第九十九話 冒険者
ロックは――
エリシアの話を、黙って聞いていた。
その内容は、ロックも知っているものだった。
彼女が現世で経験した最後の出来事。
そして――
その記憶が、今回の行動に繋がっていたことも。
「私は……」
エリシアは、ゆっくりと言葉を続ける。
「過去の自分を……助けたかったのかもしれない」
ドワーフの里で起きた崩落。
助けを求める人々。
出口を塞がれた状況。
それは――
かつて、自分自身が経験したものと重なっていた。
「助けられて……良かった……」
エリシアは小さく呟く。
それは、過去の自分に向けた言葉だったのかもしれない。
今のエリシアは――
いつしか忘れようとしていた過去を。
真正面から受け止め、乗り越える力を手にしていた。
「エリシアちゃんだって……助かるさ」
ロックは静かに言う。
(だから俺は……君を勇者に選んだんだ)
「……だったらいいね」
エリシアは前を向く。
(私が本当に助けたいのは……)
(私じゃない……)
そして二人は――
街へ続く道を歩いていった。
◇
その頃。
街では――
カランコロンッ……
「エリシア……いる?」
リベットの工房の扉が開く。
入ってきたのは、ノエルだった。
いつも通り落ち着いた声。
しかし――
その内側では、焦りを隠せていなかった。
カウンターに座っていたココが振り返る。
「エリシア?」
「今はいないよ。どうしたの?」
ノエルは、余計な説明を省く。
「聖魔法……必要」
「えっ?」
ココが驚く。
「そうなんだ……でも……」
ココは窓の外を見る。
「今はロックと一緒に、ドワーフの里に行ってもらってるの……」
「ドワーフの里……」
ノエルは、その場所を知らなかった。
しかし――
その名前だけで分かる。
すぐに戻れる距離ではない。
「何があったの?」
ココの問いに、ノエルは説明を始めた。
瘴気に侵された冒険者のこと。
魔獣のように襲いかかってくること。
そして――
元に戻せる可能性があるなら。
倒すことは出来ないこと。
全てを聞いたココは、少し考えた後――
「だったら……」
「冒険者にお願いしてみればいいんじゃない?」
その言葉に――
ノエルは決意する。
「……冒険者ギルド」
今、自分たちに出来ることを探すため。
ノエルは――
冒険者ギルドへ向かうことにした。
繁華街の中心――
ひときわ大きな建物が、街の中にそびえ立っていた。
“冒険者ギルド”
そこは、数多くの冒険者たちが集まる場所。
依頼を受ける者。
情報を集める者。
仲間を探す者。
様々な目的を持った人間たちで、常に賑わっていた。
カランコロン――
扉が開く。
中へ入ってきたのは、ノエルだった。
ギルド内では、今日も冒険者たちの声が飛び交っている。
「魔王領の探索、行ったか?」
「いや、先発隊からの情報待ちかな……」
「何だよ。未開の地を冒険するのが冒険者じゃないのかよ?」
「だったら、お前が行けよ……」
「……ま、命は大事だからな……」
今、冒険者たちの間で最も注目されている話題。
それは――
魔王領。
かつて敵地だった場所。
そこへの探索。
興味を持つ者は多い。
しかし――
実際に足を踏み入れられるのは、ほんの一握りの実力者だけだった。
ノエルは、冒険者たちの会話を横目に通り過ぎる。
そして――
正面の受付カウンターへ向かった。
そこには、三人の受付嬢が並んでいた。
「こちらへどうぞ〜」
声をかけられ、ノエルはすぐに本題へ入る。
「魔王領で……冒険者が……」
瘴気に侵された冒険者。
魔獣のように変貌した存在。
そのことを伝える。
「そ、そんな……」
「その冒険者は……?」
受付の女性の表情が変わる。
ただの依頼ではない。
命に関わる話だと理解したからだ。
「今もまだ……魔王領にいる……」
「い、生きてるのね……!」
その言葉に、受付嬢は安堵する。
しかし――
問題は、そこではなかった。
「倒せない……」
「……え?」
「元に戻せる……かもしれないから……」
ノエルの言葉に、受付嬢は目を見開く。
「元に……戻せる?」
「うん……」
「聖魔法で……助かるかもしれない……」
もし――
助けられる可能性があるなら。
倒すことは出来ない。
だから。
ノエルは、ここへ来た。
聖魔法を使える者を探すために。
受付での話を聞きつけた一人の冒険者が、こちらへ歩いてきた。
カッ……カッ……カッ……
足音が近づき――
ノエルの前で立ち止まる。
「今の話……詳しく教えてくれ!」
剣を腰に携えた軽装の男。
前衛で戦うアタッカー。
剣士だった。
「あなたは……確か、魔物討伐のクエストに行っていた……」
受付の女性が、その男を見て言う。
よく見ると、装備には土埃が付き、服もところどころ破れている。
応急処置を施したばかりなのか、腕や肩には治療の跡も残っていた。
「俺のパーティーメンバーが……魔王領へ探検しに行ったまま、戻ってきていないんだ」
「えっ? あなたと一緒にクエストをしてたんじゃ……」
受付嬢が首を傾げる。
剣士は静かに首を横へ振った。
「俺たちのパーティーは、元々魔王領を探検する予定だった」
「だけど……」
視線をギルド内の掲示板へ向ける。
そこには、討伐依頼や護衛依頼など、多くのクエストが貼り出されていた。
「俺の故郷の近くで魔物が大量発生した」
「だから、俺だけ共闘クエストに参加したんだ」
「そうだったの……」
受付嬢は思い出したように頷く。
「確かに、あれは大規模討伐だったから、共闘クエストになっていたわね」
共闘クエスト。
複数のパーティーが一時的に協力し、一つの依頼へ挑む特別なクエストである。
「その間に、あいつらだけで魔王領を探検するって……」
剣士は拳を握る。
「無理はしないって約束してたんだが……」
ノエルは、魔王領で起きた出来事を説明した。
瘴気に侵された冒険者。
魔獣のように襲い掛かってきたこと。
そして、その人数と武器。
「盾使い……」
「短剣使い……」
「魔法使い……」
剣士の表情が、みるみる青ざめていく。
震える声で、呟いた。
「……俺の仲間……かもしれない」




