12:屋根の上の戦闘
貴族の別荘であろう建物。
一般家屋に比べれば広いが、かといって大暴れ出来るという造りではない。そのうえ、出来るだけ家屋には傷をつけないようにという御達しも出ている。
おかげで長剣を扱う騎士達にとってはきつい戦いになっていた。
特に苦労しているのが……、
「戦いにくい……! 俺の手足が長いばっかりに戦いにくい……!」
と呻きながら今まさに一人を切り倒したアイザックである。
家屋を気にする騎士達に対して、敵は当然ながら一切の躊躇はない。所詮は勝手に間借りしているだけのアジトゆえ、彼らに家屋を気にする義理はないのだ。地の利は明らかに後者にある。
おかげでアイザックは本来の実力の半分も発揮できずにいた。
廊下で剣を振るうのは躊躇われ攻撃は控えめになり、幾度と見舞われる攻撃を受けて躱してで一室に敵を押し込む。そこでようやくこちらの一手を放つのだ。
もっと広い場所ならば攻撃の隙すら与えずに倒せるのに……。
「この長くしなやかな四肢が邪魔になるなんて……。なんか凄い高そうな絵とか花瓶とか像とかあって戦いにくい……。割っちゃいそうで怖い……!」
「先程気に掛けていた絵画ならさほど高いものでもないので、巻き込んでも問題ないかと思いますよ」
「そういう事は早く言えよ! 俺はセルジュと違って庶民感覚なの! 額縁に入った絵はなんかどれも高く見えるんだよ!」
国宝と呼ばれる騎士とは思えない訴えをあげながら、アイザックがまた一人襲い掛かってきた盗賊を切り倒した。
盗賊団は人数こそ多く地の利があるものの、一人一人はさほど強くはない。
統率も取れておらず、こちらの襲撃を受けて無様なまでに散り散りになった。
盗品を捨てて屋敷から逃げようとする者、盗品を抱えて隠れる者、ナイフを手に反撃してくる者……。
一致団結していたら厄介だったろうが、誰もが自分優先で動くため何もかもが分散していて対応は楽だ。
屋敷の外に逃げた者達は周囲を張っていた騎士と聖獣達が捕縛し、隠れた者も見つけ次第捕縛。反撃したところで、日々鍛えている騎士と聖獣に適うわけが無い。
「俺の抜群のスタイルゆえに戦いにくくはあったが、任務自体は意外と楽に済みそうだな」
「成功例を積んで油断していたのか殆ど素人の集まりでしたし、これならこちらの負傷は殆ど無しで済みそうですね」
「アイザック様、セルジュ副隊長、こちらにいらっしゃいましたか」
部屋に入ってきたのはフィン。
彼の隣には巨大なカメレオンのホーキンスもいる。
「お二人ともご無事で良かったです」
「当たり前だろ? この俺が盗賊団如きにやられるわけがない。むしろお前の方が心配だからな」
「確かに、僕なんかがアイザック様を心配するなんて恐れ多いですね。僕の方はベルナデッタ先輩についていったんですが、あまりに動きが早すぎて……。足手まといになりそうだったのでホーキンスと合流してから離れました」
お恥ずかしい話ですが、とフィンが自分を卑下した。
同じ騎士でありながら足手纏いに、それも自分より年下の背丈の小さな少女の足手まといに……。となれば誰しも卑下したくなるものだ。
もっとも、それを聞いたアイザックもセルジュも平然としており、それどころか「気にする必要はない」と断言した。
「他でもないベルナデッタだろ? それも屋内戦。着いていけっていうのが無理な話だ」
「足手纏いになると判断して離脱するのも立派ですよ。では、屋内はベルナデッタ達に任せて、我々は屋外に行きましょう。捕縛した者の監視も必要ですし、タカアシガニ……、アイザック様が戦い難いそうなので」
「今俺のことタカアシガニって言った? ねぇ、言った?? 俺の手足が長いから??」
セルジュの不穏すぎる言葉にアイザックが食って掛かる。
だがセルジュは「移動中も気を抜かないように」とフィンにアドバイスをし、そのまま部屋の出口へと向かってしまった。
アイザックがそれを追い、フィンも彼等と共に部屋を出ようとする。
そんな中、ホーキンスだけは室内に残っていた。
気付いたアイザックがホーキンスを呼ぶ。それを受けて丸い目がキョロキョロと動き出した。独特な動きだ。
そうしてのそりのそりと動き出し……、壁に置かれている本棚へと近付いた。そのまま四つ足を器用に使い、のそりのそりと棚に張り付く。
豪華な屋敷の一室に置かれた、見るからに高そうな本棚。そこに張り付く巨大カメレオン。なかなかに不思議な光景である。
「ホーキンス、どうした?」
アイザックが尋ねても返事はない。もともとカメレオンのホーキンスは声帯を持たず、意思表示をしても空気が漏れたような音を出すだけだが、今はそれすらもせずにじっと本棚に張り付くだけだ。
巨大カメレオンという一見するとぎょっとしそうな見た目だが、ホーキンスは根が優しく温厚な聖獣である。無視なんてするはずがないのだが……。
何かあるのかと察してアイザックが近付き……、そして意図を察してニヤリと口角を上げた。部屋を出て扉の外で待っているセルジュとフィンを呼び戻す。
「どうしました、アイザック様」
「隠し扉だ」
話しつつアイザックは棚に並ぶ本を目で追い、一冊の本に目を留めると背表紙をぐっと押した。
普通ならば押されても動かないはずの本はすんなりと奥へと入りこみ、途端に本棚が低い音を立てて動き出した。
