16:実家に帰るだけの美味しいお仕事
ベルナデッタは元々王都から離れたとある村で生活していた。
詳しく言うのであればとある村の山である。鬱蒼と木々が生い茂る山の中で聖獣に育てられていたのだ。
七歳になった時『聖獣に育てられている子供がいる』と世間に知られ、それ以降は山の麓にある村で人間の夫婦に育てられた。その後、十四歳で王都に呼ばれて騎士隊に入隊して今に至る。
波乱万丈が過ぎるベルナデッタの生い立ちは、当然だが国内で知らぬ者は居ない。本人が隠しもせず平然と話すのだから猶更だ。
「私とロニアの両親に会いたい?」
不思議そうにベルナデッタが首を傾げたのは夕刻の訓練所でのこと。
ちょうど訓練も終えて詰め所に戻ろうとしていたところ、ヴァレールに呼び止められたのだ。彼と、フィン、それに見慣れぬ男が数人。仕立ての良い服を着ており、聞けば学者だという。
そんな面々がいったい何かと尋ねたところ、ヴァレールが代表して話し出し、先程のベルナデッタの疑問である。
「別に構いませんけど……。どうして両親に? 私達が可愛くて良い子だから育児の秘訣を聞きたいんですか?」
「子供を自己肯定感高く育てる秘訣なら知りたい気はするが、今回は単なる研究員達の実地調査だ」
「実地調査? 私の家族を?」
なんで? とベルナデッタが更に首を傾げる。
「大自然で暮らす仲良し大家族を」
「聖獣が、生活している場を自分達の目で見てみたいそうだ」
あえて『聖獣』と強調したヴァレールの説明に、ようやくベルナデッタは納得したと頷いた。
ベルナデッタにとってロニアを始め両親や兄弟達は家族だ。人間の家族となんら変わりはない。
だが世間的に見れば彼等は聖獣。貴重な存在である。調べたくなるものなのだろう。
そういう事かと話せばヴァレールが頷いて返してきた。静かにやりとりを見守っている学者達も真剣な表情で頷いているあたり、相当重要な調査なのだろう。
「聖獣は単独で人間の前に現れて命約を結ぶことが殆どで、極稀に複数で居てもせいぜい二匹。家族という明確なコミュニティが観測されているのはベルナデッタとロニアのところだけだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、だから世界中の学者が実際に調査に赴きたいと思っている。……が、国はそれを禁止してるんだ」
「禁止?」
「ベルナデッタが育った山を国が買い取って、地元民以外の立ち入りを禁止してる」
聖獣が群れで、それも明確なコミュニティを作って生活するという貴重な場所。繁殖という点でも前例はない。
その道の研究をしている者は勿論、一目見てみたいと思う者は後を絶たないという。
だがそれらすべてを受け入れるわけにはいかない。
ただの探求心や好奇心ならまだマシで、どうにかして命約を結ぼうとする者が出たり、果てには他国が戦力欲しさに接触する可能性もあるのだ。
そういったことを危惧し、国は聖獣の群れが生息する山を囲い込むことにした。
立ち入りを許可されているのは周辺で暮らす者達や、許可を得た極一部の者。
「それで、そちらの学者さん達が許可を得た極一部の方なんですね」
「そういうことだ。だが山に入ったところで聖獣が現れるとは限らない。だからベルナデッタに同行して欲しいと。正式な獣騎士としての任務だから特別手当も出るぞ。もちろんロニアの分もな」
「実家に帰省してお手当もつく。素晴らしい仕事ですね」
なんて美味しい仕事だろうか。これにはベルナデッタもにんまりと笑ってしまう。
おまけに学者達までも「よろしくお願いいたします」と頭を下げてくるのだ。美味しいうえに気分が良いとは、これ以上の仕事は無い。
そうベルナデッタがニマニマしていると、「ちょっと待った!!」と威勢の良い声が聞こえてきた。
現れたのはアイザックである。
詳しく言うのであれば、土汚れが目立つアイザックである。綺麗なはずの騎士隊の制服が泥まみれだ。
「アイザック様、どうしたんですか?」
「歩いていたら突然頭上から網が落ちてきてさ、そのうえ一歩進んだら落とし穴。脱出するのに苦労したよ」
「網? 落とし穴? なんでそんな」
「なんでってそりゃ…………」
言いかけ、アイザックが言葉を止めた。
途端に彼の顔が厳しいものに変わる。じっとりとした目で睨むのは……、ヴァレールと、そして一部始終を静かに聞いていたフィン。
フィンは何とも気まずそうな表情で視線を逸らし、対してヴァレールは眉を顰めている。
そんな二人にアイザックが詰め寄っていった。
「俺抜きでベルナデッタのご両親に会いにいくとか聞いてないんだけど?」
「ちっ、セルジュの奴めへましたな。こうなるからアイザックを足止めしておく手筈だったのに……」
「舌打ち!? お前達そうやって気軽に俺に舌打ちするの止めろよ! 国宝だぞ! 国宝ということ抜きにしても傷付くだろ!」
酷い! とアイザックが喚き、次いでフィンに向き直った。
自分の番だと察したフィンが露骨に顔を背ける。
もっとも、アイザックはお構いなしと強引に肩を組んで顔を寄せた。
