第九十一話 ドワーフの里
町外れ――
人の気配が少なくなり、建物の数も徐々に減っていく。
ロックとエリシアは、南へ続く荒れた道を歩いていた。
ザッ……ザッ……ザッ……
二人の足音だけが、静かな道に響く。
「ハァ……ハァ……クソッ……」
ロックは荒い息を吐きながら歩いていた。
「カスタムボディじゃないから……キツイぜ……」
以前のような身体能力を持たない今の身体では、エリシアの歩幅についていくのが精一杯だった。
「……思ったより遠いね」
エリシアは周囲を見渡しながら呟く。
街を出てから数時間。
見える景色は、少しずつ変化していた。
草原は減り――
代わりに、大小様々な岩が転がる荒地が広がっている。
「ハァ……ハァ……ドワーフは山や岩場を好むからな……」
ロックは息を整えながら答える。
「人間が簡単に来られない場所の方が都合がいいんだろ……」
一呼吸ついて……
「……ったく……近くに住めよ……」
小さく愚痴をこぼす。
「ロックさんは……行ったことがあるの?」
エリシアが尋ねる。
「……どうだったかな」
返ってきたのは、曖昧な答えだった。
それ以上、ロックは何も語らなかった。
……
しばらく歩いた頃。
遠くに、大きな岩山が見えてきた。
空へ伸びるような巨大な岩壁。
その麓には、いくつもの洞窟の入口が口を開けている。
「……あそこで」
エリシアが指を差す。
「ああ……」
ロックは肩で息をしながら頷いた。
「ハァ……ハァ……やっと着いたぜ……」
そして、岩山を見上げる。
「ドワーフの里は……あの岩山の中だ」
二人が近付くにつれて、周囲には人工的な跡が増えていった。
削られた岩。
綺麗に整えられた道。
鉱石を運ぶための小さな線路。
人間の町とは、まるで違う。
しかし――
そこには確かな生活の痕跡があった。
「すごい……」
エリシアが小さく声を漏らす。
その時。
カンッ……
カンッ……
遠くから、金属を叩く音が響いた。
洞窟の奥から伝わる、力強い音。
まるで――
岩山そのものが、鼓動を刻んでいるようだった。
「行こう」
ロックは背負っていた箱を担ぎ直す。
二人は、岩山の入口へ向かって歩き出す。
その先にあるのは――
ドワーフの里。
そして。
二人はまだ知らなかった。
その里で、すでに大きな問題が起きていることを。
一番手前にある洞窟。
巨大なクジラが大きく口を開けているかのような、大きな入口。
二人は、その暗闇に飲み込まれるように中へと入っていった。
「広いね……」
エリシアは、洞窟内を見渡しながら呟く。
「ドワーフは穴掘りも得意だからな……」
ロックが答える。
ザッ……ザッ……ザッ……
二人の足音が、洞窟の奥へと響いていく。
暗闇の中。
二人は気付いていなかった。
「あれ?」
エリシアが足を止める。
「小さい入り口が、たくさんあるね」
洞窟の壁には、いくつもの小さな入口が並んでいた。
「ああ……」
ロックは周囲を見渡す。
「まぁ……里っていうくらいだからな。家ってことだろ」
「穴の中で暮らしてるんだ……」
エリシアは興味深そうに、辺りを眺める。
人間の町とは全く違う生活。
その文化に、純粋な驚きを感じていた。
その時――
カタンッ……
洞窟の奥から、小さな物音が響いた。
「……なんだ?」
ロックが警戒する。
ザッ……ザッ……ザッ……
暗闇の奥から、何かが近付いてくる。
「え……?」
エリシアの表情が固まる。
「何か……来る……?」
そして――
暗闇の中から姿を現したのは。
屈強な体格をした、ドワーフの男だった。
「ふぅ……」
男は額の汗を拭いながら呟く。
「とんでもねぇ岩盤だった……」
その瞬間。
三人の視線がぶつかる。
「……」
「……」
「……」
そして――
「「「ギャーッ!!」」」
洞窟内に、三人分の悲鳴が響き渡った。
奥には、ひとつの大きな扉があった。
そこから、先ほどの悲鳴を聞きつけたドワーフたちが、ぞろぞろと姿を現す。
「どうした……?」
「なんだ? なんだ?」
現れたドワーフたちは、ほとんど見分けがつかないほど似た姿をしていた。
小柄な体格。
しかし、その身体は筋肉で覆われている。
手には、掘削機のような道具を握っていた。
「なんだ、客人か……。驚かせるなよ」
先ほどのドワーフの男が、二人へ近付いてくる。
「ご、ごめんなさい……。大きな声を出しちゃって……」
エリシアは慌てて頭を下げた。
「それで……何か用か?」
「あ、あぁ……街にいるリベットから、これを預かっている」
ロックは持ってきた箱を指差す。
その瞬間――
ドワーフの男の表情が変わった。
「リベット?」
箱を見る。
「ってことは……出来たのか」
歓喜の声を漏らすドワーフ。
「流石だな……あいつ」
しかし、すぐに表情を曇らせた。
「……だが」
「?」
「せっかくのパーツなんだが……肝心の本体がな……」
浮かない顔をするドワーフ。
それを見たエリシアが、心配そうに尋ねる。
「何か……あったんですか?」
「あんたたちが持ってきてくれた箱の中身はな、今俺たちが作っている“ゴーレム”のコアなんだ」
「ゴーレム!?」
ロックが思わず声を上げる。
「ゴーレムって……天界に卸している、あの“ゴーレム”か?」
脳裏に浮かぶのは、かつて召喚した存在。
共に戦い、最後には黒い鉄屑となって散ったゴーレム。
「ああ、そうだ」
ドワーフの男は頷く。
「だが、今回のは少し特別製でな」
「特別製……?」
ロックは首を傾げる。
(あぁ……レアリティってことか……?)
魔獣キマイラにも、個体差があった。
同じ種族でも、強さや能力には違いがある。
それはゴーレムも同じ。
作り手の技術によって、性能には大きな差が生まれるのだ。
「天界からの発注分なのか?」
ロックは少し期待を込めて聞く。
しかし――
「ん……? あぁ、違う違う」
ドワーフの男は手を振った。
「ほら、戦場になってた場所があるだろ」
そう言って、指を向ける。
その先にあるのは、かつて魔王領だった場所。
勇者軍と魔王軍が激突した戦場。
「そこにな……」
ドワーフの男は続ける。
「真っ黒焦げになったゴーレムが落ちてたんだよ」
「……」
「だから、俺たちで修理してたんだ」
その瞬間――
「それ俺のーっ!!」
ロックの叫び声が、洞窟内に響き渡った。
「俺のゴーレム!!」




