第百話 新たな危機
冒険者ギルドは、多くの冒険者で賑わっていた。
聞こえてくる話題も様々だ。
新しい依頼。
魔王領の探索。
未知の財宝。
そのどれもが、期待と好奇心に満ちていた。
しかし――
ノエルたちの周りだけは、重苦しい空気に包まれていた。
「くっ……みんな……」
剣士の冒険者は俯き、肩を震わせる。
受付の女性も、かける言葉が見つからない。
そんな二人に向かって、ノエルは静かに口を開いた。
「聖魔法の使い手……集めて……」
そして、続ける。
「勇者軍と……合流して」
その言葉に、剣士は勢いよく顔を上げた。
「それで……助かるのか!?」
その声は、藁にもすがる思いそのものだった。
しかし――
「分からない……」
「なっ……」
ノエルも、本当に助けられるかは分からなかった。
それでも。
勇者として。
そして、仲間を救うためには――
その僅かな希望に賭けるしかなかった。
「でも……やるしかない」
ノエルの瞳には、一切の迷いがなかった。
その真っ直ぐな眼差しは――
最悪の結末ばかり考えていた剣士の心を、少しだけ奮い立たせる。
「……分かった!」
「仲間を助けるためだ!」
「聖魔法の使い手を集めよう!」
ノエルは、小さく頷いた。
二人は冒険者たちが集まる方へ歩き出そうとする。
その時――
「あの……」
受付の女性が、申し訳なさそうに声をかけた。
「実は……今、街でも問題が起きていて……」
一枚の紙を差し出す。
そこには、大きく――
『食糧難の危機』
と書かれていた。
「冒険者のみんなも……今は、こっちに関心が向いているの……」
食糧難。
それは、一人や一つの街だけの問題ではない。
冒険者だけでなく――
人間領全体を揺るがす、大きな問題として広がっていた。
掲示板には、いつも以上に多くのクエストが貼り出されていた。
その内容は――
食糧の調達。
狩猟。
採集。
運搬依頼。
どれも食糧に関するものばかりだった。
しかし――
冒険者たちは、直接“食糧難”を解決しようとしているわけではなかった。
「あのクエストのついでに、狩りでもしようぜ」
「そうだな。食糧は現地調達だ」
「魔獣も食えるって噂だぞ……」
「調理師がいないと無理だろ……」
確かに話題にはなっている。
だが――
人間領全体の危機として受け止めている冒険者は、ほんの一握りだった。
「このままだと……この街の食糧は尽きてしまいます……」
受付の女性が不安そうに呟く。
「原因は……?」
ノエルが尋ねる。
しかし、受付嬢は首を横に振った。
「詳しいことは、私たちにも分からないの……」
「『食糧難の危機』っていうチラシが配られて……」
「それから、食糧調達のクエストが急に増えたくらいで……」
ノエルはチラシを手に取る。
その端には、一つの印が押されていた。
「王城公式……」
王城の紋章。
それは、この問題が単なる噂ではなく――
人間領全体に関わる重大な事態であることを示していた。
「ここにいる冒険者は……」
「ほとんどが狩りへ行く準備をしているの……」
彼らが考えているのは、自分たちが生き延びるための食糧確保。
街全体を救うことではなかった。
ノエルは少しだけ目を閉じる。
そして――
決断する。
「あなたは……」
剣士の冒険者へ視線を向ける。
「聖魔法の使い手……探して……」
その役目を託した。
(私より……)
(同じ冒険者同士の方が、動いてくれる……はず)
そう考えたからだ。
そして、ノエルは踵を返す。
「私は……王城へ……行く」
ギルドを後にするノエル。
向かう先は――
人間領の中心、王城。
“食糧難”の原因を突き止めるために。
ノエルは走っていた。
タッタッタッ……
手には、一枚のチラシ。
「ハァ……ハァ……」
街からでも見えていた王城。
だが、実際に走って向かうとなると、その距離は想像以上に遠かった。
少しずつ街並みが小さくなっていく。
王城へと続く一本の道。
タッタッタッ……
「ハァ……ハァ……」
やがて、ノエルは足を止めた。
荒い呼吸を整えながら、内ポケットへ手を入れる。
ゴソゴソ……
取り出したのは、小さな兵糧丸。
口へ運ぶ。
モグモグ……
(これも……貴重な食糧になる……かも)
少しだけ休憩し、再び走り出そうとした――その時だった。
ふと、道から外れた場所に人だかりができているのが目に入る。
「……畑?」
思わず呟く。
そう思ったのは勘だった。
王城へ来たことのないノエルは、この辺りの地理を知らない。
だが、そこは畑とは思えないほど――
何も育っていなかった。
ノエルは人々が集まる方へ足を向ける。
「なぜ……育たない……?」
「魔力が足りていないのか……?」
集まっていた人々は皆、深刻な表情で枯れ果てた畑を見つめていた。




