21:コイバナ(二時間 途中休憩有)
「アイザック様は、どうしてそこまでベルナデッタ先輩の事を想っているんですか?」
というフィンの質問に、竜騎士隊の詰め所が一瞬にして静まり返った。
耳が痛くなりかねないほどの沈黙。普段は雑音に掻き消される時計の音がこの時ばかりは大きく感じられる。呼吸すらも躊躇われる静けさ。
これにはフィンも動揺を隠せず、「えっ、あの……」と周囲を窺った。その躊躇いの声もまた詰め所内に妙に響く。
「な、なにかまずい事を聞いてしまいましたか?」
「いや、良いんだ。むしろよくぞ聞いてくれた」
慌てるフィンをアイザックが宥めた。
ぽんぽんと優しく肩を叩き、そっと背中に手を添えて誘導し、テーブルセットの一脚に腰掛けさせる。
そうして自らは向かいの席に腰を下ろし、ふぅと一息吐き……、
「俺がなぜベルナデッタに惹かれるのか、そもそも俺達はどう出会ったのか……。存分に語ってやろう!」
と、高らかに、嬉しそうに、宣言をした。
それが響いた瞬間、静まり返ったはずの詰め所内が今度は一転して騒がしくなった。
……他の騎士達が徐に立ち上がり出口へと走り出したからだ。
「逃げろ! これは二時間コースだ!!」
「ドアが開かない!? まさかルスタールが押さえてるのか!? 窓だ!窓から逃げろ!!」
「駄目だ、窓も他の竜に押さえられてる! おい、どうして裏切るんだ!」
ドアや窓に張り付き誰もが悲鳴じみた声をあげる、阿鼻叫喚とさえ言える光景ではないか。
唖然としていたフィンの表情が次第に引きつっていく。何が起こっているのかさっぱり分からないが、自分が何かしらの発端になってしまったことは分かるのだ。それは分かるがどうしていいのか分からないし、あとこのテンションについていけない。ゆえの引きつった表情である。
そんな詰め所の中、唯一アイザックだけは冷静にこの光景を眺めていた。どことなく表情は得意げであり、よく通る声で「落ち着けお前達」と慌てる仲間達を宥める。
「扉はルスタールが、窓はルスタールが指示を出した他の竜達が押さえてる。人間には脱出不可能だから諦めろ」
「アイザック様、なぜそんなことを……?」
「なぜって、決まってるだろ。コイバナをするためだ!!」
力強いアイザックの断言が阿鼻叫喚絵図の詰め所内に響き渡った。
コイバナ。恋愛についての話。もちろん阿鼻叫喚絵図の中で語るものではない。……のだが、そもそもコイバナをするがゆえの阿鼻叫喚絵図である。
「あ、あの、なにがなんだかよく分からないんですが、なにかを始まらせてしまった事は分かります。みなさん、巻き込んでしまい申し訳ありません……」
引きつったままの表情でフィンが周囲の先輩騎士達に詫びれば、諦めたのか彼等も騒ぐのをやめ、数人が気にするなと片手をあげてフォローを入れてくる。
「フィンが謝る必要は無い。『面倒くさい事になるうえに拘束されるからアイザック様に恋愛話を振るな』と教えておかなかった俺達のミスだ。だがこうなったら一蓮托生、共に二時間、監禁されよう」
「まぁ仕事はできるし、ぼーっとしててもいいし、二時間なんてあっという間だ。それに給与はちゃんと出るからな。フィン、お前も好きに過ごしてろよ」
「そうなんですか……。でも、僕はちゃんとお話を聞かせていただきます」
自分で話題を振ったのだから、とフィンが慌ててアイザックに向き直った。周囲は「律儀な奴だ」だの「これが公爵家の責任感か」だのと感心しつつ、各々の仕事へと戻っていく。
静寂から騒がしくなり、かと思えば一転して空気が冷め切った。どれにせよコイバナの雰囲気ではないのは言うまでもないのだが。
そんな周囲の態度でもアイザックは話す気満々なようで、フィンが「どうぞ」と促せば、瞳を輝かせながら語り始めた。
◆◆◆
今から約二年前、新人騎士の入隊日。
真新しい制服に身を包む新人騎士達は初々しさで溢れている。これからの生活への緊張、訓練についていけるのかという不安、活躍して名を上げるのだという気合と期待。それらすべてが彼らの初々しさに拍車を掛け、輝かんばかりではないか。
そんな新人騎士達を、アイザックは少し離れた場所で眺めていた。気付いた数人がヒソヒソと小声で話し合い、次いで深く頭を下げてくる。
次いで聞こえてくるのが「あれが国宝の」だの「なんて凛々しい姿」だのという誉め言葉。一つ一つは小声だが、重なるとこちらにまで届いてくる。