一度後ろに下がったかと思えば横へとずれていく。張り付いていたホーキンスが慌てて別の棚へと移動していった。
そうして現れたのは暗く細い通路。大人一人がようやく通れる程度の狭さだ。暗いため道の先がどうなっているのかは分からないが、わざわざご丁寧に仕掛けを仕込んで隠すのだから行き止まりではないだろう。
緊急時の避難場所か、それとも資産の隠し場所か。あるいは単なる趣味か。
なんにせよ、通路の奥をじっと凝視するホーキンスの様子からこの奥に人が隠れているのは明白。
「でかしたぞホーキンス。特別報酬で良い飯を……、お前いつも何食べてるの? 虫?」
報酬が虫なのはちょっと……と話しつつ、アイザックが鞘に戻していた長剣をスッと引き抜いた。
普段通りの軽い口調。だが隠し通路に視線を向けると、途端に張りつめた空気を纏い出す。鋭い視線には逃がすまいという絶対の意志を感じさせる。
底冷えするような寒さと圧を漂わせ、アイザックが暗がりの通路へと一歩踏み出した。
◆◆◆
アイザック達が隠し部屋に籠っていた盗賊達を捕縛している頃、ベルナデッタは屋敷の屋根の上にいた。
散り散りに逃げた盗賊達の一部が屋根に通じる通路へと逃げ込んだのだ。それを追いかけ、時に反撃してくる輩を打ち倒し、その結果屋根の上にまで来ていた。
上に逃げても退路は無いのにと思うが、かといって下に退路があるわけでもない。となれば、上に上にと逃げてしまうのは人間の性なのだろうか……。
「山にいた動物も何かあると木に登ってたし、人間というより生き物の性なのかな。ねぇロニア、どう思う?」
ベルナデッタが考え込み、傍らのロニアに同意を求めてみた。だが返ってきたのは低い唸り声だけ。
そんなやりとりに、「くそっ!」と苛立たし気な声が割って入ってきた。屋根の端にまで追い詰められた男達の一人だ。悔し気に顔を歪ませ、ベルナデッタと地上を交互に見だした。
地上では今まさに仲間達が捕縛され屋敷から引きずりだされており、他にも数人が縛り上げられている。退路がないと察したのか、男達の顔には焦りの色が濃い。
「おい、どうするんだよ……」
「落ち着け、俺達がここに居るのを知ってるのはこのガキと虎だけだ。どうとでもなる」
「どうとでもって? ガキはともかく、虎の方は聖獣だろう? 俺達でどうにかなるわけないだろ」
「聖獣っていうのは頭が良くて連れの人間に従うって聞いた。あのガキを人質に取れば虎も大人しくなるはずだ」
一人の提案に男達が下卑た笑みを浮かべる。
聖獣相手は厄介だが、それを従わせている騎士を捕らえればどうにでもなる。
幸い、相手は小柄な女一人。こちらは男五人。楽な仕事だ。
…とでも考えているのだろう。
失礼な、とベルナデッタは想像の中の男達に不満を抱いた。
だが現に目の前の男達からは逃げていた時の焦りが消え、それどころか勝利を確信した笑みすら浮かべている。楽な仕事だ、当たりを引いた、そんなことを言いたげな顔だ。
そうしてさっそくと男の一人が腰に下げていたナイフを抜いた。刃渡りは長く、柄には豪華な装飾が施されている。
妙に豪華なあたり盗品だろうか。構える姿が様になっているとこを見るに、寄せ集めとはいえずぶの素人というわけでもなさそうだ。
……もっとも、ベルナデッタに敵うわけがないのだが。
男が一気に駆け寄ってナイフを振りかざしてくる。
それに対してベルナデッタは軽くバックステップを取った。男の速さ、腕の長さ、それとナイフの刃から考えたギリギリ届かない距離にさがる。
その目論見通り、ベルナデッタの眼前にナイフの刃が迫るが鼻先すら掠めることなく、虚しく宙を掻いて終わった。ヒュンと軽い音だけが耳に届く。
一撃で仕留められると思っていたのだろう、男が目を見開いた。驚愕と疑問を綯い交ぜにしたような表情。
それを見てベルナデッタは後ろに下げた足に力を入れ、がら空きになった男の脇腹へと剣を振るった。
一刀両断。まっぷたつ。
……は、さすがにしない。今回は討伐ではなく捕縛の任務だ。
剣先は男の脇腹を、掠るより深く、だが致命傷にならない程度に切り裂いた。服と肉を断つ手応えが剣から手に伝わり、真っ赤な血が夜の暗がりにバッと散る。
「うっ……、ぐぅ……!」
男が脇腹を押さえてその場に頽れた。
男の手が真っ赤に染まり、指の隙間から鮮血があふれる。手から転がったナイフがカランと音を立てて落ちた。
そんな男をベルナデッタは無言で蹴り飛ばすと、剣を構えたまま背後に居る別の一人へと駆け寄った。一連のやりとりを見ていた男達には先程までの余裕の笑みは無く、今は警戒の顔付きで各々の武器を構えている。
「くそっ! こいつ……!」
一人が切りつけてきたのを躱せば、もう一人が殴りかかってきた。更にその奥にいる男も腕を伸ばしてくる。
だがベルナデッタは殴ろうとしてくる拳を上から剣の柄で叩き落とした。捕まえようとしてくる腕を躱し、その腕の主がバランスを崩したのを見て肩から胸下へと切りつける。
次いで体制を変えると同時に剣を横一線に振り払った。殴ろうとしていた男の腹部を横一文字に切り、振り抜くと今度は突きの要領で背後にいた男の腹を貫く。これで三人。
あと一人。
そうベルナデッタが残っていた一人、切りつけてきた男を視界の隅に捉え……、
「ロニア、本気で噛んだら駄目だよ!」
と、慌てて己の聖獣へと駆け寄った。




