17:「ただいま」「おかえり」
「大人げは持ち合わせてないが、代わりに知能と権力を持ってるからな。実地調査に付いていくぐらいどうってことないさ」
得意げにアイザックが話すのは汽車を降りて馬車に乗り込んですぐ。
そんな彼の話を、ベルナデッタは渡されたガイドブックを眺めながら聞いていた。
「私の村、名産品なんてあったんですね。えっ、『聖獣が住む山は立ち入り禁止とされているが、遠目で眺めてもご利益があるため、近くを通る馬車や電車のルートが人気』って書いてある! 実家がパワースポットになってる!?」
「故郷って意外と知らないこと多いよな。俺の実家も『国宝の竜騎士アイザックの出生の土地』としてパワースポットになってるかも」
「入場料金を設けられないことを願うばかりですね」
「実家に帰るたびに入場料金は嫌だなぁ」
そんな会話を交わしつつ、村に向かって馬車に揺られる。
ベルナデッタが生まれ育った村は汽車の停まる大きな街から随分と離れており、辻馬車を何度も乗り継ぐ必要がある。それも街から離れれば離れるほど辻馬車も少なくなっていくので、下手すると馬車の乗り継ぎだけで半日掛かることもあるほどだ。
なので今回は馬車を数台貸切って移動することになった。ーーこの手配はアイザックが行ったのだが、さすがガイドの資格持ちという手際の良さで、学者達は軽く引いていたーー
「俺も同じくらいの田舎出だけど、辻馬車はまだ俺の村の方が多かったな。ベルナデッタは村から出て王都に来る時は辻馬車と電車で来たんだろ?」
「いえ、馬車も汽車も乗らずにずっとロニアに走ってもらったんです。実を言うと王都に出るまで汽車に乗ったことがなくて、初めて乗ったのも騎士隊に入って最初の長期休暇の時だったんです。その時、グレースさんに凄い心配されて……」
『ちゃんと個室を取ったから、汽車に乗ったらこの切符に書いてある個室を探すのよ。もし見つけられなかったら駅員さんに探してもらいなさい。あと、走ってる方向に合わせた席に座らないと酔っちゃうかもしれないから気を付けて。駅に着いてもそんなに長く停まっていないから、あんまり個室のなかで荷物を広げちゃ駄目よ。それと窓は開けても良いけど手を出さないようにね』
「って、凄い心配されちゃったんです。グレースさん、宿の仕事があるのにギリギリまで一緒に行くって言って、止めるのに苦労したんですよ」
「可愛さと微笑ましさが大渋滞で胸が苦しい」
吐息交じりにアイザックが胸を押さえる。だがベルナデッタとしては子供扱いされているみたいでなんとも恥ずかしい話だ。
自分で言っておきながら居心地悪くなり、せめてと「今はもう切符も自分で買えますからね!」と胸を張っておいた。
返ってきたのはアイザックからの拍手と、フィンと研究員からの生暖かい微笑みだった。
◆◆◆
ベルナデッタの故郷は本人が言う通り田舎である。
総人口は三十人も無く、近辺の村との交流は盛んだがそれより先まで足を延ばす者はあまりいない。
広大な自然に囲まれており、草木と家屋が溶け合うように並ぶ光景は爽快さを感じさせる。
ベルナデッタとアイザックには馴染みのある光景だ。眺めているだけで帰って来たのだと実感が湧き、この景色の中を走り回った幼少時代を思い出す。
だがフィンやヴァレールにとっては珍しいようで、彼等は馬車を降りるや感嘆の声を漏らしていた。
「凄いな……。本当に、なんというか……、なんというか何も言うべきものが無いというか」
「回りくどく殺風景って言ってません?」
「いや、悪い。こう見えて王都生まれの王都暮らしだから、ここまでの地方には来たことが無いんだ」
ヴァレールが苦笑交じりに謝罪してくるが、なんと白々しいのだろうか。
それに対してベルナデッタは失礼なと咎めようとし……、「ベルナデッタ!」と自分を呼ぶ声にパッと振り返った。
一人の女性が小走りに駆け寄ってくる。
「お母さん!」
女性の姿を見て、ベルナデッタもまた彼女に走って近付いた。
勢いのままに抱き着けば、母もまた抱きしめ返してくれる。背の高さはあまり変わりないはずだが、まるで包み込まれるような安堵感だ。
「おかえりなさいベルナデッタ。長旅で大変だったわね。ロニアは汽車が苦手って言っていたけど、疲れていない?」
ベルナデッタを片腕で抱きしめつつ、もう片手をロニアへと伸ばして問う。その声色も口調も優しさで溢れている。
聖獣に育てられていたベルナデッタを引き取り、人間としての人生を整えた第二の母。
ロニアに対しても恐れる様子はなく、ふすふすと鼻先を寄せられると臆することなく撫でている。
「ベルナデッタ、そろそろ落ち着いて、皆さんを紹介してくれないかしら」
「あ、そうだね。ごめんねお母さん。久しぶりだからつい……、お父さん!!」
一瞬離れたものの、背後から歩いてくる父の姿を見つけてベルナデッタが飛びついた。
ロニアもいそいそとそちらへと向かい、自分も撫でてくれと前足でアピールしだす。
これは話が始まらない、と誰もが顔を見合わせて苦笑し合った。
なんて微笑ましい空気だろうか。
「ご、ご挨拶と手土産を……、でも親子の再会を邪魔するのは野暮か? だけどここでアピールしてお父様とお母様に覚えていただかなくては……! あぁ、でもグイグイいくと逆に引かれるかもしれない!」
と、一人手土産を持って右往左往するアイザックを抜かして、長閑に穏やかに時間が過ぎていった。