近付いて挨拶するのは面倒だが、かといって無視をするのも上官としていただけない。そう考えてアイザックがひらひらと片手を振れば、新人騎士の集団からワァと声があがった。
「アイザック様、こちらにいらしてたんですか」
声を掛けてきたのは副官のセルジュ。
手にしている資料は今日のスケジュール表だろうか。
今日は入隊日だけあり通常訓練は無く、式典や騎士隊への配属式が行われる。アイザックも式典で挨拶をする予定である。
それになにより、重要な行事が……。
「模擬試合なんですが、午後から天候が崩れる可能性があるため、配属式の前に行われることになりました」
「雨が降るのか。だからルスタールが外に出たがらなかったんだな」
「雨の中で模擬試合をして、観客含めて全員揃って風邪を引いた……。なんて事になったら、国を護る騎士隊として面目丸潰れですからね」
「そりゃ確かに情けないな」
セルジュの話に、アイザックがけらけらと笑った。確かにこれは情けない話だ。
セルジュが言う『模擬試合』とは、入隊日の行事の一つ、新人騎士の代表と先輩騎士の一騎討である。
もちろん命を懸けて戦うわけではなく、どちらが負けたところで何があるわけでもない。
新人騎士が勝てば「今年の新人は活きが良い」と周囲は湧き、先輩が勝てば「さすがだ」と湧く。もちろん敗者を非難する声は一切あがらず、新人が負ければ「これからに期待」と、先輩が負ければ「新人に花を譲った」と好意の声があがるだけだ。
つまりたんなる催し、それも余興に近い。
お堅い式典ばかりで緊張している新人騎士達のリラックスタイムとも言えるだろう。
実際に毎年盛り上がり、強張った表情をしていた新人達もこの時ばかりは楽し気に声援を送っている。
この模擬試合に出るのは、先輩側からはアイザック、そして新人騎士からは入隊時の実技試験で一位を取った者である。
試験は聖獣や竜は抜きで行われるため、言ってしまえば、新人の中で一番強い騎士。
「今年は確か件の獣騎士だったよな」
「えぇ。実技試験の得点は抜きん出てますよ。同期の中どころか、騎士隊ひっくるめても上位にくる強さです。……筆記試験は散々ですが」
「七歳まで聖獣に育てられて、今はまだ十四歳だろ? 足し算と引き算が出来りゃ上出来だよ」
「……足し算と引き算は出来るようです。掛け算は微妙に間違えてましたが」
セルジュが溜息交じりに話す。その声色が普段より低いあたり、件の獣騎士の筆記試験はそれほど酷いのだろう。
これは言及しない方が良さそうだ。そう判断し、アイザックは話を模擬試合に戻すことにした。「そんなに強いなら楽しみだなぁ」という己の声が若干白々しい気もするが。
「アイザック様がやる気になってくださるのは有難いです。新人以外も楽しみにしてますからね。……ただ、その相手が見当たらないんですよ」
「見当たらない? どっかで手続きでもしてるんじゃないか?」
「手続きを終えて聖獣は検査をしているんですが、獣騎士の方がどこにも……。もしかしたら模擬試合まで外で時間を潰しているのかもしれないんです」
話すセルジュの声はまさに参ったと言いたげだ。竜騎士隊の副官、かつ騎士隊全体での管理職にも就く彼は仕事が多く、式典一つの変更でもあちこち連絡して調整してと忙しい。そのうえ模擬試合の騎士が見当たらないのだから溜息が深くなるのも仕方ない。
予定を変更するための手配は終わった。だが肝心の騎士が見つからず、下手すれば予定変更の取り消しでまたあちこち走り回らなければならない……。そんな心労が溜息からひしひしと伝わってくる。
「大変だなぁ」
「竜騎士隊の隊長がもう少し細事を担ってくだされば、私の負担も減るんですけどね」
「国宝たる俺はドンと頂点に構えていればいいんだ! 存在している、それが何よりの仕事!」
「……はいはい、その通りです」
もはや反論する気もないと言いたげなセルジュの返事。
気持ちが一切籠っておらず、代わりに疲労がこれでもかと込められている。おまけにもう一つ溜息を吐いた。今までで一番深い溜息だ。
「仕方ないから、件の獣騎士ちゃんを探しに行ってやるよ」
「よろしいんですか?」
「俺も晴れてるうちに模擬試合をやりたいしな。一昨年、雨が降る中で模擬試合をやっただろ? あの後ルスタールが拗ねて、ご機嫌取りに苦労したんだ」
だからと歩き出せば、セルジュが「よろしくお願いします」と声を掛けてきた。




