19:家族とひとの探し物
翌朝、早い時間に山へと向かう。
ガイドのアイザック曰く、山への立ち入りは許可制なうえ、許可を得ても制限時間があるのだという。
この話にベルナデッタは思わず目を丸くさせてしまった。実家が国で管理されているうえパワースポットになっており、更に制限時間まで設けられているなんて……。
「そのうち整理券が導入されたらどうしよう」
思わず呟けば、話をしていたアイザックが「整理券取る時は協力するから」と買って出てくれた。
そうして山へと入る。
早朝の山は空気が冷たく澄んでおり、胸いっぱいに吸い込めば清々しさを感じられる。鳥の声もいつもより高く響き、草木も色濃い。
心地良さにベルナデッタはググッと背筋を伸ばし……、
次の瞬間、聞こえてきた咆哮にはっとそちらを向いた。
誰もが驚き、声のもとを探る。そうしてガサと草を揺らして現れた巨大な虎の群れに、ヴァレールや学者達が体を強張らせた。彼等の顔に一瞬にして緊迫感が宿り、体が強張る。
……のだが、
「パパ! ママ! みんな!」
と、ベルナデッタだけが嬉しそうに声をあげて、怯えも警戒もなく巨大な虎の群れへと突っ込んでいった。
体当たりさながらの勢いで一匹の虎に抱き着く。「ママ!」と呼んで体に顔を埋めれば、虎もまた顔をベルナデッタへと擦り寄せてきた。他の虎達もベルナデッタを囲み、顔を擦り寄せたり嗅いだりとくっついてくる。
巨大な虎が計六匹、おかげで小柄なベルナデッタは橙色の波に呑まれるように埋もれてしまった。
四方八方からぐるぐると喉を鳴らす音とふんすふんすと嗅ぐ音が聞こえ、先程まで聞こえていた鳥の鳴き声も一切届かない。
この光景に誰もが唖然とし、だが一人早々に落ち着きを取り戻したアイザックが「ロニア」と声を掛けた。
まるで橙色の毛糸玉のように絡み合っていた虎の集団から一匹がひょこと顔を上げ、アイザック達の元へと近付いてくる。
「わざわざ迎えに来てくれたんだな。ありがとう。さすがに全員揃うと圧巻だな」
グルルルル
「そ、それで、お父様とお母様はどちらかな? もちろん御兄弟にも挨拶するがやっぱりまずはお父様とお母様だろう。間違えたりしたら失礼だからな」
いそいそと鞄から手土産を取り出しながら話すアイザックに、ロニアが呆れの表情でふすんと鼻を鳴らした。
そのやりとりでようやく体の強張りが解けたようで、ヴァレールが盛大に息を吐いた。フィンや学者達に至ってはいまだに緊張の面持ちでベルナデッタ達を見ている。彼らの硬直が解けるにはもう少しかかりそうだ。
「事前に聞いていたが、目の当たりにすると気圧されるな……。迫力が桁違いだ」
「確かに圧巻の光景だよな。なによりベルナデッタのご家族ときた。これに緊張するなというのが無理な話だ」
「……いや、うん、そうなんだが。まぁいいや、とりあえず挨拶に行こう」
「俺が一番最初に挨拶するからな!」
「それならさっさと行ってきてくれ」
ヴァレールが溜息交じりに「いってらっしゃい」と告げれば、アイザックが緊張した面持ちで手土産片手に虎の集団へと近付いていった。
無事アイザックの挨拶も済み、ヴァレールとフィンがそれに続く。
その頃には体を強張らせていた学者達も話が出来る程度には落ち着きを取り戻し、いよいよ実地調査の開始となった。
今回は周辺環境の調査がメインらしく、学者達は土や草木を採取していく。曰く、この土地には聖獣が生息しやすい条件が揃っている可能性がある、とのこと。もっともそれも不確かなもので、それを確かめるための調査である。
学者達の話はどれも『あくまで仮説ですが』という前置きのあふやさ。
ただでさえ難しい話で、ベルナデッタからしたら猶更ピンとこない。
「よく分からないものを実証するための調査って大変ですね」
とは、横たわる母親の体にべったりとくっつくベルナデッタ。
その向かいでは「甘えん坊で可愛い」と表情を緩ませるアイザック。