ガンをつける様は国宝とは思えない柄の悪さだが、元々の麗しい顔なので妙に様になっている。……絡まれているフィンには顔の麗しさなど関係無いだろうが。
「俺を差し置いてベルナデッタのご両親に挨拶しに行くとは、随分と大胆な行動に出たなぁ?」
「いえ、べつにベルナデッタ先輩の両親に挨拶するわけでは……」
「しないのか!? しろよ! ベルナデッタの両親を見に行くんだろ、ちゃんと挨拶しろよ。失礼だろ!」
「どうしろって言うんですか……。そもそも、差し置いても何も、アイザック様はベルナデッタ先輩の故郷の山には入れませんよ」
「……なんで?」
フィンの話にアイザックが間の抜けた声を漏らす。
これには話を聞いていたベルナデッタも「え?」と疑問の声をあげ、説明を求めてヴァレールを見た。
「命約を交わしていない聖獣は言ってしまえば大型の危険な獣だ。当然だが扱いは慎重になる」
「家族を危険な獣扱いされるのはだいぶ不服なんですけど」
「文句は上層部に言ってくれ。それで、そんな聖獣と竜を合わせたら何が起こるか分からないだろう。下手に両者が威嚇して取っ組み合いに……、なんてなったら、巻き込まれた人間は堪ったもんじゃない」
聖獣は人間よりも一回り二回り大きな生き物だ。竜に至っては見上げるほどの体躯をもつ竜もいる。
そんな聖獣と竜が戦ったら……。なるほど、確かに大事だ。場所が悪ければ一般市民が巻き込まれる可能性もある。
ゆえに、命約を交わしていない聖獣と接触する人間は慎重に厳選されるらしい。今回の実地調査も、数多の希望者がいたが幾重にも厳選して今この場にいる数名が選ばれたのだという。
「というわけで、竜の気配を勘付かれたらまずいからアイザックは同行できないんだ。とりわけ竜の中でも始祖竜だからな、近付いただけで聖獣が威嚇して……、なんて事になりかねない」
「威嚇……」
「同行するのも俺とフィンだけだと命じられてる。聖獣が複数だから今回の実地調査はかなり慎重に行われてるみたいだ」
そういうわけだから、とヴァレールが結論付けた。
話は終わったと察してか学者達が彼に話しかける。フィンも加わり、途端にベルナデッタは蚊帳の外だ。
そんなベルナデッタの隣にアイザックが立った。彼は話に参加する気はないようで、学者やヴァレール達を眺める表情はどこか他人事のようである。涼し気でいて、そしてどこかつまらないと言いたげでもある。
「竜の気配だの威嚇だの、大袈裟だよなぁ。俺だって別に竜騎士として聖獣を見に行くわけじゃなくて、たんにベルナデッタのご家族に会いに行きたいだけなのに」
話を大きくしすぎだと話すアイザックの口調には呆れの色さえある。
ベルナデッタはそんな彼の言葉に「そうですよねぇ」と同意を返した。
◆◆◆
それから十日後、ベルナデッタの故郷へと出発することになった。
聖獣について研究している研究者五人と、彼等の護衛としてヴァレール。彼の聖獣であるホーキンスは今回は留守番である。
それと後学のためにと同行するフィン。そして案内役のベルナデッタとロニア。計八人と一匹である。
「ガイド? ガイドなんて呼ぶんですか?」
ベルナデッタが首を傾げたのは、汽車に乗り込んでしばらくしてから。
四人用の個室にはベルナデッタとロニア、フィン、そして研究者が一人。他の者達は別の個室にいる。
「なんでも、ベルナデッタ先輩の故郷である村に行くにはガイドを連れないといけない……、という事になったそうなんです。つい数日前にですが」
「ガイドって、村出身の私とロニアがいるのに? どうして?」
「どうしてというか、おおよその予想はつくというか、この後の展開が手に取るように分かるというか……」
「謎は深まるばかりですねぇ」
ふむ、とベルナデッタは真剣な表情で考え込んだ。
故郷の村はどこにでもあるような田舎村だ。山を含めても同様。似たような風景は国中どころか国外にだってごまんとあるはず。
ガイドの必要性は皆無。むしろガイドはいったい何を案内するというのか。案内するようなもの一つない田舎さなのに。
それも必須とはどういうことか……。
真剣に悩むベルナデッタをよそに、フィンと研究員は何とも言えない表情をしている。ロニアに至っては大あくびをし、寝心地を整えるとゆっくりと目を瞑ってしまった。
そんな何とも言えない空気の中、ベルナデッタだけは「ガイド……、いったいなぜ……」と真剣に考えていた。
そうして汽車を降りて直後、
「ガイドを務めさせて頂きます、アイザックです! 皆様に、特に一名に、詳しく言うならベルナデッタに、良い旅をお届けします!」
これでもかと良い笑顔のアイザックが待ち構えていた。『ベルナデッタと他数名 歓迎』と書かれたボードを掲げながら。
思わずベルナデッタは目を丸くさせてしまった。なにせ件のガイドはアイザックだったのだ。
「なんでアイザック様が……!?」
驚愕の声をあげる。
もっとも、そんなベルナデッタの背後では、
「まぁ、こうなるとは思いましたね……。むしろここで別のちゃんとしたガイドに来られても困るというか……」
「セルジュのやつ、アイザックを閉じ込めておく手筈だったのに。あいつは詰めが甘いんだよな」
と、好き好きに話しながらフィンたちが移動の準備をしていた。




