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第百一話 異世界農業

 集まった人々の中心では、一人の学者風の男が静かに語っていた。

 その傍らには、王直属と思われる騎士が二人。

 さらに助手らしき男女が数名控えている。

 そして、その周囲を大勢の農民たちが取り囲んでいた。

「大地の魔力が……回復していない」

「何だって!?」

「それじゃ……」

 農民たちの間に動揺が広がる。

 この世界の作物は――

 太陽の魔力。

 大気の魔力。

 そして、大地の魔力。

 その三つの力を受けて成長する。

 種を蒔けば、あとは天に祈るのみ。

 作物に宿った魔力は、人が食べることで体内へ取り込まれ、使われた後は再び自然へ還っていく。

 その循環が崩れた結果――

 不作という形で現れていた。

「何とか……何とかならないのですか?」

 一人の農民が必死に訴える。

 学者風の男は小さく目を伏せた。

「原因は……分かっている……」

 一瞬、言葉を飲み込む。

 しかし、周囲の視線を受け、静かに口を開いた。

「……勇者軍が勝利を重ね、戦場が魔王領へ移っていったこと……それが原因だ」

 その一言に、農民たちは息を呑む。

「そ、そんな……」

「勇者様たちが取り戻してくれた領土なのに……」

「そのせいで……こんな状況に……?」

 信じられないという声が次々と上がる。

 それでも学者風の男は説明を続けた。

「戦場では、大地が大きく傷付く」

「その修復には、大地の魔力が使われる……」

 一呼吸置いて、さらに続ける。

「その魔力は、世界中の大地から修復地点へと集まる」

 農民たちは固唾を呑んで耳を傾ける。

「人間領はもちろん……魔王領からもだ」

「これまで豊作だったのは、その集まる魔力の恩恵を受けていたからなのだよ」


 この世界には、二つの農業が存在していた。

 ――魔法農学。

 そして、自然農学。

 魔法農学は、この世界の人々が編み出した農業技術である。

 種に魔力を込め、自然界の魔力と調和させることで実りをもたらす。

 魔力量さえ十分であれば、短期間で収穫することも可能だった。

 対して、自然農学は――

 現世の農業と同じ。

 土を耕し。

 肥料を撒き。

 種を植え。

 水を与え。

 長い時間をかけて作物を育てる方法だった。

 だが、この二百年。

 人間領は魔王軍の侵攻を受け続け、領土は縮小の一途をたどっていた。

 時間のかかる自然農学では食糧が追いつかず、人々は慢性的な食糧不足に苦しんでいた。

 その状況を救ったのが――魔法農学だった。

「大地の修復による魔力の恩恵が……今は戦場から離れすぎています」

 学者風の男は静かに続ける。

「その結果……今度は逆に、大地から魔力が失われている状況なのです……」

 つまり――

 かつて人々を救った魔法農学が、今は食糧難の原因となっていた。

「では……これからは昔のように、自然農学で……?」

 一人の農民が恐る恐る尋ねる。

「誰が知ってるんだ?」

「……オラは知らん」

 農民たちは顔を見合わせ、ざわめき始める。

 学者風の男もまた、悔しそうに視線を落とした。

「私も……文献でしか知らない……」

 手にしているのは、一冊の古びた本。

 何度も読み返したのだろう。

 付箋代わりの小さな紙が、何枚もページの間から飛び出していた。

「しかし……分からなくても……試すしかない」

 本を開き、そこに記された内容を読み上げていく。

 だが――

「何を言ってるか……さっぱり分からん」

「耕す……? 土を耕すって地面を砕けばいいのか?」

「肥料を撒く……? 肥料ってアイテム、聞いたことあるか?」

 農民たちは一斉に首を横へ振る。

 誰一人、その意味を理解できなかった。

 そして、その場にいた全員が――

 次に何をすればいいのか分からず、立ち尽くしていた。


 ザッザッザッ……

 静まり返った畑に、小さな足音が響く。

 その音だけが、不思議と場の空気を揺らしていた。

「……君は?」

 歩いてきたのは、ノエルだった。

 ノエルは真っ直ぐ学者風の男の前まで進むと、その手にある本を指差す。

「……その本……見せて……」

 その一言に、周囲の農民たちがざわつき始めた。

「……あの子、どこかで……」

「そうだ! 街の食堂だ」

「あっ……言われてみれば……」

 ノエルの存在に気付く者が、次々と声を上げる。

 そして――

「……勇者様……」

 誰かがそう呟いた瞬間、ざわめきは一気に広がった。

 ガヤガヤガヤ……

 学者風の男は、その様子を見てノエルへ視線を向ける。

「あなたは……勇者様なのですか?」

「うん……」

 短い返事。

 しかし、その瞳に宿る光は揺らぐことがなかった。

 学者風の男は静かに頷き、本を差し出す。

「どうぞ……」

 その一冊には、この国の未来が託されている。

 まるで最後の希望を、勇者へと手渡すかのように。

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