14:難易度爆上げさまとデッドライン先輩
窃盗団の件が落ち着いてしばらく、騎士隊内に妙な空気が漂い始めていた。
訓練がきつくなっているわけでもないのに誰もが疲労の色を見せ、普段はのんびりと過ごしている休憩時間も本を読んだり勉強をしている。かと思えば妙に吹っ切れた表情で休憩時間を優雅に過ごす者もいる。
中には「騎士は剣で戦ってこそだ」と豪語し、やたらと訓練に励む者もいた。
「定期考査?」
そんな異質な空気の中で呟かれたフィンの言葉に、ベルナデッタは本を片手にコクリと頷いた。
「騎士隊内の一斉筆記試験です。年に一度あるんですが、入隊の時に説明されませんでしたか?」
「僕は他の方々とは違う手順での入隊だったので……。でもそんな試験があるんですね。どうしよう、僕なにも準備をしていなくて」
「大丈夫ですよ。別に酷い点数を取ってもペナルティも何もありませんから」
落ち着いて、とベルナデッタがフィンを宥める。
だが彼は顔を青ざめさせ「ですが」と上擦った声を出した。
「竜騎士隊と獣騎士隊で勉強させて頂いているのに、恥ずかしい点を取ったら皆様にお見せする顔がありません」
「そんなに真剣に考えなくて大丈夫ですよ」
「ですが……」
「そうそう。フィンはあれこれと深く考えすぎだ。どんな点数取ったって良いんだから軽い気持ちで考えろって。それにまだ入隊して半年だろ、試験よりも生活の安定を優先するべきだ」
な! とアイザックがフィンの肩を叩く。
なんて爽やかな笑顔だろうか。これにはフィンも安心するようにアイザックを見つめ……、
「騙されるな、フィン! そいつは難易度爆上げ様だ!!」
という他の騎士達の言葉にビクリと肩を震わせた。
「な、難易度爆上げ様……!?」
「だからその名前で俺を呼ぶなって! 失礼だぞ!!」
アイザックが騎士達に向けて怒鳴るが、彼等は臆することなく、それどころか恨みがましげな視線を向けている。
同じ志を持つ騎士、それも竜騎士隊の隊長、そのうえ国宝と呼ばれる存在に向けて良い視線ではない。
だが彼等から漂う恨みの空気と言ったらなく、さすがのアイザックもそこに突っ込んでいく気にはならないのか唸って睨み返すだけに留めている。
そんなやりとりを見ていたフィンが気まずそうに「あのぉ」とアイザックに声をかけた。そろりと控えめに上げる片手が些か情けない。
「アイザック様が問題を作ってるんですか?」
「いや、問題を作るのは別の部署の奴等だ。だがそいつらよりも俺は頭が良い」
はっきりとアイザックが断言する。謙遜の欠片も無い、自信に溢れた断言だ。
これにはベルナデッタも拍手を贈った。……恨みがまし気な一団からは舌打ちが上がっているのだが、あちらは気にするまい。
「それならどうしてアイザック様が難易度を?」
「問題を作る連中より頭が良い俺は、当然だが試験で全科目満点を取る。すると問題を作ってる奴等はプライドが傷付けられるみたいで、翌年更に問題を難しくする。だが俺はその難しくなった問題も完璧に答える。なぜなら頭が良いから」
「なるほど、それで難易度がどんどん高くなっていくんですね。確かに他の騎士に恨まれるのは仕方ないというか……」
「俺は解ける問題を解いてるだけだ。それに恨む時間があれば一問でも多く過去問題を解いて点数を上げればいい。まぁどれだけ勉強しても、俺みたいに全教科満点は無理かもしれないけどな!!」
高らかに告げるアイザックからは自信が満ち溢れており、全身から漂う勝者の余裕といったらない。
そして彼が煽れば煽るほど、それに比例して騎士達の一団から漂う恨みがまし気な空気が濃くなっていく。
なんという悪循環だろうか。だが両者互いに引く気はないようで、詰め所内の空気は張りつめる一方だ。
そんな中、参考書を読み込んでいた一人がさっと手を上げ「難易度爆上げ様」と彼を呼んだ。
「分からない問題があるんで教えてくれませんかー?」
「教えるけどさ! その呼び方やめろよ! 教えるけど!!」
怒りながらもアイザックが騎士達の元へと向かっていった。
ドカと荒々しく椅子に座り彼等を睨み、「で、どこがわかんないんだよ!」と尋ねる。荒々しいが優しさが滲み出ている。
そんなアイザック達を眺めつつ、ベルナデッタが「そういえば」と話し始めた。
「アイザック様はこの時期『難易度爆上げ様』と恐れられていますが、私も私で恐れられているんですよ」
「ベルナデッタ先輩もですか? もしかして、ベルナデッタ先輩も頭が良くて」
「いいえまったくそんなことはありません」
「く、食い気味の否定……。でも、そ、それならどうして」
「以前にも話しましたが、私は七歳まで森の中で虎の聖獣に育てられました。そこから十四歳まで村で過ごして、騎士隊に入って二年経ち今に至ります」
「は、はい。存じております……」
「つまり人間社会に出てまだ九年。ペンを手にして紙に文字を書き始めてたったの九年です!」
恥じることもなく――そもそも恥じる必要があるとは思っていない――、ベルナデッタが断言する。
その勢いに気圧されたのかフィンがゴクリと生唾を呑んだ。心なしか表情にも緊張の色が見える。
彼の反応を見て、ベルナデッタは更に勢い付けて話を続けた。
「そんな私に試験の点数で負けるのは騎士として人としてどうかと思う、という意見があがり、私は『デッドラインちゃん』と呼ばれています!」
ドヤァ! とベルナデッタが胸を張って己の異名を高らかに宣言した。