ヴァレールとフィンは調査を手伝っている。彼等からの手助け要請にベルナデッタは「ニンゲンのコトバ、ワからない……」と自然に返ったふりをして聞き流し、アイザックは「今日はガイドで来てるから」ときっぱりと拒否をして今に至る。
「聖獣も竜も、なんかその土地が神聖だったり、神聖なものがあったりすると生まれるらしい」
「神聖?」
「俺も詳しくは知らないんだけど、凄い力がワーッと湧き上がって、その土地に聖獣や竜が生まれるんだと。ただ普通なら生まれても一匹か二匹なんだ」
「うちみたいに、みんなが聖獣になるんじゃないんですか? 猫とか犬は一回の出産で五匹ぐらい産みますけど」
「普通なら五匹生まれてもそのうちの一匹が聖獣になるだけだ。そうじゃないとこの世はマンボウの聖獣で溢れかえるだろ。……聖獣? 聖魚?」
聖獣もとい聖魚はいるのか? とアイザックが首を傾げる。
そんな彼に、母親の体にべったりと抱き着いていたベルナデッタは「なるほど」と納得の声を漏らした。
「私の家族も実家もそんなに珍しかったんですね」
「そういうことだ。現に学者達はこの機会を逃すまいと必死に調査してるしな。まぁ俺はガイドだから手伝わないけど! 竜騎士として俺を連れてきてれば手伝ってやったのにな!!」
「アイザック様、のけ者にされかけたことを恨んでますね。……ん? ママ、どうしたの?」
ゆっくりと顔を上げる母親に気付き、ベルナデッタが母を呼ぶ。
巨大な虎である母は周囲に散らばる学者達をぐるりと見回し、グルル……と一度喉を鳴らした。
次の瞬間、
『ひとのこ、さがしもの、ここにはない』
ベルナデッタの頭の中に声が響いた。
耳に届いたのではない。頭の中に直接。
「っ! なんだ今のは!」
驚愕の声をあげたのはヴァレール。隣にいるフィンも驚き、学者達も突然のことに硬直している。
中には頭を押さえる者もおり、まるで超常現象を目の当たりにしたかのようではないか。
しばしその場に緊張感が走った。
……その場にだけ、だが。それもかなり限定的である。
なにせ、彼等から少し離れた場所にいるベルナデッタとアイザックはと言えば、
「ママのこっちの声、久しぶりに聞いた」
「今のがお母様のお声ですか。ベルナデッタに似た鈴の音のようなお声ですね」
と、のんびりと会話をしているのだ。
慌てて割って入ってきたのはヴァレールである。
「ベルナデッタ、今の声って……!」
「ママの声ですよ」
「人間の言葉だったぞ!」
「そうですよ。ママは喋れるって前から言ってたじゃないですか。私に人間の言葉を教えてくれたのはママですよ」
「そ、そうか……。確かにそうなんだか……、実際に聞くまで信じられないというか……。いや、信じてなかったわけじゃないんだ」
驚いただけだと必死に言い訳をするヴァレールを、ベルナデッタがじっとりと睨みつける。
だが母親がむくりと起き上がるとさすがに睨むのを止めた。というより、母親に抱き着いて全体重を預けていたため、バランスを崩してゴロンと転がってしまったのだ。無様に転がる姿にアイザックから「可愛い」という誉め言葉が上がるが、これはなんとも恥ずかしい。
「ママ、起き上がるならちゃんと言ってよ。でもどうしたの?」
『ひとのこ、の、さがしもの』
「何を探してるのか分かるの?」
ベルナデッタが問えば、母がグルルと一度喉を鳴らした。
次いでゆっくりと歩き出す。数歩進んでこちらを振り向くのはついて来いという意味だ。
ヴァレールが緊張した面持ちでゴクリと生唾を呑み、「行きましょう」と学者達を促す。彼等もまた顔を強張らせながらも移動の準備をし始めた。
張り詰めた空気が漂う。……やはり一部にだけなのだが。
なにせベルナデッタとアイザックはと言えば、
「あっちには家しかないんですが、家に探し物があるんですかね?」
「い、家!? つまりベルナデッタが育ったお家に訪問!? そんな聖地巡礼が出来るなんて……!」
と、相変わらず緊張感の欠片も無い会話をしている。ーーアイザックはアイザックで緊張しているのだが、これは別件であるーー




