣騎士……。あんなに可愛くて優しい子と、模擬試合とはいえ戦わないといけないのか……」
「今回はアイザック様だけではなくルスタールと組んで戦ってもらいます。もちろん、向こうも聖獣と組んできますから、注目度は過去一ですよ」
「まだ出会ったばかりなのに、剣を交えるなんて……」
「何があって今の状態なのかは分かりませんが、手を抜くなんて真似はしないでくださいね。あぁ、どうやら向こうも準備が出来たようです。ではいってきてください」
「……もうちょっと話を聞くとかしてくれよ」
あっさりどころではないセルジュの対応にアイザックが文句を言う。だが返ってきたセルジュの言葉は「進行第一」である。
「スケジュールに魂を売った男め」
「はいはい、そうですね。売りましたよ。ではいってきてください」
恨みがまし気にアイザックが睨みつけるも、もちろんこれにセルジュが怯むわけがなかった。それどころか早く行くようにと急かしてくる。
ぐぅ……とアイザックは小さく唸り声をあげ、それでも促されるままに模擬試合の場へと向かっていった。
模擬試合は訓練場で行われる。
この日のために簡易的ながら決闘場のような設備が設営されており、周囲を観戦者が囲む。
騎士はもちろん王宮関係者もこの模擬試合を見にくるため、かなりの人数と賑わいだ。より大人数が見られるようにと客側に段差を設けているのだからよっぽどである。もしかしたらメインであるはずの入隊式よりも力が入っているかもしれない。
とりわけ今年の模擬試合は『国宝の竜騎士』VS『聖獣に育てられた獣騎士』という異例過ぎるカードなのだ。注目度は高く、今までの模擬試合には興味が無かった者も観戦に来ている。満員御礼どころか溢れかえりそうなほど。
「みんな暇なんだな……」
観戦者達の歓声を浴びながら、アイザックは決闘場へとあがった。
この場に立つのもこれで四度目。最初の年は挑戦者として挑んだが、それ以降はずっと迎え撃つ立場だ。もちろん初年度から負け知らず。
だからどれだけ歓声が上がろうと緊張はしない。今年も冷静に迎え撃つのみ。……そのはずだった。
「やる気に満ちて両手がグーになってる……、可愛い……!」
緊張ではない感情に胸が高鳴る。緊張ではない鼓動の早まりを感じる。これで冷静になんてなれるわけがない。
なにせ決闘場の向かいに立っているのはベルナデッタ。つい今しがた恋心を自覚したばかりの相手なのだ。
彼女の隣に座っているのは虎型の聖獣。ベルナデッタは己の聖獣に対して「頑張ろうね」とやる気に満ちた声をかけている。両手をぐっと握っているのは気合いの表れか。
「たまらなく可愛い……。いや駄目だ、今は試合に集中しないと」
はたと我に返り、顔付きを真剣なものに変えた。
隣にいるルスタールの体をポンと叩く。硬い鱗で覆われた、少しひやりと冷たい体。触れると冷静になれる。
その冷静さを失わないようゆっくりと息を吸った。自分の感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる……。
「行くぞルスタール。俺とベルナデッタの記念すべき初の共同作業。絶対に成功してみせる」
「アイザック様、よろしくお願いしますねー」
「はーい、頑張ろうなぁー!」
ベルナデッタに声を掛けられるや、途端にアイザックの表情が和らいでしまった。数秒前に纏ったはずの張り詰めた空気が四散するのが自分でも分かる。分かったところでどうしようもないのだが。
このやりとりに観戦者達も違和感を覚えたのか、「アイザック様の様子がおかしいな」だの「春かな」だのと囁き合う。
今年はあまり面白い試合にはならないかもしれない……、と、そんな事を話して勝手に落胆する者達すらいた。それほどまでのアイザックの蕩け具合なのだ。
もっとも、観戦者達の勝手な落胆は、いざ試合が始まるとすぐさま撤回された。
期待通り、否、期待以上。むしろ過去一番見応えのある試合といえる。
そう誰もが息を呑みながら眼前の戦いを見守っていた。新人騎士達はもちろん王宮の関係者も、それどころかベルナデッタの先輩や上官にあたる者達すらも、ただ圧倒されるばかり。
だが誰よりも驚いていたのはアイザックだ。