「デッドラインちゃん……」
「後輩にはできればデッドライン先輩と呼んでもらいたいところですね」
「わかりました。……デッドライン先輩」
上擦った声でフィンが呼び直す。表情も引きつっている。
だがベルナデッタはそんなフィンの反応には気付かず、得意げに胸を張っていた。
そんなやりとりの中、「騒がしいな」と窺いながら入ってきたのはヴァレールである。いったい何の話をしているのかと問う彼に、フィンが代表するように定期考査についてだと返す。
「あぁ、だからか。フィンも覚えておけ、この時期はアイザックとベルナデッタの周辺はやかましくなる。静かに勉強したければ二人から離れることだ」
「は、はい……」
「失礼な言い方ですね。私もアイザック様も静かに勉強してるのに周りがやかましく騒ぐんですよ」
ベルナデッタが不満を訴えれば、騎士達の集団から「ほんとだよ!」と賛同の声があがった。言わずもがなアイザックである。
勉強を教え終えたのか、彼が再びこちらに戻ってくる。
「あいつら、勉強教わるくせに俺のこと難易度爆上げ様って呼んでくるんだぞ。失礼だろ!」
「そう思うなら試験の手を抜いたらどうだ」
「い、や、だ、ね! 俺は今年も満点を取って難易度も平均点も爆上げしてやるんだ!」
「私もいっぱい勉強してデッドラインを上げていきますよ!」
アイザックにつられてベルナデッタもやる気を出せば、一角からブーイングが上がった。国を守る立派な騎士達からあがっているとは思えない、私怨がこもった情けないブーイングだ。
もちろんこれは無視である。ヴァレールが呆れたように「騒いでる暇があれば勉強してろ」と御尤もな意見で黙らせた。
そうして各々仕事に、もとい勉強に……、となりかけたのだが、解散直前でフィンが上擦った声で「あの」と話を続けた。
「どのような勉強をしておけば良いんでしょうか? どの分野から出題されるのかとか、どういった問題が出されるのかとか……。もしあれば過去の試験問題を頂けるとありがたいんですけど」
頼んでくるフィンの口調や表情は随分と必死で、切羽詰まった焦りさえ感じさせる。
これにはベルナデッタも目を丸くさせてしまった。同様にアイザックやヴァレールも意外そうな表情をしている。
「それほど必死になるような試験じゃないですよ。みんな今でこそ勉強してるけど、どうせ数日したら殆どのひとが放り出すだろうし。何もせずに受ける人だっているぐらいだし」
「ですが、僕はやらないと。僕なんかは……、だから……」
フィンの声が次第に掠れていく。
そんな彼の声に「過去の問題なら」とアイザックが被せた。
「セルジュが余分に持ってるはずだ。定期考査に関してはあいつがメインになってやってるからな」
「本当ですか? 借りれますでしょうか」
「別に過去の問題を見るのは違反じゃないし、言えば貸してくれるだろ」
「ありがとうございます! 借りてきます!!」
言うや否やフィンが詰め所を出ていく。詰め所の扉が閉められるのとほぼ同時に窓の横を通り過ぎていくあたり、よっぽど急いでいるのだろう。小走り、それどころか走っていてもおかしくない。
その背中にもやはり焦りの色が濃く感じられ、見送ると同時にベルナデッタは首を傾げた。
「フィン君ってそんなに勉強が出来ないんですかね。やる気に満ちてるデッドライン先輩ですが、慕ってくれる後輩のためならデッドラインを緩めるぐらいはしてあげられるんですけど」
「頭良さそうに見えるけど意外だよな。俺だって、あんだけ必死なの見てたら平均点を下げてやってもいいけど」
ぶーぶー文句ばっかりいう他の騎士達相手ならばまだしも、あれだけ必死な様子のフィンを見ていると手心を加えたくなる。
そうベルナデッタとアイザックが話す。上下共に緩めれば今年の定期考査は随分と楽になるだろう。
だがヴァレールだけは何とも言えない表情をしていた。不思議そうな、むしろ怪訝とさえ言える表情でフィンが去っていった先を見つめている。
「変だな」という彼の言葉に、ベルナデッタは首を傾げたまま彼を見た。
「変って、何がですか?」
「フィンも入隊試験の筆記を受けてるんだが、別に点数が悪かったわけじゃないんだよな」
「そうなんですか?」
「あぁ、そりゃあアイザックみたいに全科目満点って程じゃないが、歴代の入隊試験の中でも上位に入るぐらいだった。公爵子息で頭も良い、だから三種の騎士隊を纏める役職に就くんじゃないかってセルジュと話してたんだ」
本来なら、竜や聖獣と命約契約を交わしていないフィンは純騎士隊に入るはずである。
だが彼は竜騎士隊と獣騎士隊を兼任する異例の存在である。そもそも二種の騎士隊を兼任すること自体が前例がないのだ。
ゆえに、いずれ三種の騎士隊を統べる役職を作り、そこに就くのでは……、とヴァレールとセルジュは考えていたという。その考えを後押しするぐらいにはフィンの筆記試験の結果は良かったらしい。
だというのに、あの切羽詰まった態度……。
「初めての試験だから緊張してるんでしょうか……。でもなんか……」
言いかけ、ベルナデッタもまたフィンが去っていった先を見た。
足早にセルジュの元へと向かう彼の表情は焦りの色が濃く、何かに追い立てられているようだった。
それと、彼が上擦った声で話していた「僕なんか」という言葉……。
「なんだか、何かを怖がってるように見えましたね」
案じるようにベルナデッタが呟けば、アイザックとヴァレールも同感だと頷いた。




